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「コロナ渦ならでは」なライブイベントを考える

2020年2月末からの新型コロナウィルス感染拡大以降、その時期の状況に合わせて色々な形でライブイベントの制作を試みてきたが、2021年6月4日(金)に、今自分の思う「コロナ渦ならでは」なライブイベントを制作できる機会をいただいた。自分は識者でも評論家でもないので、音楽を賢く言葉巧みに語ることはできないが、敏腕な編集者さん・ライターさん・カメラマンさんが秀逸なライブレポートを作ってくださったので、是非以下のリンクからご確認いただければと思う。

こちらのnoteでは、ライブレポートではなく、今回のイベントについて制作者目線で考えたことや取り組んだことを書かせていただこうと思う。

出演アーティスト

今回出演いただいたPeople In The Boxとは約15年前に出会い、自分が音楽業界に入った頃から今でもずっとお仕事をご一緒させていただいている。当時、まだまだPeople In The Boxは無名で、大阪でのライブには数名しかお客さんが入っていなかったが、そんな中でも独特で個性的な音楽を演奏する姿を観て聴き惚れたことを今でも覚えている。自分はこの業界に入るまで邦楽ロックをほとんど聴いてこなかったのだが、People In The Boxの音楽に触れたことで偏った固定観念が取り除かれ、以降は様々な音楽に興味を持つようにもなった。これまでPeople In The Boxが発表してきた芸術性の高い楽曲に影響を受けた若手アーティストも多く、その憧れの存在になっていることは自分としても誇りであり、いつも嬉しい気持ちにさせてもらっている。

もう1組の出演者であるクレナズムとはマネージャーさんからのご紹介で2019年の2月に出会い、地元福岡でのライブを観させていただいたところから関係が始まっている。自分とメンバーとの年齢差もあるので、出会った当時の初々しさや、突然現れた大人の存在にちょっとおどおどした様子が「可愛い」記憶として頭に残っている。しかし、ステージに立つと表情は一変し、尖った轟音サウンドに透明感のある伸びやかなボーカルで、心地良い中毒性を与えてくれるバンドである。出会った頃から直感的に、「いつかPeople In The Boxと同じステージで観てみたい」と、長らく想像していたことが今回は実現できた。二組とも独特な没入感のある音楽を奏でるバンドなので、その良さを届ける方法を考えるには「コロナ渦」という条件はある意味では好都合なことでもあった。

イベントコンセプト

今回のイベントを行う上でのコンセプトなどは情報解禁時に以下のnoteに書かせていただいた。特殊な状況下で行うライブイベントではあるが、People In The Boxとクレナズムという2組のアーティストは、この状況を逆手に取った感動体験を生むことができるのではないかと閃いていた。

- イベントコンセプト -
新型コロナウィルス感染拡大防止ガイドラインに基づき、最近ではお客様の「歓声なし」という条件のもとでライブが開催されています。大きな歓声でアーティストを応援していただき、アーティストがそれに応えることで客席との一体感が高まっていくような、以前では当たり前だったライブ体験が戻ってくるまでにはもう少し時間を要するのではないかと考えております。そんな状況下において今回ご出演いただく2組のアーティストが奏でる音楽は、その特性上、歓声なしという条件をポジティブに昇華できるのではないかと想像しております。「#20072021」では、制限のある状況を嘆くのではなく、耳を澄まして美しい音楽を聴いていただくための最適な空間作りに尽力できればと考えております。今回の会場であるumeda TRADは、客席前方から後方にかけて段差が設けられており、指定席でのライブ観賞にとても適したライブハウスであります。そして、バナナホール・umeda AKASO時代から長い歴史の中で培われた、唯一無二の音の鳴りを楽しめる会場でもあります。お仕事や学校の帰りにふらっとコンサートホールへ音楽を聴きに行くような、そんな気分でお越しください。色々な芸術や文化が「不要不急」と言われてしまいがちな時代ではありますが、この機会に是非、音楽という芸術に心を潤していただけますと幸いです。

