no.21 / 夏のおわり【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)
※目安:約3600文字
「ただいまである」
毎年お盆の時期には帰省しているござるくんが、お土産を持って日向荘へ帰ってきたのは8月14日の夜だった。
夕飯は食べてくるからとあらかじめ伝えられていた通り、俺たちが夕飯を食べ終え片付けが終わる頃103号室に現れたので、みんな続々と「おかえり」と返した。
ところでお盆といえば明日までのイメージだけど、今日帰宅したのには訳がある。
「どこも混雑していたであるよ。この辺りに着いたら人も車も少なくて、毎年のことながら驚いたである」
確かにこの辺りは住宅街で、最寄駅も各駅電車が停まるような場所だけど、一応都心部であり、普段は人の流れも多い。お盆時期になるとその流れがほかの地域へ分散するからこの辺は閑散とするし、分散の波に乗ってしまうと常に混雑地帯を移動し続けることになる。
だからなのか、ござるくんは毎年少し早めに帰省して、少し早めに帰宅するのだ。
実家で暮らしていた頃はおばあちゃんと同居していたと聞いたことがあるし、そういう意味でもこの時期に定期的な帰省をしているござるくんを、何となくマメだなと感心して見ている。
「このお煎餅好きなんスよね!」
キツネくんは、醤油の素朴な香りとバリっとした食感が特徴的なお煎餅のお土産に手を伸ばしながら嬉しそうだ。
「それはよかったである。いろいろ探せば新しい銘菓もあるだろうけど、お盆の帰省は何かと強行突破だから、いつも同じになってしまうである」
「でしょうねー。だから僕この時期帰らないんスよ。ござるさん、年に1回はちゃんと帰省するなんて、その時点で凄いッス! お煎餅も、大好きなんで嬉しいです!」
「帰省するのは、お墓参りも兼ねているであるからな」
おばあちゃんの事かな、とふと思った。俺はいわゆる核家族で、祖父母は今も健在だけど、とはいえ接点はあまりない。だからなのか、お盆もあまり俺の中では重要なイベントではないのだ。
「俺は今まで……たぶん、お盆とかやったことねーなぁ、確か。やったことあったとしても記憶にないくらい」
たくちゃんもお土産に手を伸ばしつつお盆の記憶を探っているようだ。どこか遠くへ意識を飛ばしているのか、個装の袋に視線を向けることもなく器用に中身を取り出した。
「俺は両親の地元が同じだったからな、お盆の時期には両家の祖父母の元へ家族で大移動をしていた。だから大掛かりなイメージしかないな」
「大移動ッスか?」
「兄弟三人と両親で車移動。4泊5日だ」
「うわーがっつりッスね」
「もしや、今もメガネ氏がガッツリ休暇をとるのは、その名残であるか?」
「……そのつもりはない」
一瞬動きを固めたメガネくんが、心外だとでも言いたげに否定したのがなんとなく子供っぽく見えて、思わずクスッと笑ってしまった。いつも冷静なメガネくんだけど、実家へ帰れば三人兄弟の末っ子なのだ。
「日本の四季はなんだかもの悲しいであるな」
キツネくんがパキンと立てたお煎餅のいい音と、ござるくんがつぶやいた声が重なった。
「もの悲しい……四季が? 全部ってこと?」
「えーござる、それじゃぁ日本は一年中もの悲しい国になっちゃうじゃんかー」
「確かに、そうなるッスね」
「ハハハ、そうであるな」
言われて気付いた様子のござるくんは、少しだけバツの悪そうな表情で笑った。
「だがまぁ、あながち極端な話でもなく、人の感情なんていうものは常に浮き沈みのあるものだし、仮に日本を情緒的な国なのだと言えるとしたら、風景が訴える感情的なもののひとつとして、もの悲しい雰囲気も常にまとっているのではないか?」
こんな分析じみた事を言いながらも、メガネくんは個別包装されたお煎餅の袋をどこから開けようかというふうにくるくると回しながら確認している。ギザギザのところをピッと切ればいいのに、うまくいかないようだ。
「だからこそ、時と場合によって、もの悲しい雰囲気だけを高い割合で拾い続けてしまうこともあるだろう」
確かに、そうかもしれない。
秋に世界を黄金へ変えてしまう木々の色とか
冬に深々と積もる雪景色の静けさとか
