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遊郭にて



男は遊郭の一軒の前に立ち止まる。
遊女のため客を引く婆さんは男の若い風貌を見て、
あんた十五分で一万円払えるんか、とひやかす。

男は婆さんに二万を渡し、女と二階へ上がっていく。

部屋に入り
女は、はじめましてと声をかける。

男は神妙な顔つきをして
黙って荷物を解き、近くにあった座布団に座る。

男は突拍子もなく、白鳥は好きかと女に尋ねる

女はクスっと笑い、少し好きだと答える。

男は白鳥の葉書を見せて言う。これは今朝描き終えた、と。

白鳥は地を足で蹴り今にも海原へ飛び立つ疾走感に駆られていた。

女はあれこれと絵の質問するが、
男は、言葉にすると野暮ったくなる、と質問には答えない。

落ち着き払って一向に動かない男に合わせ、女も座り出す。

沈黙が続き、女は気になって、たまらずに聞く。
どうしてここに来たの、と。

男は微笑んで、風呂場はどっちかと聞き、案内しようとする女を座布団に座らせたまま向かう。

男は湯の入った桶と手拭いをもって風呂場から部屋に戻り、女の対面に座る。

女を両立膝に変え、女の右足を手に取り湯の入った桶に浸ける。

女は不思議な光景に面白がり、何をするの、と聞く。
男は、いいから、とまた少し微笑む。

男は女の足の先に触れ、丁寧に撫でる。

女は、くすぐったいと笑うも、男は深妙な面持ちになっていく。
足の指の間、平、かかと、くるぶし、男は慈しむような手つきで、真剣に女の足を磨いていく。

次第に垢が桶に浮いていく。

右足を磨いたところで、男はまた風呂場に行き、綺麗な湯に変え、そして今度は左足を撫でる。

こんな風に扱ってもらえたことはない、と女は笑いながらも涙ぐむ。

男も救われたような顔して笑う。

手拭いで女の足を拭き終わると、ドタドタと客引きの婆さんが階段を上がってくる。

男は荷物を持って立ち上がり、女に白鳥の葉書を渡す。

男は階段を降り、見送る女を背に向けたまま、決して振り返らずその場を後にした。

女は、手元の雄大な白鳥の絵の裏に書いてある男の詩に気づく。

「蓮の羽をむしると
ミシミシ、ミシミシと
小さな地鳴り声が
耳になる。

人の持つか細い心音は
無知の鬼は聞こえず
全知の神は気に留めない。」

それは美を弄ぶ痛みと罪に、寂しさと懺悔が込められたような詩であった。

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