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HIPHOPに学ぶストーリーテーリング力

2021年1月24日(日)ZORN 初の日本武道館公演を観た。日本のHIPHOPの歴史と未来を凝縮したかのような、「ZORNという人物」と「ZORNという音楽」でなければ成立し得ない奇跡的なSHOWだった。SHOWのレポートは各音楽メディアなどから配信されるはずだと思うので、あえて自分は自身の主観に基づいて、ZORNが今回の武道館公演の開催へ至るまでに中期的に仕掛けた「伏線」について書いてみようと思う。あくまでZORNの1ファンとしての分析であり、コアファンからすると至らない部分もあるかと思うがその点はご了承いただけると幸いである。

ZORNとは

東京都葛飾区新小岩出身のラッパーで、HIPHOPの王道ネタである「金・ドラッグ・女」を語るわけではなく、日常の風景を飾らずリアルに韻を重ねるスタイルで、その叙情的なリリックは若年層を中心に大きな支持を得ている。アーティスト・父親・コーキング屋(塗装工)という3つの顔を持ち、音楽一本で生活できるであろう今でも肉体労働を続けていると言われている。ZORNをご存知ではない方はまず「My Life」のMVを見ていただきたい。「洗濯物干すのもHIPHOP」という名パンチラインが生まれた曲である。このパンチラインこそがZORNの人間性・音楽性を語る上では一番分かりやすいのではないかと思う。

New Album「新小岩」リリース〜武道館公演発表まで

2020年10月27日 21:00に突然、New Album「新小岩」が翌10月28日にリリースされることがオフィシャルSNSなどでアナウンスされた。ZORNは音楽サブスクリプションサービスなどでは音源を配信しておらず、New Albumを聴くにはデジタルでのダウンロード購入かフィジカルCDを購入する方法となる(すなわち大手CDショップはリリースされることを知っていたが、前日まで情報漏洩することなく秘密は守られていた)。デジタルリリースは日付が変わる深夜0時から開始されるので、New Albumの発売発表から3時間後にはリスナーへ届くことになる。自分も日付が変わると同時にデジタル音源を購入し、夜中に何度もリピート再生しまくった。全曲BACHLOGICによるプロデュースで、なおかつ豪華な客演も相まって、遥かに想像を超えた素晴らしい内容の音源だった。そして、トラックやリリックの中に様々な伏線が敷かれており、その伏線を見事に回収してくれるのがHIPHOPという音楽カルチャーの面白さでもある。Albumに収録された楽曲より、以下のリリックをピックアップしてみるので覚えておいて欲しい。

Album「新小岩」より「Don't Look Back」のリリックの一部を抜粋

夢や目標はデカく持って行こう
まずは武道館って書く予定表
必要なのは覚悟と燃料
あとエメマンとマルボロメンソール

Album「新小岩」より「Life Story feat. ILL-BOSSTINO」のリリックの一部を抜粋

それは素通りされるストーリー 生活の声よ 柵を越えろ
嘘のない言葉 お前を後押し 武道館の翌朝も俺は作業着

Album「新小岩」より「Evergreen」のリリックの一部を抜粋

豊富な黒歴史 一生分のトピック
武道館でたむろ ヒップホップドリーム

前述した通り、2020年10月27日 21:00にAlbumリリースがアナウンスされ、3時間後の10月28日 0:00にはAlbumがリリースされ、そしてなんと、リリースから12時間後の10月28日12:00にはキャリア初の日本武道館公演がアナウンスされたのである...。リリース直後から音源をしっかり聴いているリスナーは、「Don't Look Back」で言われた通り、あっという間に予定表に「武道館」と書くことになったのである。情報解禁と同時にチケットの受付もスタートし、かなりの数のエントリーがあったと聞いている。たった24時間以内に立て続けに大きすぎるトピックスの乱れ打ちに遭い、感染症拡大のこともあり不安定な時期ではあったが自分もしっかり武道館のチケットをエントリーしたのである。

