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no.19/ 降水確率【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)

【築48年昭和アパート『日向荘』住人紹介】
101号室:ござる(河上翔/24歳)ヒーロー好きで物静かなフリーター
102号室:102(上田中真/24歳)特徴の薄い主人公。腹の中は饒舌。
103号室:たくあん(鳥海拓人/26歳)ネット中心で活動するクリエイター
201号室:メガネ(大井崇/26歳)武士のような趣の公務員
202号室:キツネ(金森友太/23歳)アフィリエイト×フリーターの複業男子
203号室:(かつて拓人が住んでいたが床が抜けたため)現在封鎖中

▲今からでも間に合う登場人物紹介

※目安:約3450文字

「天気予報の嘘つきー」

 文句と同時にゲーミングチェアをギィと鳴らしながら、たくちゃんが大きな伸びをした。背もたれを大きく倒した椅子の上で仰向けになり、その左手には携帯電話。

「嘘つき、であるか」

 さっきまでヒーロー考察記事を読んでいたらしいござるくんが、持っていた携帯電話をテーブルに伏せて顔を上げる。続いてキツネくんもたくちゃんの方を向いた。

「これさぁ、降水確率ゼロパーセントって書いてあるのに、パラパラ降ってんじゃん」
「確かに。ここ数日パッとしない天気だし、洗濯物溜まっちゃいますね」
「たくあん氏は着替えがなくなってしまうのではないであるか」
「そーぅなんだよー。昨日この天気予報見て、やっと今日洗濯できると思ったのにー」

 ……梅雨だしな。衣類量に関しては誰よりもミニマムなたくちゃんは、今日洗濯できないといろいろマズいらしい。

「しかし、拓人が今言っていたゼロパーセントというのは間違っているぞ」
「はぁ? 間違ってねーし! ほれ、これ見てみろよ」
「確かに0%って書いてあるッスね。でも局地的に見たら予報通りいかないとか、そういうことじゃないです? ほら、あくまで予報じゃないッスか」
「ムー……」
「残念ながらそういうことではなく、もっと根本的なことだ」

 メガネくんは右手でそっと眼鏡を整えると、冷静な声で続けた。

「それはゼロパーセントではなく、レイパーセントと読む」

 ……え、読み方の問題?

「読み方がちょっと違うからって、何なんだよ。細かいな」
「ゼロとレイでは意味も違ってくるからな」
「そうなんスか?」
「ゼロは皆無。つまりゼロパーセントというのは可能性がないということだ」
「そういうことなんじゃねーの? 降水確率0%ってさ」
「だがレイには極めて小さいという意味があるから、降水確率レイパーセントという言葉では雨が降る可能性がないとは言い切れない。わずかに降る可能性もあるという意味になる」
「そうなのであるか」
「ヘリクツか!」
「テレビで天気予報を見てみろ。気象予報士などは皆レイパーセントと読んでいるはずだ」
「俺テレビ持ってねーし。毎日ウチに来てるんだからわかるだろ」
「だったら『100%でも絶対雨が降るという訳ではない』なんてオチがありそうッスね」
「さすがにそれは……」

 100%は100%なんじゃないかと思うけど。

「鋭いな。そもそも降水確率というのは、同じような大気の状態が過去100回あったうち、1mm以上の雨か雪、つまり降水が何回あったかという確率の問題だ。だから100%が『絶対降る』と断言する数値ではないし、ついでに言うと大雨が降るという意味でもない」
「……マジっすか……」

 ……まさか、本当にキツネくんの読みが当たってしまうとは。

「ずいぶんマニアックな領域である」
「しかもこの確率は四捨五入されるから、4%以下の場合でも0%と分類される。よってレイパーセントという読みになっているんじゃないのか」

 最後はメガネくんの推測みたいだけど、今の話を総合すると俺もそんな気がする。
 一連の話を聞き終わるや否やキツネくんはソワソワと立ち上がって、玄関扉を開け覗き込むように空を見上げた。

「0%っていう割には、すぐ上がりそうもないッスね」
「降水量1mm以内であっても、一時間も降り続ければ、そこそこ濡れるだろうな」
「えーーーっ、もうすっげー困るぅ」

 ゲーミングチェアの上で寝っ転がりながら手足をだらんと投げ出し文句を言うたくちゃんの表情は、本当にすごく困っているそれだ。手に何かを持つのも嫌になったのか、携帯電話は既にお腹の上に乗っかっていた。

「あ」

 俺は、普段は利用しないため素通りしていたコインランドリーを思い出した。

「コインランドリー使ったら」
「いいッスね! 全員の洗濯物を二手くらいに分けたら、安上がりかもだし!」
「普段使わないから、ちょっとワクワクするであるな」
「そうだな。拓人の着替えもなくなるようだし」
「お! コインランドリー? 面白そう!」
「では、今日の洗濯くじは、コインランドリー係だな」
「なんでそうなるんだよ! 一人じゃ使い方わかんねーし!」
「俺もコインランドリー使ったことないや」

