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パパ弁護士を名乗っていること

私は「〇〇ママ」という言葉をやめるべきだという意見を見ました。
たしかに!と思いました。
でも、この記事を書いている私自身も、「パパ弁護士」というアカウント名を使っています。
そこで、この名前について説明したいと思い、この記事を作成しました。
「弁護士」らしく論理的でまとまった文章を書くことを手放して書いていますので、読みにくいと思いますが、興味を持っていただけたらとってもうれしいです。

私は弁護士としてキャリアを積んでいます。
そのため、「弁護士」であることに自分が囚われすぎているような感覚にあることがあります。
ビジネスを考えるときも、まずは「弁護士」としての視点でみるのが癖になっています。
これは、弁護士業をする上では便利です。切り替えコストがかからないので。
しかし、自分の可能性を狭めているのではないか、とも感じています。

弁護士という枠を取り外した自分には、内閣府への出向で弁護士業務を一切しない期間があったこともあり、向き合う時間がとれたように思います。
出向の期間は、そういった意味でも実りの多いものでした。
弁護士は、制度をまずはあるものととらえるのが基本的なスタンスです(もちろん違憲無効なのではないか、既存の運用が法律上の必然なのか等は考えますが)。
しかし、それではビジネスがうまくいかない場合等に制度を変えるという選択肢等、思考が柔軟になったように思います。

我が家には2人のこどもがいます。
そのため、日々、仕事と育児の両方をこなしています。
育児中の「僕」は弁護士としての自分からは解放されています。
こどもにとってのパパである自分として精一杯生きる時間です。


パパである自分と、弁護士である自分、その両方を誇りたいと思っています。
「パパ」と「弁護士」のいずれを先に書くかはほんのちょっと悩みましたが、なんとなくしっくりきたのは「パパ弁護士」でしたので、そちらを名乗っています。
(もちろん、弁護士でない一人の人間としての自分を誇りたいと思っています。)

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