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「escape HERO」第3話

  ※目安:約6100文字

#創作大賞2023
宇佐崎しろ 先生のお題イラストによる 
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Chapter2 「Development」を読む

Chapter 3 『Turn』

「は? マヒロ、待てオマエっ!」
「ドカン!」
 ドンッッ!
 天井にどデカい穴が開き、轟音と共に瓦礫が床に次々転がっていく。最上階なだけあって、屋上の一部にも穴が開いたのではないだろうか。外の光が小さく辺りを照らしている。気合いを入れてド派手に言唱玉の力を使ったようだ。大きな建材の塊からは何となく身を守れたが、細かい破片や埃などが俺と宮脇の上から降っている。
「カズ。せっかくあたしのサポーターに任命したのに、何でその一年助けてるのかな」
「バカかてめー。これ食らったら、下手したら死ぬぞ!」
「だから?」
「……」
 何か続きが必要なのかよ、とは怖くて聞けなかった。納得させられる説明が続けられなければ、攻撃を肯定せざるを得なくなりそうで怖かった。マヒロの顔をちゃんと見ることできなくて彷徨わせた視界に、無惨に転がった校舎の一部が映る。宮脇を突き飛ばし、間一髪で危機を逃れた俺たちの横に崩れ落ちてきたものだ。俺も下手したらこれの直撃を受けていたかもしれないと思うと、今更ながらゾッとする。
「ナンバーワン決定戦だよ?」
 そうなんだろうとも。そうなんだろうけど、ナンバーワンになるために自分以外の参加者を消す以外の方法はないのか。そう言おうと口を開きかけたその時。
「……あ」
 俺の目の前に、見覚えのある球体の石が転がってきた。マヒロがチート級アイテムと言っていた、妙な爆発攻撃ができる言唱玉。ただ、これは紫水晶のような色をしている。マヒロのは黒水晶のようだったし、印象的な違いからも効力は違いそうだけど。
「これは、宮脇さんの……?」
 俺が片手で掴んで持ち上げると、宮脇は一瞬だけギョッとした顔を見せてから、ものすごい勢いで紫色に透き通る石を奪い取った。
「ちょっと一年、カズにお礼くらい言えないかな。それがないとモノをぶん投げられないんでしょ?」
 宮脇が机や椅子を投げてきた攻撃。きっとマヒロと同じく言唱玉の力なのだろう。今思えば、確かに素手で投げつけていたと考えるのにはかなり無理があるし、さっきだってモノを投げることが宮脇のメイン攻撃であるような発言もしていた。
「あ、ありがとう、ございます」
 宮脇はマヒロに言われた通り、小さく礼を言った。
 確かに、排除対象の人間に危機を助けられ、言唱玉を拾ってもらい、お礼まで言わされるとは、なんともバツが悪いというか、羞恥というか、嫌なものだろう。俯いたまま、そそくさと小さなショルダーバッグに言唱玉をしまっている。さっきまでは気づかなかったけど、宮脇は悪魔の羽根がついた黒いショルダーバックを肩から斜めがけしていた。持ち運ぶ入れ物はリュックだけじゃないんだなと思いつつ、これもマヒロと同様、どこかで手に入れたアイテム一式なのだろうと納得した。
「で? 三年に、何かされたのかな」
「……」
「勝手に三年と勘違いされて、不意打ち攻撃されて、あたし達も面白くないんだけど。ねぇ、カズ?」
「俺は別に、仕方ないっつーか……」
 小さく言って、今は男子の俺を排除するために追いかけてきたんだしな、と心の中でだけ続けた。
「今の三年が一年の時に緩和した校則で……」
「校則?」
「その場しのぎの、一部の人が自由になる決定事項で、辛くなる人も生まれるのに」
「え……」
 そんな校則、何かあっただろうか。そして、一年の間で何か問題になるほどの校則があるなんて話、聞いたこともなかった。直接辛く感じない人間には気付きづらい問題なのかもしれない。ただ、当時一年だったとしたら、彼らにも特別強い決定権はなかったように思うけど、校則緩和決定に関わっていた学年ということだけで恨みを買っていたわけだ。
