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10anniversary

AM7:00

自宅に到着。PCの電源を入れる。おぼろげな景色は夢うつつで。花々の面影は、黄金風景へと移ろい、溶けていく。

区切りというのはいい。振り返るきっかけを与えてくれる。あの頃の匂いが蘇る。声が聴こえる。鼓動を感じる。眺めていた景色が重なり、動き出す。

店を開いて10年を迎えた。その祝福と感謝を今日という日に込めた。


***


夢を叶える為 流したその涙
みんな思い出にかわればいい


店にはたくさんの花が届いた。パリっとした空気。風通しが良い。ネクタイを締め、カウンターの中に立つ。そこから見える景色に言葉を失った。積み重なった時間が形になっていた。


10年前、何も知らないこの街で僕たちは店を構えた。お客さんのまばらなカウンターで、心を込めてジントニックを作った。新しい年を迎えるたびに、作るジントニックの量は増えていった。少しずつ、少しずつ。


人との出会い、繋がりが生まれ、互いの感情が動き出す。カウンターの中から見守る僕には、それは小さな蕾が花を咲かせていくように映ります。 淡い桃色、力強い黄色、どこか恥ずかしげな紫色。小さな花がカウンターに咲いていくのを眺めながら、僕たちはその花がすくすく育つよう、精いっぱい努めます。 店を良くすること。 それはその花が咲く地面、土壌を豊かにすることです。


あの頃、綴った日記の中の文章。偶然の出会いの中で日々物語が生まれるカウンター。そこで起きるの一つひとつに胸がときめいた。僕はカクテルが好きだ。そして、そのグラスという接点から紡がれていく物語が大好きだ。


店の扉を開き、訪れる人。数々の再会。数々の笑顔。頭を下げる。感謝の想いを伝える。とても素直に口から出てくる言葉。

「ありがとう」

積み重ねなければ味わえないものは、確かに存在する。それは目に見えているようだけど、心の中が映し出す景色。10年分の歴史。10年分の物語。10年分のそれぞれ。偶然が生み出したこの店での10年分の出会い。


祝祭的な音と共にボトルから吹きこぼれる細かい泡。電球よりもずっと明るく照らす笑い声。カウンターに笑顔の花が咲く。10年前、僕はここにいた。そして今、僕はここにいる。

これまでずっと店を営みながら小説を書いていた。2年前、「文章を書くことをやめる」と言った。家族と仲間を守るためにバーテンダーに専念して生きようと思った。その時、店の立上げから一緒にいてくれた仲間が「そんなこと言っちゃいけない」と言った。「僕が店を守るから、文章に専念してほしい」と。今まで僕の意見に反対したことがない彼のその言葉に驚いた。彼の想いを無駄にしてはいけないと思った。彼の人生は、既に僕の人生でもあることを知った。その日から、人生が変わった。

ありがとう その一言で
踏み出した あるがまま


お客さんが溢れる中、汗をかきながらオードブルの皿を運ぶ彼の姿。今があるのは彼のおかげだ。2年前のあの日から、僕は文章を書くことに集中した。カウンターに立つ時間が少なくなった。「今日」という日の主役はこの「店」であると同時に「彼」なのだ。

「ありがとう」

シンガーソングライターの広沢タダシさんが来てくれた。口の中に入れたコットンキャンディのように華やぐ会話。そこへ静寂が訪れる。広沢さんがギターを手にした。月の光のような声が店を包む。

夢を叶える為 流したその涙
みんな思い出にかわればいい
言葉も交わさずに抱き合えたら


その歌声を聴きながら、今まで出会った人たちの顔が走馬灯のように次々と浮かび上がった。頭の中の小さな図書館、次々と本は開かれ、10年間の光景が蘇る。ムービーを撮る人もいた。僕は、広沢さんのこの曲をしっかりと記憶の中だけに刻みたいと思った。この4分は僕の人生でとても大切な時間だから。事あるごとに、幾たびもの振り返りの中で、何度も思い出すはずで。

やぶれた情熱に サフランの花火を
きれいに焼きついて 消えないから
寂しくなったら 夜空を見上げて
大きく咲き誇る 愛を胸に my friend


店を10年続けてきてよかった。妻と出会えて、仲間と出会えて、この場所を一度でも訪れたことのある全てのお客さんと出会えて本当によかった。仲間を見ると、彼は鼻水を垂らしながら泣きじゃくっていた。彼らしいと思った。この4分間に、彼の10年が溢れ出したのだと思う。

広沢さんの歌声は10年間というノスタルジーだけでなく、僕たちの「これから」への祝福として響いた。これからの道は今よりもずっと厳しいかもしれない。でも、〝生きている〟という実感を味わうことができるだろう。広沢さんに背中を押してもらえた気がした僕は、涙が出る前に身が引き締まった。それぞれの感動がそこにはあった。


いい店だ。大好きだ。ずっと一緒にいてくれてありがとう。僕たちが君を育てたようで、実は君が僕たちを育ててくれていたんだね。本当に、本当に、ありがとう。


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AM9:00

眠りに就く前に雪蓮さんからいただいた手紙を開く。身体中が幸福で満たされていく。

イメージすれば瞼の裏側に広がる景色。 それはカウンターに鮮やかに広がる一面のお花畑です。 このイメージが現実になることを僕は信じて疑いません。


あの頃の日記の続きにはこう書かれてあった。10年後の「今日」はその答え合わせができたような気がする。


飲みなれない酒が意識をおぼろげにさせる。夢うつつの中を彷徨いながら。
どうもありがとう。これからもよろしくお願いします。



※引用の太字は広沢タダシさんの『サフランの花火』の歌詞です。



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