外見至上主義がダメなら内面至上主義もダメではないのか

今回は、最近話題になってる?ルッキズム(外見至上主義)批判について思ったことを書きたいと思います。

知識とか全くないので、ただのボヤキだと思ってください!

さて、ルッキズム=外見至上主義とは、

人を見た目だけで判断したり、差別したりすることです。


例えば、身近なものでいうと、就職において美人が採用されやすい、とか、モデル体型が正義みたいなやつです。

後、国宝級イケメンランキングとかもルッキズム的なやつですよね。

そしてこのルッキズムに対しては、批判がたくさんあります。

例えばどういった批判かというと、

「アニメのヒロインがみんなモデル体型なのはルッキズムであり、そのせいで拒食症とかになってしまう女性がたくさんいる!」とか、

「最も美しい顔ランキングみたいなものが、偏った美を広めている!」とかです。

まあこういった批判は、賛同するかは別として、誰でも理解できると思います。

そりゃそうですよね、「見た目で判断、差別する」なんてのは、ダメっぽく思えますよね。

でもここで僕が思ったのは、

じゃあ内面で判断、差別していいん?

ってことです。

「いや勿論内面で判断するのはええやろ!」

という声が聞こえてきます。

でも僕は、

「外見で判断、差別するのがダメというのなら、当然内面でも判断、差別してはダメであるべき」

だと思っています。

外見で優劣つけるのがダメだったら、当然内面で優劣つけるのもダメでしょ!!って思いません??思いませんかね。笑

「内面は外見と違って比較的変えられる」

と思ってる方もいるかもしれませんが、僕はそうは思いません。

勿論努力である程度性格を変えることは可能ですし、そうであってほしいです。

しかしやっぱり、人には向き不向きがあるのも事実だと思います。

これは外見でも同じことで、外見も努力である程度変えられるけど、身長はどうしても変えられませんよね?

外見と内面は本質的?には一緒だと思んです!


だから、ルッキズムを批判する人は、人を内面で判断、差別してはいけないと思ってます。

例えば目を合わせず、まともに会話できない超ネガティブ人間がいたとしても、ルッキズムを批判する人は、そんな人も平等に受け入れるべきです。

「あいつは無能。」とか間違っても言ったらダメです。

結局何が言いたいのかというと、ある程度のルッキズムはしょうがないよなぁ、ということです。

実際問題、内面で判断、差別せずに生きていける訳ないですよね?

企業だって、根暗より根明を採用したいはずです。

だから、まあいきすぎたルッキズムは是正すべきだけど、ある程度はしょうがなくね?って思います。

限度はあれ、外見で差別(区別)し、内面でも差別(区別)して生活していくしかない、と。

(そうは言うものの、やっぱり外見で判断、差別されるのってひどい、悲しいですよね...僕が言ってるのは極論なのかな...)

まあ実際人は色んなことにおいて、差別(区別)して生きてるんですよね。

これを無くすことなんて無理だと思います。(差別を肯定してる訳じゃないですよ!)

だから、そんなアニメの描写とかでギャーギャー言わんでよくね??って思います。

それでもルッキズムを批判する人は、

内面でも絶対に差別するなよ!どんな人でも平等に接しろ!って思います。

もっとも、本当に一番良いのは、

外見でも内面でも差別されることなく、自分の個性のまま楽しく過ごせる世の中

ですけど、そんなの無理ですもんね...

                 以上!



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