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【一話完結】変身まじかるビフォーアフターTV 【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)

  目安:約7300文字

「ほら、やっぱりだ」

 ここはいつの間にかシェアハウス風に変貌した築48年のアパート『日向荘』の一室、103号室。部屋の主がいないのに、俺たちアパートの住人はこの部屋に集結して、妙にくつろぎながら思い思いに過ごしていた。もうすぐ夕方五時半。秋の訪れみたいに日が短くなって、この時間でも部屋の中は薄暗くなってきたけど、誰も電気をつけようとしない。面倒くさいだけだ。

「これ見てくださいよ」
「ん? ユーチューブ?」
「そうそう、ほら」
「ああ、イケメンとフツメンの服取っ替えても、イケメンはイケメンでフツメンはフツメンってやつか。昨日見た」
「……」
「「「「はぁぁああっ」」」」

 そこにいた四人全員が大きなため息をつく。

「あ」

 張本人のキツネくんが、何かを思い出したように顔を上げて、黒縁眼鏡越しに俺を見る。

「このチャンネル、たくあんさんには見せない方がいいですよね」
「お、おお。同感である」

 キツネくんの呼びかけに、丸メガネを整えながらござるが返答した。
 202号室に住むキツネくんは、コンビニバイトをしながらフリー音楽素材のサイトを運営してアフィリエイト収入も得ている。名前はもちろんハンドルネームだ。カップ麺のきつねうどんなら毎日でも食べられる、という由来を持つその名前は、ここではすっかり浸透している。
 101号室の住人、ござるは地味で物静かなフリーターだが口調が独特で、である調で話す。ならばなぜ『である』ではなく『ござる』と呼ばれるようになったかというと
「おまえはござるだ! ケヒャヒャ!」
だなんて、たくちゃんが上機嫌で名付けたためだ。

 キツネくんがいう『たくあんさん』というのは、この部屋の主。もちろんこれも本名ではない。本名は拓人。たくあん名義で二次創作をしていた過去があるらしく、現在はそのままの名義でオリジナル小説や漫画の冊子や関連グッズをネットで個人販売している。驚くことに、これだけで生活が成り立っているほど界隈では有名人らしい。
 とはいえ超を超えるほどのインドア人間なので、ファンの間でも素性は謎なのだそうだ。生活水準が低いからこれで生活が成り立っていると本人は言うけど、傍から見ている限り、本人が楽しそうに暮らしているので水準は関係ないのだと思う。
 言い方を変えれば、専業作家ではないか。それはそれで凄いのだ。

「たぶん、たくちゃん気づいてないからな」
「そうっスよね!」

 何が、とは言わない……

「ね、結局たくあんさんはこれなんスよ」
「そんな気がするである」
「……だよね」

 そう。みんな身に覚えがある。なんだか知らないうちに部屋だけではなく洗濯機までシェアするようになっちゃった俺たちは、自分の服をたくちゃんが回収し間違えて、格好良く着こなしてるところに遭遇したりとかで。
 ……そこらへんにある何号室のものか分からない洗濯機でみんなの服を一緒くたに洗うのはやめた方がいいというのは、分かってる。

「たくあんさんが気づいてしまったら、違う世界に行ってリア充になってしまう!」
「このアパートの風紀が乱れるのは困る」
「ネット環境の死守である! リア充になってここを出て行かないようにせねば」
「いいか、たくちゃんの前では、絶対にこのチャンネルを見るなよ。存在を知られるな!」
「「「おう!」」」

 しかもひょろっと細身で背もそこそこ高いから、顔の良さと相まってスタイルが良く見える。なのに、当のたくちゃんはその事実に気付いていないかのように、いつもヨレヨレした印象の身なりをしている。
 清潔にはたぶんしているけど髪もボサボサ伸びちゃってる感満載だ。相当なインドア派だから外に出ることは滅多にない。ちなみに、細いベッコウ色のメガネフレームが少し大きく見えるのは、メガネが大きい訳ではなく顔が小さいせいだ。
 とはいえ活動のメインがネットの、パッとしないインドア男といったら陰キャ……と相場は決まっている。たぶんたくちゃんもそのつもりなのだと思う。だからこそたくちゃんはあたりまえのようにここにいられるのだと、俺たちは思っている。

