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文章を書いていなかったら、ぼくはあなたと出会えていなかった。

ふと思う。「文章を書いていなかったら出会っていなかっただろうな」って。年を重ねるにつれて、そういう人が増えてきた。文章を書き続けているから、当然のことなのだけど。

一緒に仕事をさせていただいた素敵なあの人も、ぼくが文章を書いていなかったら話すこともなかった。noteで出会った素敵なクリエイターのみんなもそう。たとえば、ぼくがそこに書かれている文章を〈読むこと〉しかしてこなかったとしたら。それ以上、そこでコミュニケーションが生まれることはない。

ぼくが〈書く〉から気にかけてフォローしてくれて。それは、ぼくがフォローしている人も同じ。蟻が蟻塚をつくるように、〈書く〉という営みの中で惹かれる文章はできあがっていく。それを眺めているのはとても楽しいし、美しいから、その存在が気になるわけで。きっと相手もそうだ。ぼくの文章を積極的に読んでくれる人は、ぼくの蟻塚に興味を持ってくれているのだろう。

書いた文章をある部分で認めてくれたから、敬意を持って話してくれる。時には、「一緒に仕事をしよう」と声をかけてくれる。普段何気なく、この場所でやりとりしている人もそう。何かのきっかけで、ぼくにメッセージを送ってくれる人にしてもそう。それは全て、ぼくが文章を書いているからなんだ。当たり前だけど。でも、ちゃんと考え直してみたらそれはすごくありがたいことなんだね。

「もし、文章を書いていなかったとしたら」

たまさかにそんなことを考える。それは両手いっぱいに乗せたビーズを床にぶちまけたみたいに、出会った人やそこで生まれた物語が音を立てて目の前からなくなってしまうだろう。それくらいぼくにとって〈書く〉は大切なことなんだ。ぼくの人生を形づくってきたものは〈書く〉だった。それがあったから、あなたと出会うことができた。

そう考えると、尊いね。

〈書く〉を豊かにするためにも、たくさんの〈読む〉を体験したい。その営みは自ずと、ぼくの人生を豊かにしてくれる。



「ダイアログジャーニー」と題して、全国を巡り、さまざまなクリエイターをインタビューしています。その活動費に使用させていただきます。対話の魅力を発信するコンテンツとして還元いたします。ご支援、ありがとうございます。