「だから一年の誰かがナンバーワンになって、学校を変える。一年の団結、ナメないでください」
「一年多数派の力でねじ伏せようなんて、当時の校則緩和とやってること変わんないんじゃないかな。それより酷いか」
 ぽそりとマヒロがこぼした。何かを変革させようと考える人間は、目指しているものが正しいと信じるあまり、自分の言動の矛盾に気づかないものなのかもしれないけど、でもそれは……。
「横田先輩、こんな事で恩を売ったと思わないでくださいよ。どっちにしたって生き残りゲーム。横田先輩はそもそも排除対象なんですから」
 宮脇はスッと立ち上がり俺を冷たく見下ろすと、足早に廊下を駆けていった。
「可愛くない一年! カズはなんであんなの助けたかな。ニ対一だったし、チャンスだったのに」
 助けたと言うか、何となく身体が動いてしまっただけだ。
「マヒロこそなんで少しの躊躇いもなく攻撃できるんだ」
「答えになってないし」
「大体、マヒロだってみんなが過ごしやすい学校にしたいって言ってただろ。願う事とやってる事、真逆じゃないのか? コレで良いなんて、俺は思えない!」
「……願っているだけじゃ、何も変わらない。とも言ったよね」
「だからといって、それとこの生き残りゲームとは、俺の頭の中で繋がらない。やっぱり間違ってる! こんな争い意味がないんだ」
「戦いから逃げてるだけのカズに、そんなこと言われる筋合いはないよ」
「逃げてる? 納得行かないままこんな戦いできないって言ってるだけだろ!」
「声デカいし。ただでさえここでは聞こえないはずの男子の声なのに。こんな逃げ場のない場所で、声に気づかれて囲い込まれたらどうするのかな」
「っ……」
「圧倒的な力で一気に変化させることも、時には必要なのだよ。今あたしに必要なものは、想いを通せるほどの力を持つこと」
「その裏で、宮脇が言っていたみたいに、辛くなる人間が生まれてもか」
「何かを得るには、リスクも負わねば」
「自分の理想の裏で生まれるかもしれない苦痛がリスクって事なのか」
「うーん、それもあるかな?」
「それも?」
「不要だと思う人間関係を手放したり、とか」
 そのままニヤリとして俺を指差した。ついさっきできた人間関係を、これから手放すんだと言いたそうな表情で。この争いで躊躇なく攻撃を続けられるのはそのため?
「じゃぁマヒロが狙っているナンバーワンの話と、宮脇が言っていた三年の話と、マヒロが非難していた一年の団結の話と、結局何も変わらないんじゃないか? 圧倒的な力だけで実現させた理想なんて、誰も幸せにしない。自分が思い込む正しさに力を加えたら、裏側がもっと見えなくなる。……俺は、もうついていけないな。いつでも気が変わる可能性があるって最初にも言ったし。さすがに協力できない!」
「ふぅん。気が変わっちゃったって事かな?」
「最初から信頼があって協力していたわけじゃなかったけど、今ので完全に無理だ。保健室に戻って俺なりの解決案を考える」
「解決案ねぇ。さっさとあたしに負けちゃえばいいのに」
「マヒロはこれで本当にいいと思ってるのか」
「何かを得るには、リスクも負わねばね」
「……」
「……いいよ、一人で校舎内を巡回してくるから。元々サポートとしても機能してなかったんだし、銃持ってるのに一発も撃たないしさ」
「……勝手にしろ」
「納得っていう言葉を盾に、逃げる口実を作ってるだけなんじゃないかな?」
 小さく、俺を刺すような言葉を一言呟くと、マヒロは一番近くの階段を降りていった。逃げる口実ってなんだよ。俺はそもそも、こんな生き残りゲームに参加したかったわけじゃない。
 俺の存在がバグか何かなら、マヒロにしろ俺の知らない誰かにしろ、ナンバーワンが決まった時点で自動的に脱出できたりリセットされたりするんじゃないか。どこかでそんな淡い期待を抱きつつ、俺は目立たないように保健室へ戻った。

