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no.22 / ちょっと良いやつ【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)

【築48年昭和アパート『日向荘』住人紹介】
101号室:ござる(河上翔/24歳)ヒーロー好きで物静かなフリーター
102号室:102(上田中真/24歳)特徴の薄い主人公。腹の中は饒舌。
103号室:たくあん(鳥海拓人/26歳)ネット中心で活動するクリエイター
201号室:メガネ(大井崇/26歳)武士のような趣の公務員
202号室:キツネ(金森友太/23歳)アフィリエイト×フリーターの複業男子
203号室:(かつて拓人が住んでいたが床が抜けたため)現在封鎖中

何話からでも間に合う登場人物紹介

※目安:約3600文字

「じゃーん!」
「なにこれ。りんごジュース?」
「そうそう! でもね……ちょっと良いやつでッス!」

 食後にキツネくんが取り出したのは、瓶に入ったりんごジュースだった。俺が思わず言葉をかけると、ちょっと良いというそれを嬉しそうにテーブルの中央へ差し出し、更に笑顔になった。

「まさしく秋という感じであるな」
「ん? 果物とかそういうこと?」
「まぁ、イメージであるよ」
「なるほどー……?」

 収穫の秋ということなのか実りの秋なのか、りんごジュース→りんご→くだもの→秋……みたいに連想したらしいござるくんがウキウキとりんごジュースのラベルを眺めている。俺は納得したようなしていないような曖昧な返事をしながら、ついでに首を傾げた。

「そういえば、皆さん好きなくだものってあります?」
「えーっとねー、俺はみかんかなー。でもあれ手とか黄色くなるんだよー」
「それは単に食い過ぎなんじゃないのか」

 今は別に黄色くもない通常の手のひらを、みんなに見せながら主張するたくちゃんに、メガネくんがピシャリと返す。俺もそう思う。
 それにしても人の手なんてそんなにちゃんと見ないから気づかなかったけど、一番身長の高いたくちゃんの手は結構デカい。

「そうなのー? けど通販で箱買いしておくと便利なんだよー」
「だから食べ過ぎるんじゃないの?」
「だって早く食べないと下の方から傷んでくるだろー?」
「そもそも箱買いしなければ良いのではないであるか……」

 それぞれ思わずツッコミを入れてしまう。
 誰かしらがついでに買い物してきてくれる今はともかく、もともと外へ出ないたくちゃんがくだものを買いに行く姿など想像できないわけだから、なるほど、通販を利用していたというのも頷ける。

「別にいいだろ? みんなの手が黄色くなるわけじゃねーんだからさー」

 それはそうだ。

「僕はいっとき柿にハマっていた時があるであるよ」
「柿ッスか。かなり期間限定的じゃないです?」
「そうなのであるよ。期間限定感もあってか、そこの八百屋を通るたび買って帰って……懐かしいである。ちょっとしたマイブームであったな」
「わかりますー! 何か妙にハマっちゃう時ってありますよねー」
「俺はどちらかというとぶどうが好きだが」
「ぶどうッスか! 高級系はほんと高いッスけど、メガネさんそういうの似合いそうっスよね」

 あぁ、粒の大きな緑色系のやつか……なんて、俺が高級ぶどうを思い浮かべている間にも、キツネくんは瓶を何度かゆっくりと逆さにして、ちょっと良いジュースをカクハンした。

「……似合う? 果物に似合うも何もないだろう。それに、俺はスーパーでひとパック390円を下回るようになったもの以外買わないからな」
「マジっすか!?」
「……そういえばそろそろ時期じゃないか」
「だね。梨とかもさ」
「梨! 良いっすねー!」

 そう言いながらキツネくんはカタカタとコップを5つ用意して、りんごジュースのフタをカチッと回した。

「というわけで、これ! ちょっと良いりんごジュースっす!」
「瓶に入ってる時点で良さそうである」
「ラベルもなんか高そうだよね」

 中身の品質を際立たせるような透明の瓶に、
シンプルだけど要所に箔押しが施されたラベル。濃縮還元ではないというりんご果汁がたっぷり900ml入っているらしい……けど、5人で分けたらあっという間になくなりそうだ。

「ジュースといえばさ、俺、ジュースにめちゃくちゃ合わないくだもの知ってるー! ヒヒヒ」

 悪戯じみた笑い声を立てながらたくちゃんが悪い目をする。

「え? なんすか?」

 何も、こんな高級そうなジュースを分けてもらってる時にジュースに相応しくないくだものクイズなんてしなくてもいいのに。

「すーいーかーだーよーーっ! ッヒャーッ!!」
「あぁ、なるほどー!」
「僕も、すいかはそのまま食べる方が好きである」
「あれさ、甘いだけなんだよーっ! 加工に向いてないと思うんだけど。ジュースもそうだけど、アイスとかさ? だったらすいかを食いたかったわーって。まぁ、今はいろいろあんのかもだけど。子どもの時にショックを受けて以来食ってないからわかんないや」

