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君がいてくれて、僕は幸せだよ

犬を飼っている。

名前はトム。来月で16歳になる。もう、おじいさんだけど、ずっと僕のこども。昔からぼんやりしたところがあったけれど、この数年で〝ぼんやり〟に拍車がかかった。ごはんを食べたのに「まだもらっていない」みたいな顔をするし、散歩に行っても前みたい走り回ったりできなくなった。

僕が家に帰って来ても気付かない時だってある。そっとリビングを覗くと、ソファの上で小さくなっている。いつも僕は胸をどきどきさせながら、彼が呼吸しているか確認する。頭をなでるとはじめて目が覚めて、驚いた顔をして僕を見つめる。僕はほっと胸をなでおろす。

昔からそうなのだけど、僕はトムを抱っこすると泣きそうになる。なんだかわからないけれど、泣きそうになるんだ。

トムと出会ったのは、妻をまだ「彼女」と呼んでいた頃。彼女が飼っていた。トムと僕はすぐに仲良しになった。僕が歩くとその後ろをべったりついてきて、僕が座ると膝の上にぴょんと飛び乗る。それから僕たちはずっと一緒に過ごした。

家の前に大きな公園があった。夜が来ると僕はトムを連れて、公園に走りに行く。真夜中の公園で二人で走り回った。名前を呼ぶとうれしそうにかけ足で僕に向かって飛びついた。真夜中の公園で、二人だけの時間をたくさん過ごした。

僕の膝の上でトムは、幸せそうに眠った。彼の寝顔を見るのが僕は大好きだった。心の中があたたかいもので満たされる。君は一体、どんな夢を見ているのだろう?

ある日、「夢」というのは起きている時に見た世界しか出てこないという話を聴いた。きっとトムは家の中と公園の夢しか見ていない。それから僕はトムを連れていろんなところへ行った。海へドライブも行ったし、山にも一緒に登った。トムの「夢」の風景を鮮やかにするために。

こんなにも幸せそうな寝顔なのだもの。もっともっと素敵な夢を見てほしい。僕にできることは、いろんな世界へ連れて行くこと。

ねぇ、トム
君の夢に僕は出てくるのかな?

年齢を重ねる毎に、眠る時間が増えて行った。体もにおいがきつくなってきた。歩くことがつらそうな時もある。たまに僕のことを忘れているんじゃないかって心配になる。

僕は君の体を持ち上げて、膝の上に乗せる。かわいいのは、床から離れる瞬間、小さくぴょんっと飛び跳ねる。もう決して、飛ぶことはできないのにね。僕の膝の上に乗る時のことをきっと覚えているんだろう。昔の気分で「ぴょんっ」とする君の足が愛おしい。

においのきつい君の体に頬ずりする。「くさい」と感じるのは、こちらの都合。君はいつだって、変わらずに僕に接してくれた。うれしいことがあって君のことをあまり考えてあげれなかった時も、君は僕のことをずっと見つめてくれていた。僕につらいことがあった時、君は静かに僕のそばに来て、頬をやさしく舐めてくれた。その後、何も言わずに僕の膝の上で瞳を閉じていた。いつまでも、いつまでも。

言葉が話せなくても、君はいつだって僕の気持ちをわかってくれた。いつだって僕のことを想ってくれた。きっと君は、僕がどんな姿になろうと、今までと同じように接してくれる。それだけは自信がある。

年老いても大丈夫。くさくても大丈夫。忘れん坊でも大丈夫。早く歩けなくても大丈夫。そんなことで君のことをぞんざいにするわけにはいかない。僕の都合で、君の注いでくれた愛をおざなりにしちゃいけない。

君の体に顔をうずめる。君が僕にするように。トム、君を抱っこしていると、やっぱり泣きそうになるんだよ。前とは違う理由。遠くに行ってしまう日のことを考えたりしてしまう。考えたくもないのにね。君以上の犬の友だちはきっと一生出会うことができない。

トム、君がいてくれて僕は幸せだよ。




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