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自分の力で辿り着く

今日は、訳あって小学生と一緒に国語の問題を解いていた。

この春から五年生の彼は「塾の問題集が難しい」と言った。読んでみると、なるほどなかなか手ごわい。本文を読んで、設問に目を通す。彼は泣きそうな表情で「最初の問い以外は、てんでわからない」と言う。

わたしは設問をベースに、彼の前に問いを置いていった。わたしの問いに対し、彼は本文の中から解を発見していった。いくつか問いを重ねると、彼は設問の解に辿り着いていた。

結果、「てんでわからない」問題は、すべて解けてしまった。

そういうことなのだと思う。設問に対する解へ到達するためには、設問自体を分解して小さな問いにしてしまえばいい。正しい問いに向き合えば、自ずと答えは導き出される。

これは、小学五年生の国語の問題でだけでなく、あらゆる人生の課題にも言える。いかに自分の力で問いを立てることができるか。他者の力を借りてもいい。一つだけ言えることは、問いの先にしか答えは存在しない。

晴れやかで、健やかな、彼の表情が忘れられない。わたしのところに来る前より、少しでも国語が好きになってもらえているとうれしい。

わたしは解を教えない。ただ、問いを置くのみである。彼は自分の力でそこに辿り着くのだ。それが勉強なのだと、わたしは思っている。


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