 一気に捲し立てたかと思ったら、今度は嘘のように黙ってしまった。

「これは、実家からお裾分けで送ってきたんすよ。なんか頂き物みたいで、でらうま〜ってお姉ちゃんが大絶賛でした! たくあんさん、すいかアイスの記憶なんて消しちゃってください!」
「おお! そうするー!」

 帰省することは少ないみたいだけど、実家と電話でよく連絡をとっているキツネくんの話題には、時折りお姉さんが登場する。
 そういえば、ネットでなんかいろいろやっている「たくあん」の中身の人がたくちゃんであることを見破ったのも、もともとお姉さんの影響を受けていたキツネくんが「たくあんさん」のファンだったからだ。

……ちょっと良いやつ、かぁ。

 俺はいろんなことに興味が薄くて、モノの良し悪しもあまり気にしたことなかった。ちょっと良いりんごジュースなんて、貴重な体験かも。

「はい、これ102さんの分ス」
「あ、ありがとう」
「で、これがたくあんさんので、メガネさん、ござるさん」
「あんがとー」
「あぁ、ありがとう」
「ありがとうである」

 キツネくんが反時計回りにグラスを置いていった。普段使っているグラスに普通によそうと、瓶一本分のジュースは綺麗に五等分されてしまう。果実みを残して心地よく濁ったちょっと良い液体は、もうそのラベルの外で俺たちに吸収されるのを待っている。

「一気飲みとかいかんでね」
「味わっていただくである」
「かといって、ちびちび飲むのもなー」
「自分のペースで飲めば良いんじゃないのか」
「まぁ、そうッスけど。 あ、そうそう今度みんなでいちご狩り行きません?」
「今度はいちごであるか」
「だって、僕やっぱり一番大好きなくだものはいちごだもんで!」

 なぜ今いちご? 味わうもへったくれもない。

「えー、やだよメンドウクサイ。俺外でじっとしてるの苦手なんだよ」
「たまには外へ出るのも良いであるよ」
「ね? バスツアーとか結構あるみたいだし」
「まぁ、でも拓人と外出するのは疲れるからな」
「あー、確かに……」

 そういえば去年、シルバーウィークにどこか出かけようなんて言って、結局みんなで近場へ買い出しに行っただけの時も、好奇心のままそわそわと動いてみたりケタケタ笑ったり小さな子供がそのまま大きくなったみたいなたくちゃんを落ち着かせていた記憶の方が強い。嫌な気持ちはなかったけど、帰宅後どっと疲れが出たのは無視できなかったわけで、バスツアーともなればもっと疲れそう……

「じゃあさー、今度ちょっと良いいちご探そうぜー!」
「……探す、であるか?」
「ん? ネットでだよ」
「あくまでも拓人は外に出たくないのか。まぁそれも止めないが」
「えー、僕みんなでいちご狩り行きたいなー」

 こうやってたくちゃんが超インドア派だってみんなは言うけど、そういえば俺も、しばらくの間職場とアパートの往復以外出かけることなんてほとんどない。りんごジュースを逆さまにするみたいに、時々滞った澱をカクハンする必要が……俺にもあるんだろうな。

「俺も、いちご、行きたいかも」

たくちゃんが悪目立ちしない方法や場所を選べば、みんなで行けるかもしれないし。

「えーーーっ! まじかよー! いっちゃんも俺と似たようなヒッキーかと思ってたのにー」
「何だヒッキーとは」
「ひきこもり、である」
「ああそうか、なるほど」
「ぅわーっ102さん! ですよねー、いいですよね、いちご狩り!」
「そう言われると、僕も行ってみたくなってきたである」
「それこそ、これからじゃないです? いちご狩りの時期って」
「そうかもしれないが、俺は早くこれを味わいたいと思っているのだが……」

 よく見ると、メガネくんはテーブルに置かれたグラスをしっかり握りしめたまま、ひと口目のタイミングを見計らっているようだった。

「そうだよー! 今の主役はこいつだろっ!」
「ッスね! でもいちご狩りは探しときますからね」
「では、ようやくいただくである」
「いっただっきまーすッヒャッヒャー!」

 俺はちょっと良いジュースがはいったグラスをゆっくりと口に運んだ。

「!!……」

 ごくりと飲み込んだ瞬間言葉を失った俺が視線だけでみんなを確認すると、いつも騒がしいみんなの時間が止まったかのように、それぞれ固まったまま『ちょっと良いやつ』を堪能していた。

 やっぱり「ちょっと良いやつ」は美味いな


[第22話『ちょっと良いやつ』完]

▶︎次回の更新は10月中旬頃!

▷去年のシルバーウィーク前、おでかけ会議をしていた住人たちのお話
第6話『インドア派住人たちがおでかけ会議してるってよ』

▶︎フルボイス動画になった【連続アニメ小説『日向荘の人々』】
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▶︎『日向荘の人々』シリーズ
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