「青空に雨」第3話
第3話「尾上陽太」
定期テスト一週間前。部活も休止期間だから、バスケ部の錦織大和は物足りないと文句を言ってたけど、高校入学後最初のテストなんだし、気合い入れた方が良いんじゃないのかと言ったら納得したようだ。
今日からユウと大和と三人で帰る約束をしているわけで、俺は部活のない日もそれなりに楽しみだ。
「お、ユウ、あんなところでぼーっと待ってるじゃん」
「ほんとだ。早いな」
昇降口に立つユウは、やっぱりまた少し背が伸びた気がする。今頃成長期かよ。
「そういえばユウ、また長谷川さんと話してたよな、昼休み。いいなぁ、いつも何話してるんだ……」
「……へぇ」
そうなのだ。俺は少し面白くなくて、背後からユウに近づくと恨めしい声を響かせてのしかかった。
「ユーウ~」
「なに。重たい」
「昼休み、長谷川さんと二人で、楽しそうに何話してたんだよ」
追い打ちをかけるように、正面からは大和がムスッとした顔で抗議している。そうだそうだ! 何話してたんだ。
「モサい隠れイケメンが調子に乗りやがって! チクショウ、こうしてやる!」
俺は便乗するように文句を言い、首を絞めるようなポーズでユウに腕を巻き付ける。
「長谷川愛と何話してたのか白状しろよ。大和も気になるってよ」
「え? ちょっと相談に乗ってただけじゃん」
「なんじゃそれは! 何でユウが長谷川さんの相談に乗ってるんだよ! おまえ、長谷川さんの何なんだ!」
大和は暑苦しく抗議を続け、それを受け流すようにユウはやり過ごしているけど……。いやでも、まさかな。
「長谷川愛、まさかユウの事好きとかじゃないよな」
「そうなのか陽太!」
「ないない、それはない! 尾上重い、離せって!」
「ダメ! 何話してたのか白状しなさい」
「ユウも、何でないって言い切れるんだよ」
「守秘義務! 個人情報保護! コンプライアンス!」
「っていうか、ユウまた背伸びたな? 日々くっついてると良く分かる」
三人でごちゃつく様は、ハタから眺めるにはさぞ暑苦しく騒がしいだろう。が、交互だか同時だかわからない勢いで、俺たちは次々言葉をぶつけて喚きあっていた。
「じゃぁユウ、これだけ教えて! 恋バナ? その他の相談? どっち?」
ついに大和はゴチャつき団子から離れて、祈るような体勢で長い体躯を縮こませた。どっちって……まぁ確かに俺も気にはなる。
「……」
ユウはというと、微妙な間を作って眉間に皺を寄せつつ首を傾げている。……え? 判断に困るような内容なワケ? そこで俺はひとつ、カマをかけてみることにした。
「恋バナだな、これは」
「マジかよーっ!」
「……守秘義務」
顔色ひとつ変えずに守秘義務で片付けられたが、ユウのことだから内容が何であれ返事は多分同じなんだろう。
ユウと大和は小学5年のクラス替えで一緒になってからの友達だけど、でもユウは何と言うか、いまだに掴みどころがない。
意識的なのか無自覚なのか、常に薄いシールドに覆われているみたいに本心を見せない。……そこが興味深い部分でもあるんだけど。
「何で長谷川さんがユウなんかに恋バナなんてするんだよ! 同じクラスだからってずるくないか? 他にも女子とか適任者がいるだろ、ありえない」
「はいはい分かった。罰ゲームでユウはコンビニまで俺をおんぶすること」
「なんだよそれ。意味わかんねー」
いい口実を見つけたとばかりに、ユウの背中へわざとらしくよじ登り直したら、文句を言いながらもそのまま歩き始めた。あれ? いいの? ラッキー!
