【一話完結】僕には秘密の推しがいる
※目安:約2480文字
うわぁぁ……とうとうやってしまった! やばいやばいやばい!
……パニック寸前の脳内とは裏腹な様相で、僕は登録ボタンをタップした指をそっとスマホから離した。
今から一年前、僕には推しができた。
今まで公私共に、世間一般でいうような「好き」の気持ちになったことがない。「公」というのは、誰かのファンになるとか、そういうこと。「私」は、もちろんプライベートで誰かを好きになること。
そんな僕にも推しができた。でも、一緒に騒ぐ仲間は周囲にいない。言っておくが友達がいないわけではない。ただ、公言はばかられるだけ。この尊い気持ちを周囲の友達とは共有できないから。
何より、僕の推しは男性俳優だから。
僕の「好き」は人とはちょっと違っていた。小さい時から公私共に興味を持つのは。純粋に「憧れ」であり、自分もちょっと頑張ってこうなりたい、お手本にしたい
内面的なものに共感できる、スバラシイ! とか、男女関係なくそういうものであったから、一般的に「好き」と言うのとは何となく違うなと思っている。どちらかというと、尊敬? そんな感じだ。
まぁ、「私」の場合、知り合いくらいになれて、メンターみたいに目指すべき存在になってもらいつつ、認知してもらえたら嬉しいけど、自分もあわよくばその人から同等の好意を持ってほしいなどと思うことはなかった。
それを的確に理解してくれる人は周囲にいなくて。だから僕は「好き」を周囲に話したことはない。
「隼人はやと、今夜空いてる? 飲みに行かね?」
成人式を終えてから、堂々と飲めるという事なのか、大学の友人たちから飲み会に誘われることが増えた。
「ごめん、今日は無理(推しのドラマがあるからっ!)」
……推しのドラマがあるから。なんて、堂々と言えなかった。やっぱり深堀りされたくない。それに、ドラマは見逃し配信でも見れるけど、やっぱりリアタイしたいし。そして、ついでに言うと2月下旬生まれの僕はまだ19歳だ。できれば「お酒は20歳を過ぎてから」にしたい。
話を戻すけど、僕には一年前から推している俳優がいる。しかし厳密には一年前ではない。もっと前から興味はあった。
一年前というのは、正式にSNSで推しアカウントを作った時期だ。たまたま彼の情報を検索していたら、とあるツイートを見つけてしまい、そのひとがたくさんの人にフォローとかいいねとかされていて、芋づる式に関連ツイートを眺めていたら、僕もその仲間に入りたくなってしまった。
『一緒に推しを愛でたい!』
文面から察するに、おそらく女性の人ばかりのその沼に、男子大学生であることを伏せて飛び込んだ。それが一年前。
何で推しを推すようになったのか。それはネットに上がっていたインタビュー記事を読んだから。
もともとドラマとか、あんまり見る方ではなかったけど、最近の雑誌はネットにも記事を一部だったり全部だったり無料であげていることが多いみたいで、それがたまたま目を留めた。
いや確かに、気になっていたからその記事が目についたのではあるけど、それについては、以前にテレビで偶然見た彼の演技がとても印象的で、それから気になっていたのは事実。
とはいっても、俳優に役で見たイメージを貼り付けてはいけないというのはわかっている。だから特に深追いはしてなかったのだけど。
でも、その記事を読んだら共感しかなくて、もっとこの人のインタビュー記事を読みたい、考え方とか生き方とか知りたい、僕もこんな人になりたい。そう思うようになっていた。
そしてSNSに行きついたのだ。周囲の人に「好き」を話したことがなかった僕が衝撃を受けたのは、知らない人同士があんなに盛り上がって「好き」を叫びあってることだった。
『めちゃくちゃ楽しそうだ!』
僕も反応したりつぶやいたりしてみたくなって、珍しく衝動的にアカウントを作った。それが一年前。
一年も経てば、コメントのやりとりの流れで、僕が男子大学生であることを知っているフォロワーさんも数人いるけど、みんな優しい。
「男の子が男の人を推したって全然いいんだよ~」
「一緒に応援しようね~」
なんて言ってくれる。
タイムラインには推しの情報しかない。
推しのインタビュー記事はもちろんのこと、推しが取り上げられているネット記事のピックアップだったり、公式のリツイートだったり、もちろんフォローしている「民」たちの「好き」だったり独自の「最新情報」だったり、そういうものがあふれている。
とはいえ最近、民たちの「好き」がやっぱりわからなくて、萌えポイントが共有できなくなってきた。推しが何かしらの作品に出ているときは、演技だったり、インタビューで語る作品への想いだったり、そういうものに対する感動を共有できるのだけど、ビジュアルに対する萌えポイントが、イマイチ共有できない。いや、確かにカッコイイし、なんなら時々可愛いし、見た目も好きだけれども。それは分かるけれども。
……僕は男女問わずビジュアルから醸し出される非言語的な萌えというものを感じたことがない。ということに気が付いた。
いや、だけども、だけどもだ。
これはどうなんだ?
半衝動的な行動を強行しようとする自分と、冷静に俯瞰する自分とが戦っている、この状況。
ある日SNSのおすすめで、推しの公式ファンクラブアカウントが出てきた。推しの正確な最新情報を、より早く知ることができる。ここでしかわからない推しのことも知ることができる。推し自身の発言なども直接知ることができる。
言うならば「超・公式」素敵な響きだ。
それから数か月にわたりおすすめされていたそのアカウントが、サブリミナルみたいに知らず知らずのうち僕の興味を占めていた。そして今、その申し込み画面に進み、冷静に俯瞰する僕が負けて、登録ボタンをタップしてしまったところだ。
うわぁぁ……とうとうやってしまった! やばいやばいやばい!
パニック寸前の脳内とは裏腹な様相で、登録ボタンをタップした指をそっとスマホから離した。
これが沼落ちか。
……もう、完全に好きじゃん。
〈完〉