「それにしても、この企画どうなんスかね」
「イケメンとフツメンの?」
「そうっス」
「でもこのイケメンの子だって、過去動画でテコ入れされた子だろ?」
「っスね」
「じゃぁ、結局イケメンは作れるっていう、このチャンネルのコンセプト通りじゃん?」
「でしょうねー、でもさぁ」
「……どうした」
「なんか、解せぬのですよ」
「そうなのか」
「そもそもイケてるとかイケてないとかの価値観も。硬派なメガネさんもそう思うでしょ?」
「まぁ、人それぞれじゃないのか」
「そんなもんです?」
「この動画だって、一つの基準に過ぎない」
「へぇ」
「拓人だって、別にこういうの興味ないんじゃないのか」
「そうっスよね。興味あったら……」

 とっくに変身してリア充の世界へ行ってしまってる……とは誰も口にしない。

 俺たちが見ていた動画サイトのチャンネルは『変身まじかるビフォーアフターTV』と言って、街中の冴えない若者をピックアップしてテコ入れし、垢抜けさせる。いわゆるビフォーアフターを楽しむチャンネルだ。今回見ていた動画は、このチャンネルが昨日公開した実験動画で『服だけいいもの着たって格好良くなるわけじゃないよね』というのを、実際にイケメンと冴えない男子を使って実証している。ただ、ここに出てきているイケメンは、街でピックアップされテコ入れした後の男子なので、つまるところ『イケメンは作れる』という結論の動画になっている。
 誰もあえて口にはしていないけど、まあこの男子よりはたくちゃんの方が確実に素材が良いよなと、たぶんここにいる全員が思っていると思う。もしこのチャンネルにたくちゃんが登場したら、どんなことになってしまうのだろう。……などと、見てみたいような見たくないような気持ちになっているはずだ。たくちゃん自身がこのチャンネルを見てオシャレに興味を持ってしまうことも、できれば避けたい。今のまま、陰キャの星でいて欲しい。

「ところで今日はどこ行ったんだ? 珍しいではないか、拓人が外出など。あ、あれか? 本屋」

 たくちゃんのゲーミングチェアに、寄りかかりもせず背筋を伸ばして座ったままのメガネくんが言う。201号室の住人だ。上半分が太黒縁、下半分が細銀縁という昭和風で個性的なメガネをかけている。ちなみにここの住人はみんなメガネをかけているが、なぜ彼が「メガネくん」と呼ばれているのかと言うと、住人五人の中で一番度の強いメガネをかけているからだ。メガネオブメガネというわけなのだ。ちょっと武士っぽい人なのに『武士殿』ではなく『メガネくん』が採用されたのは、俺としては永遠の謎だ。何気に公務員で、日向荘の住人の中で唯一定職についている。毎朝スーツ姿でアパートを出て行くのはメガネくんだけだ…

「うん、そう。帰宅部シリーズの最新刊発売日だってさ」
「ほんと、大好きッスよね!」

 普段たくちゃんは外に出ない。買い物はネット通販で済ませているようだし、本やグッズの販売も受注生産で工場出荷のシステムを取っている、なんて話していたな。三度の飯やおやつでさえ、完璧なネット環境の見返りに俺たちが貢ぐ食べ物を食べているので、買いに出ない。
 ただ、超絶ハマっている作品に関しては、小説であろうと漫画であろうと、決してネット通販は利用しない。発売日当日の、店の開店時刻に入店し目当てのものだけ購入して帰ってくる。今日はその日なのだ。その後は俺たちが声を掛けても反応はなく、ひたすら奇妙な笑い声をあげながら、読書の世界を堪能するのだ。そして読み終わると徐に創作を始める。ネットなんかの専門的な事意外はポンコツで生活力がない上、時々テンションがマックスになって奇声を上げるけど、基本的にはニコニコと無害に笑っていて穏やかな性格だから誰も何も言わない。たぶんだけど、方向性が違えば、かなりの天才売れっ子作家になったと思う。だからなんとなく、たくちゃんがここにいてくれることが、俺たちは少し誇らしいのだ。

「それにしても少し遅くはないか?」
「確かに」
「店の開店時刻に合わせて出かけたのだろう? もう夕方だぞ」
「本当だ。暗っ! 電気つけるか」
「何かあったであるか」
「あれじゃないですか?」
「あれ?」
「たくあんさん前に、帰るまで待ちきれなくて、途中の公園で読破して帰ってきたことあったじゃないですか」

 ああ。確かにあった。

「あの時は、屋外でどんな奇声をあげながら読書していたのかと、心の底から心配したな」
「うん」
「そうであった」

 普段外に出ない分、外出していると俺たち住人はなんとなく心配をしてしまう。それにたくちゃんの奇声は本当にキモイし、狂気じみていて怖い。慣れるまで、それはそれは怖かった。

