見出し画像

2020年NHK大河ドラマ『麒麟がくる』あらすじ&感想(第1回「光秀、西へ」)

■あらすじ

領地を荒らす野盗を撃退した際、明智光秀(長谷川博己)は、その頭領が持っていた「鉄砲」という見たことのない武器に興味を持つ。美濃守護代・斎藤氏の名跡を継ぐ斎藤道三(本木雅弘)に掛け合い、ある約束と引き換えに、鉄砲がどういうものか探る旅に出る。堺ではひょんなことから三好長慶の家臣・松永久秀(吉田鋼太郎)に気に入られる。次に向かった京では、名医と名高い望月東庵(堺 正章)と出会うが、大のばくち好きで、本当に名医なのかヤブ医者なのかわからない。そんな中、大名同士の抗争が始まり、町は大火事になる。

■トリセツ

光秀が生まれ育った美濃国ってどこ?
「美濃(みの)」は現在の岐阜県南部、明智家が治める「明智荘(あけちのしょう)」は岐阜県可児市あたりになります。

斎藤家と明智家の関係は?
明智家は、斎藤家の家臣ですが、光秀の叔母が道三に嫁いだことにより、斎藤家と明智家は姻戚関係にあたります。そのため道三の娘・帰蝶はいとこの光秀や明智家の人々とは幼い頃から親しくしています。

光秀がわずか2年で読み終えたといわれる「四書五経(ししょごきょう)」は、どんな書物なの?
『大学』『論語』『中庸(ちゅうよう)』『孟子(もうし)』の四書、『詩経』『書経』『礼記』『易経』『春秋』の五経からなる儒教の基本書。
当時、武将の子弟は寺で高僧から多くのことを学んでおり、人間としての生き方や上に立つ者の心得を習得するための教書として使われていました。

東庵が借金返済に必要だったお金・100貫(かん)の価値は?
現代の価値で換算すると、1貫=約15万円。
100貫だと約1500万円になります。

■大河紀行 岐阜県可児市

明智光秀の前半生は、謎に包まれています。かつて「明智荘(あけちのしょう)」が広がっていた可児市。光秀のふるさとと伝わる場所の一つです。

光秀は明智荘を治めた土岐明智氏の出身ではないかと伝わっています。鎌倉時代後期にこの地に土着し、東美濃に強い影響力を持った一族でした。

今は水田が広がるこの辺りに明智家の屋敷があったといい、光秀はここで生まれたと語り継がれています。

明智荘を見守るようにそびえる長山。ここに、明智城がありました。光秀の叔父・光安が城主を務めたといわれるこの城は、自然の地形を生かした山城です。今も曲輪(くるわ)の跡とみられる遺構などが残っています。

光秀が青春時代を過ごしたと伝わる可児市。波乱に満ちた人生が、この地から始まろうとしています。


 戦国大河が始まりました。主人公は「日本史上最大の反逆者・明智光秀」です。織田信長ファンからは、「なぜ?」とブーイングの嵐──とはいえ、彼の経歴を調べていくと、(これはあくまでも私の感想ですが)武田氏滅亡までは「織田信長を討とう」という気持ちが全く見られません。武田氏が滅亡すると、織田信長の態度が急変して、明智光秀は、「織田信長を討とう」という気持ちになったようです。武田氏滅亡から本能寺の変までは、たったの80日です。この最後の80日間と本能寺の変後の11日、合計約100日で明智光秀という人物の全て(55年間)を語るのは間違いでしょう。たとえば、本能寺の変の動機を「野望説」として、5歳位の子役に「我は将来、日本を平定する」と言わせるのは、ちょっと違うかなと。(もちろん、「史実とは違う気がする」というだけで、ドラマとしてはありですが。)

 明智光秀を「日本史上最大の反逆者」「本能寺の変をおこした人」としてこのドラマを逆算して視ると、「いつから織田信長を殺す気になったんだろう」「いつ、狂気が覚醒するんだろう」と気になってしまいますので、そこは白紙にして、「1人の武将の出世話」として視る方がよろしかろうと思います。(ネットでは、「いつ明智光秀が死ぬか」よりも、「いつ松永久秀が爆死するか」が話題ですが(笑)。)

