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「京都の花嫌い/美しいものが好き!」 (井原西鶴・万文反古の現代語訳)」


※伊原西鶴の「万文反古」は、主人公が、貧乏人が大事に集めたクズの山から手紙を見つけてそれを読み、世情を思うという日本の17世紀の書簡体小説です。岩波の新体系から現代語訳/翻案しています。

 こんな手紙。

 私は桜に飽きまして、春中は都を立ち退いています。人々はまた、東山の桜で幕を張り、歌を唄い三味線を弾きますのを聞きたいばかりに上京しております。この手紙にてまずもって無事をお知らせいたします。
 僧侶でおいでのあなたのことを常々赤弁慶と言って本名を言わないのは、道心堅固の御身の程、よろしいことと思います。
 さて愚僧の草庵ですが、きっと鼠の集会所となりましょう。ですが、小鰯(ごまめ)一つ残し置かず、貧しい僧が来たら笑ってしまうことでしょう。間垣の菊や萩は自然と咲き、やがて霜がおりて見苦しくなるのを名残惜しむ人はありません。
 鍵を預けましたからには、妻戸を開けていただきまして、もし山帰りの若衆がいたら、主人はいませんが、見せたいです。北側の竹縁の下に栗や長芋などを置いてあります。そのまま捨て置くのも勿体無いと思い出しましたのは、竹中さまより頂いたものでして、内緒にしてください。美男好きは私たちの持病、今回も恋のようなことに身を焦がし、早くに帰京するところを今までウカウカと暮らしています。
 去年の春、そちらを出立し、備前の岡山に知人がいて「しばらくここに」ともてなされたのですが、なんとなく居心地が悪く、昔西行法師が詠(なが)めて親しんだ、瀬戸の曙で船に乗り、世をうら風の吹くにまかせ、肥後に着き、清政のたま屋という寺に連句の友がありまして、この人を訪ねて安らぎました。折ふし、夕嵐の袖に涼しい筑山を詠(なが)め、巧みに石を配置して水を流し、仙境の趣に庭を直して遊ぶことが羨ましいものでした。
 この寺の杉の茂みに、訛りのないほととぎすの一声を聞くと、都と大差ないのも風情があります。「是には一作」と胸に三重韻を作っては繰り返すうちに、誰それの上人とやらのお見舞いと、お付きの者たちの足音がする中に、「お側避らず」(付添人の一人)と思われる二八(=16)に満たない美童がおり、顔つきの美しさは京都でもついに見たことがありません。「このような西の果てにもこのような生き物があるものか、全く命は長らえてこそ。珍しいものだ、よく見よう」としていると、急に興奮して来て、「どうしてどうして、華やかなことを嫌って来た田舎に思いの外の悩みの種を見出すことよ」と胸の煙が立ち騒ぎ、一行のお茶が終わって「出発」と聞こえると名残惜しく、戸の隙間から覗いて一層思いが高まりました。
 後になり、「今日の美童の名前は」と聞くと「高貴な方の二男だが、のちのち出家の希望があって今の上人に預けられている」ときき、この美童に腸(はらわた)の裂ける心地がして、理性を無くしました。「ああ、私ほどの清僧を悩ますなんて」と口惜しく、寺の住職の迷惑も考えずに「せめて心は通いたい」と手紙を書いて送りました。

「昨日はお顔を拝見し、天性の生まれつきの美麗で、これはかの有名な、美少年鄭挑が紫綸巾を隠者石李竜から貰い受け、また美少年の菫覧が着物の袖を、その袖の上で眠っている前漢の哀帝が目覚めないように断ち切ったという故事そのものです。見る者、美人で有名な李夫人と疑い、聞くものは楊貴妃と訝ります。人心は木や石ではありませんので、そう見聞きすれば心を動かすものです。私も蝙蝠が斧を取って竜に向かうように、蜘蛛が網を張って鳳凰と勝負するように、雲に架け橋をかけるようだと言えども、今や拙い文章を綴り集めて思いを書いています。
 一瞬顔を拝見してから胸は阿蘇山の煙を焦がし、泪は白川の波に滴ります。その瞳は桂の輪(満月)となり、お心は柳の糸のようです。去るほどに、鶴が崎に着いてから、四海に囲まれた
九州は牡丹のように美しいと知りました。しかし熊本に安居して、様々な思いの中であなたへの心は玉の中の琥珀と見ます。真実は花に勝ると心底尊いものと思います。
 呉の国で寵愛された西施、日本の小野小町、在原行平の若い頃、業平の再誕です。夢にも忘れません、目覚めても恋しいのでただ祈りを藤崎の宮にかけ、この身を菊池川に投げたいくらいです。あなたのお気持ちのためには露命を惜しみません。人間百歳の人生ですが、いっとき(半炊)の夢と悟ります。あなたとの一夜の手枕は、千金の宵より尊い。立っていても座っていても、朝夕忘れられませんのは、これだけの深い理由のためです」
 と思うほどを書き続けて出しましたら、その美少年は「是は」と情深い返事をくださり、それそれは言葉では言えません。筆紙には及びません。「近々のこととしまして、旅の庵に一夜おいでください」と内々の返事ですが、未だ日程がわかりません。これをただ待っている寂しさ、ここが恋の只中と思って暮らしています。
 このたび、右腕の六文字、夢現を書きました入れ墨が役に立ちます。あはれ、近くにいれば美少年との夜をのそかせてあげたいです。名前を岡嶋采女といい、素焼きの土器をもらいました。夜の間語り合いますので、しばらくこの土地の烏をそちら祇園囃子へ運ばせたいです。このこと、月西庵の草履取りの松之介には聞かせないでください。
 そのうち上京します。話の種に書き残しました。
                     慶眼

遊夕御坊

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この文は、京都の花見がうるさく西国に下り、思いもよらない美少年になづみ、しのばせた恋文の内容を友に知らせたものだろう。
 法師らしいものだ。

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