「「「「ハァァ……」」」」
 またもや心配になって全員から同時にため息が漏れた。
 およそ二年前。俺が引っ越してきて1か月程したとき、たくちゃんの部屋――203号室――の床が抜けた。平たく言うと、蔵書の重さに耐えかねて、床が抜けたのだ。まぁ一部分のようだったけど。この木造アパートも、そこを完全修復リフォームするまでお金をかける必要がないと判断されたのか、抜けた部分を応急処置だけして203号室は封鎖され、たくちゃんは真下の部屋に引っ越したのだ。偶然にも103号室の住人がいなかったのは幸いだった。だからその時から102号室に住む俺の隣人になった。大家さんと一緒に部屋移動の挨拶に回ったことから、かなり本を所持している住民であることと、ネット環境を完璧に整えており、狭いながらも快適なインドアライフを送っている人間なのだという事がこのアパート全体に知れ渡ったのだ。

 小さなアパートで大きな出来事を起こしたたくちゃんはあっという間に有名人になってしまった。理想的なネット環境が魅力的で、食べ物を持っては遊びに行くやつが現れ、Wi-Fiの時間貸し(一食分の食糧で一時間使わせてもらえる)をするようになり、そういうやつがたまに鉢合わせて、気づけばたまり場になっていて、もうみんな鍵も掛けなくなって自由自在に行き来して。薄々二次創作なんかの活動をしているんだろうなということは気づいていたけど、それからほどなく202号室に入居してきたキツネくんの情報により、界隈では有名な『たくあん』さんということが判明したのだ。すげーヤツだったのだ。
 そうやって約二年経った今ではアパート全室を巻き込んで、こんな不思議な共同生活になっていた。基本的に103号室の住人は部屋から出ないから、実質24時間営業のネットカフェと化していて、好き勝手遊びに来ては寝る時になったら自分の部屋へ帰るという感じだ。そんな日々を送りながらも奇声に慣れるには時間がかかった。
 気付いた頃には、俺たちは俄然団結力というものが芽生えてしまっていたので、以来誰一人としてこのアパートを出て行く者はいない。床が抜けて封鎖された203号室以外は、101、102、103、201、202号室、このご時世の古いアパートなのに満室御礼だ。

「まさか、奇声で警察に保護されてたりしないよね?」
「それは……自業自得である」
「それならそれで俺たちの誰かに連絡くらいはくるだろう」
「その時は、僕が警察までたくあんさんを迎えにいきますからね!」

 まぁ、日が落ちても帰ってこなかったらみんなで探しにでも行けばいいか。みんなの表情をみれば、大体同じような事を考えている様子だった。

「あ、102。米、今日はお前だったな」

 特徴のない俺は『102』と、部屋番号で呼ばれている。目立つ事といえば小さな頃から背が小さいままだということくらいだから、いじるにいじれないのだろう。俺もメガネをかけているけど、無難で特徴のないものだ。
 こんな日向荘ではいつしかご飯もみんなで作ってみんなで食べるようになって、米当番は日替わりだ。日替わりになったのは米にかかる出費を平等にするためらしい。

「そうだよ。今何時? まだ少し早いかな……どうしようかな」

 部屋に炊飯器があるやつは部屋で炊いてくる。俺はスマホで時刻を確認しながら、今部屋に戻ろうかどうか考えていた。隣の部屋が妙に遠く感じる。面倒くさい。

「今日はカレーにするから、気持ち水量少なめで炊いてきてくれ」

 メガネくんがつくるカレーは旨い。カレーだけではなく、全部美味い。メガネくんは武士みたいなのに料理が上手だ。うん。やっぱり今炊いてこよう。

「オッケー」

 そう言いながら立ち上がった。狭い部屋にたむろする男たちを掻き分け、電気をつけてから103号室の出口に向かう。もはや人の部屋とは思えないくらい慣れた手つきで取っ手に手をかけようとした、その前にドアノブが勝手に回転していく……

「!…………??」
「あれ? どっかいくの?」

 ドアノブを掴み損ねて地面を向いた俺の視界に、おしゃれな足元が映る。キャンバス地のシンプルな靴とタイトなクロップドパンツ。日向荘にはないテイストの清潔感半端ない足元。……誰? そのままゆっくり視線を上げていく。

 ……は?
 何者?
 このイケメンはどこのどちら様?
 芸能人?
 玄関から届いた、俺のものではない声にこちらを向いた全員が、そこに立つキラキラオーラの爆イケ男に生気を吸われ、息をのんだのが分かった。

「いやさ、駅前で声かけられて。なんちゃらTVっていうユーチューブの人たち?」
「…………で?」

 やっとのことで、あひるみたいな声が出た。目の前にいたのは他でもない、たくちゃんだった。

「身だしなみを整えて、髪切ったりヒゲ剃ったり服買ったりしてくれるから、動画に出てくださいって」
「…………それって……」

 変身まじかるビフォーアフターTVじゃねーかっ!!