 ここへ引っ越してきた時も、中古の安いやつだったけど入居時には設置していたし、洗濯機に困ったことがなかった俺はコインランドリーを利用したこともない。

「そうなんスか? じゃぁ、たくあんさんか102さんが当たっちゃったら僕がお供しまッス!」
「ならばキツネ氏が行ったらどうであるか。すでに確率は5分の3である」
「えーっ、一緒に行くからいいんじゃないッスか。5分の3の確率で行きたいわけじゃないッスよー」

 それにしても約3日分……多いな。

「洗濯だけここで済ませて、乾燥だけランドリーに行ったら更に安上がりッスね!」
「へぇ、そんな裏技あるのかよ。キツネすげーな」

 結局キツネくんの案を採用して、あみだくじで当番を決めてから103号室の外にある洗濯機を起動させた。ちなみに、今日の洗濯くじはメガネくんだ。

「それにしてもさ、ゼロとかレイとか、何なんだよ。ほんと日本語ってめんどくせーよな。漢字ならともかく数字だぜ? それならパーセンテージじゃなくてレベルとかランクとかにすればいいのに。知ってる知らないの基本前提は分かりづらいんだよ」
「確かに、である」
「そういえば、日本語を勉強している外国の人が発信してる『国に帰りたくなる日本語』的な投稿って時々バズってるじゃないッスか。たくあんさんたまに、あれみたいなこと言うッスよね」
「国に帰りたくなる、か?」
「絶望的に日本語習得が嫌になる瞬間らしいッスよ」
「ほう」
「覚える文字数が圧倒的に多いのは仕方ないとして、その上で主に同音異義語とか漢字の音読み訓読みの使い分けとかバズってたッスね」
「俺は一つのものに固有名詞がいっぱいあるのも謎すぎて気持ち悪いけどなー」
「そういうやつッス。一人称多すぎる問題とかもあったし」
「あーわかるー。なんか俺、感覚的に日本より外国の方が上手く生きられる気がする……。それに比べてわざわざ日本に勉強に来たり働きに来たり、そんな事できるなんてほんとすげー」
「たくあんさんも、一部では超有名人ですごいじゃないッスか!」
「そうである。最初に気づいた時のキツネ氏の反応は忘れられないである」
「そーおー?」
「そうッスよ! あの時はびっくりしたッス! ペンネーム以外全部伏せてるじゃないッスか。だから本当にこの人たくあんさんなのかなって、何となく気づいちゃった時は自分でも信じられなくて、めちゃソワソワしちゃいましたからね」

 キツネくんは当時の事を思い出し興奮が蘇ってきたのか、嬉しそうに身振り手振りしながら反復した。たくちゃんもニコニコして何となく嬉しそうだ。

(ピロリロリロリ〜♪)

「お、洗濯が済んだようだな」
「そうッスね、メガネさん行ってらっしゃい」
「精算は後程割り勘である」
「そうだね」
「ヒッヒ、頼んだぜー」

 洗濯かごを片手にメガネくんが103号室を出て行った。キッチンの窓の外では、洗濯機から洗濯物を取り出している物音が何となく聞こえてくる。雨の音は……小雨だからか、部屋の中からはあまり聞こえない。

(ガチャッ)

「あれ? メガネさん」
「どうしたであるか?」
「……すまないが」
「メガネ、どうしたー?」
「……?」

 玄関には、珍しく困った顔をしたメガネくんが立っている。

「誰か、一緒に手伝ってはくれないか。5人分の洗濯物が約3日分、しかも水を吸っていると激しく重くてな……コインランドリーまで傘をさしつつ持って移動するのは少々自信がない」

 ……そうだよな。なんとなく普段の洗濯くじの感覚でいたけど、冷静に考えたらその通りだ。

「了解ッス! せっかくだからみんなで行きません?」
「えーっ、俺も?」
「そうである。脱水したとはいえ、濡れた衣類は重いであるからな」
「それぞれ自分の分を持って行ったらいいかもね」
「そうッスね」
「すまない。そうしてもらえると助かる」
「ついでに、乾燥機回してる間に夕飯の買い出しもしてきません?」
「おお! じゃぁFマートにも寄って夏スイーツ買ってこようぜ! ヒヒヒ、ラッキー」
「最初からみんなで行こうってすれば良かったッスね」
「雨の日の散歩もなかなかである」

 みんなで傘をさしてぞろぞろとお散歩。雨の日の外出がこんなにワクワクするのは子供の頃以来だろうか。
 ……けど間もなく、梅雨期のコインランドリー事情を甘く見ていた愚かさに気づくのだ。

「乾燥機、空いてないじゃん……」

 皆、考えることは同じなのだ。

[第19話『降水確率』完]

▶︎次回の更新は7月!
7月の活動スケジュールは6月24日頃発表予定です。

▷「一つのものに名詞は一個にしろよなー!」のお話
第7話『結局は月より団子な男子かな』

▷「みんなで一緒に洗濯をするようになったいきさつ」が分かるお話
第2話『あみだくじと洗濯機の謎』

▶︎【フルボイス】連続アニメ小説版の『日常編』もYouTubeにて定期投稿中です!(最新第5話は6/28投稿予定です)
↑『あみだくじと洗濯機の謎』フルボイス動画版はこちらから↓

▶︎「日向荘の人々」シリーズ
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最後まで読んでいただきありがとうございます!