……それにしても、ユウと長谷川愛が昼休みに相談事、とは。
「運搬お疲れ様ー。大和も荷物ご苦労さん」
学校から一番近い信号を渡ったところにあるコンビニで下ろしてもらう。
「コンビニ寄っていい?」
そのまま歩きながら言って、俺はコンビニの中へ入って行った。運搬されていたからとは言え暑いものは暑い。更に言うとしたら、ユウにくっついていた分暑いのだ。
「うひゃー、涼しいー」
「最近すっかり暑くなったもんなー」
後ろから続く2人の声も心なしか軽やかだ。確かに。涼しいところへやってくると、通常の空間が温められている季節なんだと思い知らされる。両手を顔の近くでパタパタして仰ぐそぶりをしながら、俺は店内の冷気を存分に浴びる事にした。
「おいコラ陽太、荷物くらい自分で持てよ。ほら、ユウもおつかれさん」
「あ、あぁ、ありがとう」
ユウは俺から解放された背中を十分伸ばし切る前に大和から荷物を受け取った。
俺も大和から荷物を受け取ると、何を探すでもない視線をドリンクコーナーの辺りで彷徨わせた。
「ヤダなー試験。そうだ、これから3人で試験勉強しないか?」
「どこで」
「1番近くだと……ユウん家?」
いや、やめてくれよ急に。……なんて声が聞こえてきそうな表情で無言の圧をかけられた。
「ほら陽太、ユウは納得いかないってよ」
「たまに感情丸出しな時あるよな……」
しかし、納得行かなそうな表情の理由は他にあったみたいで……
「納得っていうか、今日はこれから塾の体験的なやつに行くことになってて」
「塾?」
「一応家で話はしてたんだけど、日程とかは母さんが勝手に決めてきて」
「何もこんなタイミングでなぁ」
「……だよなぁ。めっちゃ迷惑。試験に間に合わせたかったって言ってたけど、なんか逆効果じゃね?」
「だってよ。残念だったな陽太、ユウん家はお預け」
「あ?」
「ウチでやる? 試験勉強」
「えー」
「錦織、そうしてもらえると助かる。尾上もごめんな、せっかく一緒に勉強しようって言ってくれたのに」
「んー……まぁいいよ。塾頑張れよー」
「おう、尾上も勉強頑張れよー」
「ユウ、また明日な」
「また明日」
あーあ、駅の向こう側に自宅があるユウとはここでお別れ。俺と大和もここからの帰路は別方向になるわけだけど……試験勉強は自分家でひとりでやりたいなぁ。
「陽太は? 帰んの? だったら方向逆だし。ウチに来るのか来ないのか」
「え?」
「ユウ帰っちゃったしさ」
「ユウは関係ないだろ?」
嘘。大和ん家で二人で勉強するんだったら帰ろうと思ったのは事実。
「そうなの? あと俺、ユウはイケメンってよりは普通だと思うけど」
「は?」
「さっき言ってたじゃん? 隠れイケメンって」
「隠れてるんだからイケメンじゃないんじゃねーの?」
「まぁそういうことなら意義なしなんだけどさ」
「何だよニヤニヤして、気持ち悪いな」
「それより長谷川さん! ユウに何相談してるんだと思う? ここ一ヶ月くらいで二人が一緒にいるところ凄く目撃してるんだけどさぁ」
「……だよなぁ」
「陽太もさ……」
「俺? 俺は長谷川愛とは話したことないぞ。クラスも違うし」
「いや、そういうことじゃなくて。まぁいいや」
「何だよ。はっきりしないヤツは長谷川愛に嫌われるぞ」
「えっ! そうなのか?」
「いや、知らねーけど」
「そういう意地悪してるヤツはユウに嫌われるぞ」
「えっ!……あ、いや! て、適当なこと言うなよ!」
うわ、びびった。うっかり妙な反応をするところだった。
「そうだ。勉強会はしなくていいけど、駅前まで出てポテトでも食いながら少ししゃべってかね?」
「しゃべってく? 何をだよ」
「ユウと長谷川さんのこと」
「なんで」
「気にならないか? 同じクラスだからって、女子じゃなくてユウに何か相談してるなんてさ」
「……まぁ、気にならなくはない」
「だろ? ユウは明言しなかったけど、恋バナとかだったら尚更気になるじゃん?」
確かに、気にはなる。でもポテト食ってまで長話することでもないんじゃないのか。初夏の日差しは、まだ暑さに慣れていない俺に容赦なく照りつけて早く帰りたい気持ちにさせてくる。暑くてここに居たくないのとユウと長谷川愛のことが気になるのとで頭がうまく働かない。さっさと話を終わらせよう。