「……ひっ……」

 キツネくんの小さな悲鳴が聞こえた。

「そういえばさ、何か俺の服みんなどっかいちゃって、いつも誰かの服着てるから。せっかくだからこの際それっぽい人に買ってもらうのもいいかなって。ごめん、それでちょっと遅くなった」
「拓人。動画っておまえ、身バレするかもって考えなかったのか。一応界隈では有名人なんだろう?」
「身バレ? あぁ、さすがにそれはないだろ。顔出して活動なんて一度もしたことねーし。イベントだってな! 不参加だッヒャーッハ!」
「なに? どこに奇声スイッチあった? ちょっとたくちゃん、まだ玄関開いてるからテンション押さえてよ!」
 俺が慌てて落ち着かせようとするけど、もう手遅れだった。せめて103号室内にたくちゃんを収めて、扉を閉める。
「たくあんさん! ヤバいっす! リア充になってここ出て行ったりしないで!」
「は? キツネ何言ってんの?」
「ネット環境は死守である!」
「はぁっ?」
 キツネくんもござるも一蹴されてしまった。
「たくちゃん、あのさ、変身してどう思った? えっと……気付いちゃった?」
「何に気付くの? おまえらなんか急に変だぞ」
「いや、そのな。102が言いたいのは、お前が本当はイケメンである事にいよいよ気づいてしまったのか。ということだ」
「…………何を今更?」
「「「「え?」」」」
「何なに? 俺が今まで自分の顔の良さに気付いてないと思ってたわけ? ケヒャヘヘッ! おもしれーっヒッヒャーッ! 意味わかんねー!」
 ひと際大きな奇声を挙げながら大ウケしている。俺何か変な事言った? って、それよりも。
「……え、気付いてたの?」
「あのさ、何年俺やってると思ってるの! 物心ついた時からモテモテなら、そりゃぁ嫌でも自覚するだろ!」
「じゃぁどうしてこんな陰キャ生活してるの? たくちゃんなら好きなだけリア充生活できるのに!」
 うんうんと、キツネくんとござるも激しく同意している。メガネ君は姿勢良くゲーミングチェアに座ったままだ。
「おまえら……なんか勘違いしてるみたいだから、リア充の本当の意味を教えてやろう。リアルが充実しているというのは、イコール恋人が途切れないとか金持ちになるとか、そーういうことじゃねーんだよっ!」
 俺たちはしんとして次の言葉を待った。何なんだ? ……リア充とは?
「俺がちゃんと満たされることが本当のリア充なんだ! ウッヒャーーーフゥ! ほれ、そこどけ! ヒャヒャヒャ! 思った以上に時間取られたから、本日の戦利品読みたくてうずうずしてんだよ!」

 そうか。たくちゃんのリア充はこの生活なのか。わかった。好きなだけここにいて、本を読んで、小説でも漫画でも好きなだけ書いてくれ! 俺は奇声を遠くで聞きながら、少し心が温かくなった気分になった。

「そのためにはだな、第一に俺が満たされることを守るため、身を潜めないとならねー。人並以下の環境で生活水準を下げて、目立たないエリアで生活水準を下げてに暮らしていれば、少なくとも女子の視界から消えることができるんだよ! これ、大発見じゃね?」

 ……ん?

「表に出なくても不自由ない、ネット環境を完璧に整えた空間に身を潜めれば、見た目に左右されるような人間に言い寄られず好きな事を好きなだけできる! これがリア充じゃなくて何だ! フォーーーッフゥウ!」

 今なんて? ……あ、奇声うるせー。

「拓人、てめぇ……」
「ここでの生活が人並以下であると?」
「僕たち、たくあんさんの隠れ蓑だったってこと?」
「たくちゃん、完全に俺たち馬鹿にしてるだろ」
「……ん? なに? みんなマジになっちゃって」
「おい102。米はいい。この変人置いてみんなでファミレス行くぞ。俺のおごりだ」
「メガネさんカッコイイ!」
「そこは居酒屋の方が嬉しいである」
「……」

 103号室の住人。
 こいつやっぱり奇声を上げるだけの、ただの顔がいい変人だ。
 リア充め、滅びろ!

 〈完〉


最後まで読んでいただきありがとう
ではではまたまた
梅本龍

おまけ

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