 「三つ子の魂、百まで」と申しますので、明智光秀の幼少期について知りたいのですが、全くの謎です。この『麒麟がくる』でも幼少期は描かれませんが、「織田信長に仕官するまでの謎の前半生にスポットを当てる」として、
享年55歳説を採用して20代から描く。
・全44回の中心(20回代、6月)に桶狭間の戦いを置く。
とする意欲作になっています。5月末に明智城が落ち、6月に入って美濃編からようやく次章・戦国武将&戦国の華編(越前国編? 諸国勘合編?)に移るようです。この章で各地の戦国大名、たとえば、駿府の今川義元が登場して、桶狭間の戦いが描かれるとのことです。

 さて、ドラマを視る方法としては、「自分が明智光秀だったらどうするだろうか」とか、「戦国時代を現代に置き換えると」と教訓を得ようとする見方、歴史から学ぼうとする見方があります。
 今回で言えば、野盗が使う鉄砲を見て、明智光秀は、主君・斎藤利政(後に出家して道三)に「鉄砲について知りたい。堺に行きたい」と言いますが、「自分ならどうだろう? 溢れる好奇心はあるか? あちこちに盗賊がいるのに、危険な旅をするか?」と問いかけます。井の中の蛙が大海に出る旅の成果は大きく、明智光秀は、新しい知識や人脈を得ました。「若者は乾いたスポンジである。その吸収力は凄まじいと知ってはいるが、我社ではどうだ? 海外研修は高給取りの年配の幹部ばかりで、若手社員は安月給で、私的な国内旅行さえ難しいのでは?」とね。

 この堺への旅に関して、明智光秀が幼くして父をなくしたことにより、後見人となっていた明智光安(みつやす。「光康」とも表記)は、「万(よろず)出過ぎて、ろくなことはない」(本心は「明智家の跡取りに死なれたら困る」なのかも)と一蹴し、母・牧は「夫(明智光綱)もよく京都へ行った」と好意的でした。鉄砲術については、『絵本豊臣勲功記』に「軍法、兵術、弓馬、短槍、それが上、近年また鳥銃流行するをもって、光秀、これを熟練せんと野となく、山となく駈け巡り、鳥獣を撃ちて試したるに、他日は、はや、岳縅も外さぬほどの術に至れり」(一般の武術に加え、近年では鉄砲が流行していて、明智光秀は、野山で試し撃ちをしていたらすぐに上達した)とありますが、命中させるためには、技能はもちろん、知識も必要ですので、「鉄砲術の達人・斎藤利政から学んだ」と考える方が自然です。斎藤高政(義龍)と共に学んだのではないでしょうか? また、最近、明智光秀を医者とする説が出ましたが、このドラマの明智光秀は「麝香、牛黄、竜脳、甘松、人参、沈香、香附子」と聞いて、理解できませんでした。(呪文(おまじない)かと思いました。)

 堺では、斎藤利政を尊敬しているという「戦国三大梟雄(きょうゆう)」(乱世の梟雄・松永久秀、美濃の蝮・斎藤道三、謀聖・宇喜多直家。(ふくろう、不孝鳥)は、母親を食べて成長すると考えられていて、主君殺しの下剋上は、母親殺しと同等と考えられた)の1人である松永久秀に会って気に入られて鉄砲を都合してもらい、京では、博打好きの名医・望月東庵とその助手である戦争孤児の駒(元旅芸人)に会うと、駒はキーワード「麒麟」を口にします。

  いつか戦は終わる。
  戦の無い世の中になる。
  そういう世を作れる人が、きっと出てくる。
  その人が麒麟を連れてくるんだ。

  旅をして分かりました。
  どこにも麒麟はいない。
  何かを変えなければ、誰かが。
  美濃にも、京にも、麒麟は来ない。

 駒だけに麒麟か・・・いや、駒は馬の別称で、麒麟のモデルは、馬でもキリンでもなく、鹿です。さて、麒麟を呼び、連れてくるのは誰?

サポート(活動支援金)は、全額、よりよい記事を書くための取材費に使わせていただきます。ご支援よろしくお願いいたしますm(_ _)m