春に一瞬の煌めきを見せる桜吹雪とか
夏のおわりに響く風鈴の音とか
……そういうものから拾う雰囲気は、受け取る人の情緒に左右される。確かにメガネくんの言う通りだ。
「夏は特にお盆や戦争のイメージから故人を思い出すこともあるだろうし、ござるの感覚は……タイミングの違いこそあれ、それなりに多くの人が受け取る感情によるものなのだろう」
メガネくんはやっとお煎餅の袋を開けられて、視線を手元からござるくんへ向けた。
「そっかぁ、僕にはそういう別れの経験がないからお墓参りとかよくわからなかったっスけど、確かにそうッスね」
「別れかぁー……」
そう言ったたくちゃんがいつになく哀愁の表情を漂わせた瞬間を、俺は偶然視界にとらえてしまったけど、声のトーンがいつもと違うことに反応したみんながたくちゃんの事を見る頃には、すっかりいつもの感じに戻っていた。
「ま、生きてても別れはあるしな!」
「たしかにそうッスね」
「そういう意味では四季の風景それぞれに別れのシーンはあるのかもしれない」
「生きているからといっていつでも会える保証もないわけであるな」
「……そうかもしれないね」
会いたいと思う人がいる数だけ、きっと過去を思い出すことができる。もしかするとそれは幸せなことなのだろう。誰に会いたいとか、俺にはそれすら、たぶんない。夏のおわりに鳴る風鈴の音で、懐かしむ人や風景は思い浮かばない……
「ってか、メガネは袋の中で煎餅割ってから食うタイプなんか、ヒヒヒ」
メガネくんの手元を見ると、個装された袋の中に、一口大ほどのサイズに割られたお煎餅がいくつもスタンバイしていた。
「ん? 割っておくと食べやすくないか?」
「僕はついバリっとかじっちゃうッス。あー…袋から全部は、まぁ出しませんけどねぇ……」
言葉の途中から驚いた表情に切り替えつつ、キツネくんが言う。
「俺もーっ!」
驚きの視線を受けたたくちゃんは、そうとは気づかず同調の声を上げた。
「拓人はせめて、テーブルの上まで頭を持ってきて齧ってくれないか」
「袋から全部出した上、椅子に寄りかかって食べると、さすがにポロポロこぼれるである」
「ホントだ」
これは、踏んだら微妙に痛いヤツ。
「えー、こんなのはさ、食い終わってからザッと落として掃除機かけたらいいんだよ。言って米粉みたいなもんだろ?」
それはチガウのでは?
「食後に掃除機がかけられるのなら、汚さず食べる気遣いもできそうなものだが……」
「じゃあお前らさ、磯部焼きもちぎって食うのかよ」
「「「「は?」」」」
なんで磯部焼き?
「餅はさすがにちぎる方が手を汚すである」
「ヒャヒャヒャ! じゃあいいじゃねーか。煎餅も磯部焼きも原料同じなんだからさぁ!」
「米と醤油……あと場合によって海苔……ってことッスか?」
「そうそう!」
「そういう問題なのであるか?」
そういう問題ではない気がする……
「原料と言うがな、餅は餅米で、この煎餅はうるち米だ。同じではない」
「はぁー? 何だよ、相変わらずメガネは細けーな。米は米だろ?」
「そもそも原料と食い方は相対しない」
「誰がそんなこと決めたんだよー」
「ともかくだ、どんな原料であれ最終形態に相応しい食い方をすればいいだろう」
「口に入れば一緒だろ?」
あーあ……
たくちゃんもたくちゃんだけど、メガネくんもメガネくんだな、と最近感じるようになってきた。二人とも小学生かよ。
季節を問わず、日向荘は一年中騒がしい雰囲気のみ拾い続けて……いや
ただ騒がしいだけだ。
[第21話『夏のおわり』完]
▶︎次回の更新は9月中旬頃!
▷去年の夏休みでは、メガネくんがエグい休みの取り方をしています
第4話『日向荘流、夏休みの過ごし方」←※今月30日にYouTube動画化するよ!(YouTube第7話『夏休みのすごしかた』)
▷そして……こちらのお話でもメガネくんがガッツリ休み取ってます笑
第17話『彩りと記憶』
▶︎フルボイスアニメになった【連続アニメ小説『日向荘の人々』日常編】
YouTubeにて第1期の一気見動画公開中です!
▶︎『日向荘の人々』シリーズ
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