ねぇ、忘れないでよ。#31

どういうこと?
なんで?
そればかりが繰り返す。
幼子のように。

三人で彼の遺影を前にしていた。

シンラさんは我慢することも
できないようで声をあげて泣いていた。

トキオさんは静かに肩を震わせていた。

私は涙も出なかった。
怒りと哀しみが綯い交ぜになっていた。

なんで一言も言ってくれなかったの。
言ってくれたにしてもその意見に
賛同できなかったと思う。
想真くんが考えていたことは最後の最後まで
解らなかった。
天才は理解されないんだよ。
なんて冗談めいてたまに言っていた。
本当に理解できないよ。
シンラさんの生命力を信じて
待つんじゃなかったの?
これから誰がMoon Raverの曲を描くの?
最後の最期まで私は彼に音も恩も
返せなかった。
彼のベースに追いつけっこなかった。
あのベースラインはソウマくんにしか
奏でられない。
そしてソウマくんのもっていた
複数台のタブレットとノートパソコンの中には
知らない曲たちが溢れていた。
トキオさんが確認してわかったことだ。
どれほどのペースで描いたらこんなに
出来上がるのかわからないほどにあった。

私達は無期活動休止という道を選んだ。

ソウマくんの父から母へ
話がいき、私はソウマくんと暮らした
マンションで暮らすことになった。

お金ならもう一生かかっても
使い切れないほどにある。
印税が入ってくる前から、とうにあった。

やりきれない思いでいっぱいだった。

ただただ虚空な日々を過ごした。

たまにソウマくんのいつも吸ってた
キースのアロマローストに火をつけて
いつもの紺色の灰皿に置いてみたりした。
その薫りに包まれながらワインを飲んだ。

不定期な睡眠を取っていた。
夢の中でもいいから逢いたい。
唯一の願い。
また声が聴きたい。
話したい。
ちゃんと想いを伝えたかった。
叶わないってわかっていても。

ソウマくんがいつも買い付けにいっていた
葉巻屋さんに向かおうと玄関に向かった日のこと。郵便受けに何かが入っていた。

ベルも鳴ってなかった気がするけど
睡眠が不定期すぎて気がつかなかったのかもしれない。

それは私に宛てられたものだった。

まず手紙を開封した。


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