コロナ渦以前、日本国内では毎日のように様々なライブイベントが開催され、好きなアーティストの音楽を生で体験することはごく当たり前の行動だった。ロックバンドによるスタンディングライブでは、密な状態の中で観客同士が激しくぶつかり合い、歓声によって飛沫が飛び交おうが、そこには「集団の中で一体感を楽しむライブ」という体験価値がしっかりと存在していた。しかし、密を避けるようにと言われるようになってから約1年半、こんな状況だからこそ「個人で没頭しながら楽しむライブ」という体験価値も、今だからこそ改めて見出せるのではないかと思って今回のイベントを制作することにした。

ライブイベントにアート体験の感覚を

「個人で没頭しながら楽しむライブ」という体験価値を追求するイベントを作ろうという考えに至ったのは、自身の美術館での鑑賞体験にも基づいている。基本的に美術展は大きな声で話すことは禁止されており、静寂の中で作品と個人が向き合うことによって感動を体験することになる。この感覚をライブハウスの空間にどう落とし込めば良いかを考え、普段なら横一列に真っ直ぐ並べる座席を、あえて以下の画像のような並べ方にしてみたのである。お二人で連番チケットをご購入いただいた場合でも席は前後に少し離れることになる。多くの人が集まるライブハウスという空間の中でも、座席を少しずらすことで自然とパーソナルな空間にお迎えできるのではないかと考えた。

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この簡易図面を見ていただいてもわかる通り、前後左右の人との距離を確保するという「ソーシャルディスタンス」の基本的な考え方を反映した席配置でもある。1席飛ばしての横並び配置ではなく、同一グループでの来場でもあえて縦に距離を作ることで、個人個人の没入感を自然な形で演出できたのではないかと感じている。

そして、複数のバンドが出演するライブイベントで必ず発生してしまうのが楽器転換の時間である。イベント中に音楽や演出が途切れることのないCLUBで遊んできた自分としては、ライブハウス特有とも言えるこの時間が少し苦手である。コロナ渦でなければお客さん同士でライブの感想を話したり、お酒を飲んだりするにはちょうど良い時間なのだと思うが、今のご時世そうとも言ってられない状況である。ただ待つだけの転換中もできる限り芸術への没入感を途切れさせたくないという意図で、当日の場内BGMはこちらのアルバム音源を少し大きめの音で流させていただいた。

出演アーティストがバンドサウンドなので、転換中はLo-Fi HIPHOPでくつろいでいただけていたなら大変喜ばしいことである。People In The Boxとクレナズムを好む方々ならNujabesも好きだろうと、謎に勝手な自信もありこのアルバムをチョイスさせていただいた。

「#20072021」という「無題」なタイトル

今回のイベントには「#20072021」というタイトルを付けさせていただいた。実はこのタイトルに正式な読み方は設定していない。自分自身の中に意味はあるが、あえてそれを言葉にして伝えることはしない。例えば美術館で目にするコンテンポラリーアートなどに「無題」なんて書かれた作品を見かけることがある。それは恐らく本当に「無題」なんだけれども、作品に触れた人間それぞれの感性でタイトルを付ければ良いということなんだとも思っている。正しく作者の意図を汲み取ることだけが芸術の鑑賞方法ではないということを、作者が教えてくれているような気がしている。ライブイベントも同じく、主催者が直球なメッセージを投げかけるだけではなく、お客様にライブイベントというアート作品を体験していただき、それぞれの多様な感性でイベントにタイトルを付けてもらっても良いと思う。そして、タイトルに限らず、受け手が色々と想像(創造)できるような、そんな余白を残したライブイベントもあって良いと思う。芸術・文化に触れることが不要不急と言われないように、エンターテイメント従事者の我々がもっと柔軟に考えて、面白く乗り越えていかなきゃいけないタイミングなんだと思う。

「#」は「ナンバー」とも発音するそうだ。数字の解釈は、体験してくださったお客様それぞれの頭の中に…。

あとがき

まだまだ長期化しそうなエンターテイメントの自粛。既存の仕組みに縛られてお客様の自由を制限したり我慢を求めるだけではなく、ユーモアのある新しい楽しみ方を提案していかなきゃいけないなと改めて考えさせられました。

最後になりますが、People In The Box・クレナズム、どちらも最高のライブをありがとうございました!こんな不安定な状況の中でもご賛同いただき動いていただけたことに感謝!そして、クールに楽しんでくれていたお客様が超イケてました!色々と勉強になりました!ありがとうございました!

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