3分でわかるITARと技術移転事件

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アメリカには、武器関連の輸出やテロ組織支援国との取引を規制するための武器輸出管理法という法律があります。この法律をうまく機能させるようにするため、細かい点は武器取引規則(International Trafficking in Arms Regulations: ITAR)に定めてられており、「合衆国武器リスト」に列挙された製品やサービスについて国務省の承認がなければ輸出・輸入することができません。

ITARは、1999年に衛星技術にも適用されるようになりました。
例えば、日本のメーカーがアメリカから輸入した部品を使って製品を製造し、他国に輸出する場合にはITARが適用されるので、国務省の許可が必要となります。

もともと、ITARが衛星技術に適用されるようにしたのは中国に技術が漏れてしまうことを防止するためといわれています。
それによって中国のロケットを活用できないとなれば、衛星メーカーとしては取引先が限られてしまうので困ります(中国のロケットを使用する取引先は必然的に選択肢から外れてしまいます)。
しかし、なぜここで中国が関係してくるのでしょうか?

長征ロケットの事故と調査委員会の発足

ITARが衛星技術にも適用されるようになったのは、1995年、1996年に発生した中国のロケット「長征」の打上げ失敗に起因します。

1995年に西昌衛星発射センターから打ち上げられた長征2号Eは打上げ直後に爆発、翌1996年に打ち上げられた長征3号Bは進路から外れ、打上げから22秒後に山村地域に墜落、爆発しました。
これらの長征ロケットにはいずれもアメリカのメーカーの衛星が搭載されており、2号Eにはヒューズ・エレクトロニクスの衛星Apstar-2が、3号Bには、スペースシステムズ・ロラールが製造したインテルサット(アメリカの通信事業者)衛星が搭載されていました。
事故後は調査委員会が発足し、ロラールが主導して調査が行われることになりました。

調査中の情報漏洩疑惑

しかし、調査の途中で事件が起きます。

ロラール、そして同じく調査委員会の構成員だったヒューズが、国務省の許可を得ず、技術情報を中国に開示したという疑惑が浮上しました。保険会社から報告書を催促されていた両社は、次回打上げでも保険をかけるために中国と共同して調査を行ったというのです。

司法省の調査を受けたロラールは、中国が行った原因究明について再検討しただけと反論しましたが、最終的に、ロラールが国務省に1400万ドルを支払うこと、輸出管理規制に関するコンプライアンス体制の構築(ガイドライン作成など)に600万ドル以上を支出するという内容の合意が成立しました。
情報漏洩の疑惑(輸出管理規制違反があったかどうか)は明らかにされませんでしたが、ロラールとの関係についての事件は2002年に終結しています。

時を同じくして、ヒューズも司法省から調査を受け、国務省から告発されていました。ヒューズの衛星部門を買収したボーイング・サテライト・システムズもろともです。

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ヒューズとボーイングは、当時適用されていたのは商務省の規制であって、国務省の主張は誤っていると主張しました。
というのは、従来、輸出管理については商務省の管轄で比較的緩く運用されていましたが、1999年に衛星技術の移転についての権限が国務省に移管されたことで、ITARが衛星技術に適用されるようになったというわけです。商務省管轄のもとでは、中国当局とある程度のやりとりをすることは許可されていたのです。
結局、ボーイングとヒューズが3200万ドルを支払うということで決着し、そのうち1200 万ドルについては5年以内にコンプライアンス・プログラムを制定することを条件に支払が猶予されるという内容でした。

時系列にまとめると以下のようになります。

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ITARが衛星技術に適用されるようになったのは事故後国務省による告発前

まとめ

こうした一連の事件をきっかけに、アメリカの輸出規制は厳しくなり、衛星メーカーは不利益を被ってきました。
発端は他国の事故とはいえ、自国企業の不祥事によって規制が厳しくなり、その影響が業界に跳ね返ってきてしまった一例といえます。

参考:
・宇宙ビジネスのための宇宙方入門第2版 小塚荘一郎・佐藤雅彦
・米国における宇宙産業の動向等に関する調査 ジェトロ・シカゴ・センター
・中国の宇宙開発 林幸秀
・日本国際政治学会編 国際政治第179号 「技術貿易をめぐる国内政治プロセスー米国の対中商用人工衛星の輸出規制に内在する安全保障と経済ー」 髙木綾


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