「……そうだな。でもその場合長谷川愛がユウを好きとか、そういう話じゃなくなってくるだろ。好きな奴にそんな相談するか? 内容は気になるけど、やっぱりただの相談だよ」
「じゃぁユウは? 相談に乗ってるうちに好きになったとか。だから断らずにずっと相談に乗ってあげてるみたいなさ」
「……」
……やっぱり駅前でポテト食ってこう。
「なんかスッキリしなかったな。明日もまたここで考察しようぜ」
結局一時間ほど大和と話をしたけど結論は出るわけもなく、同じところでぐるぐると話が回っているだけだったからとりあえず話を切り上げて店を出てきたところだ。
「明日も?」
「くそ、俺も同じクラスだったら様子を伺えるのに」
「クラス違うのが既にイタイよな」
「でも陽太はB組よく偵察してるじゃねーか」
「あ?」
「え? よくB組見てない? 廊下歩いててもB組の前だと必ず教室の中覗いてる」
「そうか? 気のせいじゃね?」
「何見てるのかなと思って俺も見てみたら……まぁいつもの風景しかなかったけど」
「……多分ただの癖じゃないかな? 教室の方を向いちゃうみたいな」
誰にもそういう癖とかあるだろ? 大和は考察好きだから気にしすぎてるんだよ。
「一年B組だけ?」
「俺、B組だけ覗いてるの?」
「さっきから言ってるじゃん。B組だけいつも見てる」
「へ、へぇ……気にしてなかったな」
「だから陽太も長谷川さんが好きなのかなぁと思ってた時もあったんだけど」
「何でそうなるんだよ」
「無意識なのか……まぁいいや、帰ったら試験勉強。なんかそれどころじゃないな」
「そこは一応教科書くらい広げとけよ」
「それはそうだけどさ。陽太も気になるだろ?」
気になるけど……
「でも高校生活最初の試験だし、気にしてる場合か」
これは自分への戒め。
「陽太は偉いなぁ、さすが部長だぜ」
「それ中学の時の話だからな」
「でも無理すんなよ、じゃぁな」
「ん、また明日」
日はすっかり傾いて、空気は熱を失い始めていた。駅前では人々が忙しなく移動して、駅近の商店街からはガチャガチャといろんな音が聞こえてくる。雑踏の音はどんどん俺を飲み込んで、いつまでもここにいたらいけない気がしてきた。早く帰らないと。
「あれ? 尾上」
雑音を掻き分けるように耳へ届いた聞き馴染みのある声に振り向くと、私服姿のユウと、ユウのお母さんが立っていた。俺が慌てておばさんに会釈をすると「久しぶりね、元気?」と返してくれた。
「何で駅前にいるの? 錦織の家だって向こうだろ?」
「結局そこでポテト食いながら、ちょっとね。さっき別れて今から帰るところ」
「あぁ、なるほど! それもいいな。今度僕もポテト食いながら試験勉強混ぜてよ」
「ん? あ、ああそうだな。……これから塾?」
「そうそう塾。そこのさ、ビルの中に入ってる」
ユウが指す方には大きなビルがあって、三階から五階までの各階の窓には広告らしいものが貼られていた。塾名と受験という文字がよく目立つ。強そう。
「そっか、なんか怖そうな塾だな。個別? 頑張れよー」
「そう個別。怖いのは嫌だな。ま、体験だし適当に」
「いってらー」
「うん、じゃあ」
またおばさんに会釈をして、塾へ向かう二人を見送った。Tシャツの上にパーカーを羽織るユウは、高校生になっても私服は大して変わらないんだなぁなんてちょっと笑えた。でもその先に映る「受験」の文字が、何だか少し俺を不安にさせる。
「受験かぁ」
高校に入学して間もないのに、もう塾に行くんだな。大学受験とかそういうことだよな。大学、ユウはどこを目指してるんだろう。頭良い大学とか、学部とか、到底俺が追いつけないようなところだろうか。
俺が追いつく?
別に進路なんて誰がどう選んだって良いはずなのに、よくわからないことを考えた自分に驚いた。
「……」
再び雑音が耳を占領して、不安に拍車をかけてきた。でも、俺は何を不安に思っているんだろう。
「さて、俺は試験勉強するか」
よくわからない不安は置いておいて、俺は目の前にある最大の不安をかき消すために帰路についた。
第3話「尾上陽太」4807文字/完
第4話「小川渚沙」へ続く