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3分でわかる宇宙空間と犯罪

6月にISSから帰還したNASAの宇宙飛行士が、別居中・係争中の配偶者の銀行口座にISSから不正アクセスをした疑いで調査を受けている事件が話題になっています。
口座へのアクセス自体は認めているものの、「家計をチェックしただけ」であり、不正行為であることは否認しているようです。
いずれにしても真実は今後明らかになるとして、「宇宙空間での犯罪行為」ということで注目されています。

ISS政府間協定(Inter Government Agreement:IGA)

ISSに関しては、ISS政府間協定(Inter Government Agreement:IGA)にルールが定められています。
IGAは、宇宙諸条約を補完するものとして、主に以下の3点を定めています。

①管轄権
②刑事裁判権
③知的財産権の帰属

どこの国の法律を適用するか?ー宇宙飛行士の国籍に着目

IGAでは、参加国は、飛行要素(モジュール等)上の人員であって自国民である者について刑事裁判権を行使できると規定されてます。
刑事裁判に関しては「」に着目しているのは(属人主義)、宇宙飛行士や旅行者の注目度からすれば、他国によって自国の宇宙飛行士や旅行者が裁かれるのはあまりよろしくないだろうという価値判断によるものです。

そうすると、本件ではアメリカの法律が適用されることになりそうです。

ちなみに民事や知的財産を含むIGAの一般的なお話については、以下でまとめています。

適用されるアメリカの法律は?ー不正アクセス禁止の根拠は?

1 条文は?
アメリカの刑法では、金融機関や連邦機関、保護されたコンピュータの情報に対する無権限のアクセス、与えられた権限を超えたアクセスが禁止されています。 

具体的には、「合衆国法典集 第18款第1部第47章1030条 コンピュータに関する詐欺及び関連行為」(18 U.S.C. § 1030. Fraud and Related Activity in Connection with Computers)という条文が不正アクセスを禁止しています。長いので、以下では「刑法」と呼びます。

2 不正アクセスのカテゴリー
刑法1030条は、不正アクセスをいくつかのカテゴリーに分けています。
簡単に整理すると、

1030条(a)(1)
国防、外交関係上保護されているような情報へのアクセスについて定めています。
本件でこれはあてはまりませんね。

1030条(a)(2)
アクセスの許可されていないのに、あるいは許可の範囲を超えてコンピュータにアクセスした場合について定めています。
本件はこれに該当しそうです。

1030条(a)(3)
合衆国政府による使用等に影響が及んだ場合を規定しています。
本件ではあまり関係なさそうです。

1030条(a)(4)
詐欺を助長することを禁止しています。
本件では関係なさそうです。

1030条(a)(5)
不正アクセスによって損害を与える行為を禁止しています。
本件で損害が出たかどうかは疑わしいですね。

結局、本件で使えそうなのは1030条(a)(2)でしょう。そこでは、以下のように規定されています。

(a) Whoever―
(2) intentionally accesses a computer without authorization or exceeds authorized access, and thereby obtains―
(A) information contained in a financial record of a financial institution, or of a card issuer as defined in section 1602 (n) of title 15, or contained in a file of a consumer reporting agency on a consumer, as such terms are defined in the Fair Credit Reporting Act (15 U.S.C. 1681 et seq.);
(B) information from any department or agency of the United States; or
(C) information from any protected computer;

要は、アクセスの許可されていないのに、あるいは許可の範囲を超えてコンピュータにアクセスし、

(A)金融機関やカード発行会社の取引記録などに含まれる情報
(B)アメリカ政府の部局からの情報
(C)保護されているコンピュータからの情報

を入手してはならないということです。

3 金銭的被害が必要か?
この犯罪が成立するには、金銭的被害が発生している必要はありません。
しかし、被害が出ているかどうかは刑の重さに関わります。

この罪の刑罰は、原則は

罰金 または  1年以下の拘禁刑

ですが、一定の場合は刑が重くなり、

罰金 または  5年以下の拘禁刑 あるいはその両方

となります。
刑が重くなるの以下の場合です。

・商業上の利益または私的な金銭的利益のために行った場合
・犯罪行為や不法行為を助長するために行った場合
・取得した情報に5000ドル以上の価値がある場合


4 要件は?

無権限であること

本条項を適用するには、本人がコンピュータに無権限でアクセスしていなければなりません。
「無権限で(without authorization)」の意味は、1030条の中では定義されていませんが、「付与されたアクセス権限を超える(exceeds authorized access)」は、1030 条(e)(6)で「権限に基づいてコンピュータにアクセスし、かかるアクセスを利用して、当該アクセス者が入手又は改変する権限を有さないコンピュータ内の情報を入手又は改変すること」と定義されています。

本件は、別居中・係争中であること、配偶者名義の口座へのアクセスであること、IDやパスワードを取得した経緯、これまでの使用状況、口座を利用する約款の内容等々からして、なおも権限が認められるのかあるいは権限の範囲内といえるのかが問題になりそうです。

情報の取得
「情報の取得(obtaining information)」には、ダウンロードやコピーだけでなく単に閲覧するだけも含みます。
ISSでダウンロードしたりコピーするのは大変でしょうが...。

まとめ

いずれにしても、今後、宇宙旅行が普及して様々な人が宇宙空間へ行く機会が増えれば増えるだけ、このような事象が起きる可能性は増えてきそうです。民事刑事問わず、法改正が必要なところは改正し、対応できるようにしておくことが必要ですね。

おまけ

頭の体操に、以下の問題を考えてみてください。

ISSに滞在する宇宙旅行者Aは、ロシア登録のモジュールから、月周回軌道上の宇宙船(アメリカ登録)に搭乗中のVが保有する銀行口座にアクセスし、取引履歴と残高情報を閲覧した。Aはアメリカ国籍、Vは日本国籍である。V名義の銀行口座を管理するサーバーの所在地はドイツである。
Aに犯罪は成立するか?成立するとして、どのような犯罪か?

参考:
・Cornell Law School website 「Legal Information Institute」
https://www.law.cornell.edu/uscode/text/18/1030


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