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そして、日本武道館公演開催へ

開催直前、東京都には緊急事態宣言が発出されどうなることかと思ったが、政府からのイベント開催要件を遵守しながら開催されることがアナウンスされた。当日は自分自身かなり興奮気味だったが、変な寄り道はせず武道館へ直行。終演後はそのまま大阪へ即直帰というスタイルで挑んだ。冒頭にも書いた通り、素晴らしいSHOWに興奮と感動の連発で本当に泣けた。ZORNの言葉から、この1年間ずっと心につっかえていたものを外してもらえたような、そんな清々しい気持ちにもなった。そして、現場を訪れたことによって、ZORNの心地良い伏線回収にも触れることができて心が和んだ。

本番当日、武道館の自販機からエメマンだけが売り切れたのである(笑)。果たしてこれは偶然なのか?もしかするとZORNのCREWがわざと売り切れにしたのではないかと思わざるを得ない(それはそれですごく気が利いていてオシャレ)。

とある曲のワンシーンでは、武道館という夢を一緒に追いかけてきた地元葛飾の友達を50人くらいステージに上げるというシーンがあった。またあっさりと「武道館でたむろ ヒップホップドリーム」という伏線を華麗に回収してしまったのである。

そして極め付けが公演翌日8:30のこのツイートである。

翌朝自宅で目を覚まし、何気なくSNSを開いた自分は、この漢の生き様に昇天してしまった。そこには「武道館の翌朝も俺は作業着」なZORNがいたのである。そして、しっかりと足下には「エメマンとマルボロメンソール」が...。突然のアルバム発表から約3ヶ月、最初からこのオチの付け方は決まっていたんじゃないだろうか?本番が土曜日だったら翌朝の作業着は成立しない。だから本番が日曜日だったのだろうか?想像は膨らむばかりである。

ZORNというストーリーテラーから学ぶ

この記事に書いたZORNによる伏線回収はほんの一部である。ライブの本編ではZORNのキャリアやHIPHOPの歴史に基づいた様々な伏線があまりにも見事に回収されていた。その中には10年以上の時間をかけて回収する伏線もある。あの日武道館に集まったヘッズ達は、その華麗な回収術にも熱狂したのである。今回、改めてZORNというラッパーの「ストーリーテラー」としての能力値の高さを思い知らされた。このようなストーリーテーリング能力からは我々もたくさん学ぶことができるはずである。過剰なまでの資本主義によりモノが溢れる消費社会において、いかなるモノもストーリーなくして売れなくなってきている(選ばれなくなってきている)。ただ効率や安価であることだけを求めて作られたモノやサービスよりも、誰かが汗を流しながら想いを込めたストーリー(過程)が背景にあるモノやサービスには、これまでの常識を破る付加価値が生まれると思う。そして、インターネットの発達のおかげで、想いを込めたストーリー(過程)を世の中に対して簡単にアップロードできるようになった。ますます個々のストーリーテーリング能力が試される時代である。

HIPHOPは知れば知るほど、生々しくもユーモア溢れるストーリーにたくさん出会うことができる。ラッパー達は一種のマジックのように、切磋琢磨しながら新たなストーリーを日々綴ってくれる。すぐそばにあるヒントから学び、自分自身もユーモアのあるストーリーテーリング能力をますます磨いていかなければいけないと実感させられた。

いろんなことに気づかせてくれるHIPHOPとZORNに心からの敬意と感謝を込めて!!

「ありがとうございました!!」

最後にちょっと余談を

日本のHIPHOP業界には色んなスタイルのストーリーテラーがいるから楽しい。ここではもちろん全ては紹介できないが、曲単位のストーリーでグサグサ刺さるものを少しだけピックアップしてみた。

THA BLUE HERB「路上」
じっくり世界観をイメージしながら聴いてもらいたい楽曲。小説?映画?ちょっと異次元レベルすぎる名曲。

THA BLUE HERB「介錯」
まずは「介錯」という言葉の意味をググってから聴いてもらいたい。いろんな風刺が含まれていて、聴けば聴くほど味が出てくる名曲。

あいみょん「from 四階の角部屋」
HIPHOPというカテゴリーではないが、自分はこの曲はラップだと認識している。そして、この曲のストーリー構成も本当に見事である。聴き手や聴く角度によっていろんな想像ができる余白が含まれた名曲である。


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