 やはり今日はいい天気だ。誰もいない保健室の、本来の主を失った椅子に座って、ぼんやりと窓の外を眺めた。確かにゲームはもうすぐ終わるのだろう。規模の大きい破壊音は時々聞こえるものの、小競り合いの銃声などはほとんど聞こえない。きっとチート級のアイテムを持った者だけが生き残って、今まさにナンバーワンの座を争って能力のぶつけ合いをしているのだろう。
 それにしてもここは本当に何処で、何なんだ。マヒロは仮想空間のようなものだと言っていたけど、それでも本当のところはよくわかっていないようだった。こんな殺戮戦をした後で、本当に元通りに戻れるのか問われても、俺は全く自信がない。

 ここは、本当に仮想空間なのか?
 ナンバーワンが決まったら本当に元の世界へ戻るのか?
 それさえも思い込みなんじゃないのか?

 もしも元に戻らなかったら?
 ナンバーワンが決まってもこの世界は現実で、誰もいない校舎が残って。
 もしそうなったら俺はどうする?

 次々浮かぶ疑問をよそに、不思議と何も感じなかった。まるで現実逃避でもしているかのように、今聞こえてくる音さえも脳へは届かなくなっていた。鹿山先生の机に頬杖をついて、一階の窓から校庭上空に広がる空を見上げた。ほら、空はこんなに青い……
「鹿山先生の白衣、ボロボロだ」
 窓に映った自分の姿があまりに傷だらけで、改めて自分自身に目をやった。よく見たら、白衣は血や埃で汚れているだけでなく、ところどころ切れたり穴が開いたりしていた。俺を攻撃から守り続けてくれた白衣だった。
 俺はそのまま再び窓の外へ視線を移した。


 不意に、ペタペタと上履きが廊下を押し付ける音が近づいてくるのが聞こえて、俺は意識を呼び戻した。誰だろう。ナンバーワン? それとも最後の相手を探している参加者の誰か? もう、そういう思考回路になることに疑問も感じなくなっていて、更に戦いがいよいよ終わりに近づいているのだろうなというのは、周囲の音から察することができていた。奇妙な静けさの中に、足音だけが響いていたからだ。
 保健室の入り口付近で足音が止まった。
「やっぱり。ここにいると思った。解決案、何か見つかったかな」
 マヒロだった。
 鹿山先生の席に座ってぼんやりと窓の外を眺めながら、耳だけはっきりと意識を注いでいた俺は、聴き慣れた声に応えるように、椅子ごとくるりと振り返った。
「ナンバーワンが決まったらバグは解消されるかな、なんて考えてたけど、よくわかんねーわ」
 椅子が止まったところで立ちあがる。校舎内は不気味なほど静かになっている。
「結局何も分からずって感じかな。……さて、と」
 マヒロがこちらに向き直って、何かを仕切り直すように声を発した。
「そろそろナンバーワンが決まるよ」
 丁寧に5本の指を揃えて、手のひら全部でマヒロと俺をゆっくり指してニコニコしている。
「……?」
「もう、校内にはあたしとカズしかいないね。あたしの知らない場所でも、みんなお互い消しあってしまったみたいだよ。だから、あたしがカズに勝ってナンバーワンになれば、このゲームはおしまい。……戦わないのかな? ラスボスに挑戦しに来たのだが」
マヒロは俺を見てニヤリとした。
「俺に勝つ……? 俺はバグなんじゃないのか。参加者としてここにいるわけじゃない」
 何らかのバグで入り込んだ俺は、厳密には参加者じゃない。だからもうゲームは終わりじゃないのかとなんとなく思っていた。つまりこの世界から消されることはあっても、最後の戦いに挑まなければならないなんていうことはこれっぽっちも考えていなかった。
「まだ甘えたこと言ってるんだ。何かのバグだとしてもって言ったよね。言葉の表面だけ都合よく理解して。結局あたしは真実なんて言及してないのに、憶測だけで結論を出して。バカなのかな?」
「……マヒロを撃つか、俺が殺されるかの戦いをしなければならないのか?」
「ちゃんと最初に言ったよね。誰かがナンバーワンになるまでここから出られないって。忘れちゃったかな?」
それは、確かに言っていたと思うけど。
「ナンバーワンって、頂点に立つたった一人のことだと思うのだが。ゲームの生き残りは二人もいらない」
「おまえ……」
「カズはザコで、逃げるしかできないし敵は庇うし一発も撃たないし。やっぱりあたしのサポートには力不足だったけど、これでさようならだね。カズに勝って、あたしがナンバーワンになるよ。楽勝じゃん」
 そう言ってマヒロは俺に向かって手をかざそうとした。きっと言唱玉の力を使うつもりだろう。
「待て、ちょっと待て!」
 危機感から思わず身を翻す。気づけばマヒロをすり抜け、逃げるようにして廊下を走り抜けていた。さすがにまだ殺される心構えも、撃ち殺す覚悟もできていない。この状況からして説得は無理だろう。まだ、この世界が現実でない証明だってできてないのに。殺されたらそれで終わりかもしれないのに。考えなければ。このゲームをただの殺戮生き残りゲームで終わらせないための何かを……
「ゲーム……?」
 この世界が仮にゲームなら、リセットする事はできないのだろうか。今までの出来事全部、この殺戮の出来事を全部無かったことに。世界の初期化。その力を持つ事が可能な存在……

『ここでナンバーワン女子になったら、この学校を支配できるの』

 俺は女子じゃないけど、でもここでナンバーワンになったら。支配、つまり思いのままにできる。……のか?この世界を俺が終わらせた力で、全てを無かったことにできるなら……

『納得っていう言葉を盾に、逃げる口実を作ってるだけなんじゃないかな?』

「……そうか」

 納得などクソ喰らえだ。生きるか死ぬかの時に、逃げる口実など考えている場合じゃない。決めた。俺は、マヒロを撃つ!

 白衣のポケットに手を入れて、中の銃を確認すると、走るのをやめてマヒロと対峙し、正面から見据えた。
「カズ、やっと諦めがついたかな。せいぜいあたしをナンバーワン女子にしてくれたまえ!」
「……悪いが、俺が勝つ」
 もしも、俺がこの世界を初期化する事ができるなら。ナンバーワンになることでその力を持つ事ができるなら。そのために俺が勝つ。それにはマヒロを撃たないといけないけど、でもその後に全てリセットするんだから大丈夫だ。
「なんて?」
「悪いが、俺が勝つ!」
 俺の正義のために勝つ。
 いくら安全な学校生活のためだと言ったって、その権力を手に入れようとしてこんな争いを繰り広げるなんて間違ってる。その先に生まれるであろう安全だって、もはや信じられない。
 こんなゲームは初めから無かったことになれば良いんだ!
 俺が勝って、この仮想空間を初期化してやる!

 右手でポケットから銃を取り出すとマヒロは一旦目を見開いたけど、すぐに余裕の表情に戻った。
「今までビビって一発も撃てなかったカズが、本当に撃てるのかな。格好だけで威嚇しようとしたって無駄だよ」
「威嚇じゃねー」
 俺は安全装置を外し銃を構えてマヒロを狙う。
 マヒロは俺に的を絞るように左手をかざし、スゥッと静かに短く息を吸う。

「ドカン!」
 パン!
 落ち着いた、しかし力強いマヒロの声と、乾いた銃声が、同時に耳に届いた。……気がした。

***『escape HERO』(全4話完結済)***
Chapter1「Introduction」を読む
Chapter2「Development」を読む
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最後まで読んでいただきありがとうございます!