エニアグラムなどの性格分類について

人間の本質を、9つのタイプで表した、エニアグラムというモデルがある。円と線を組み合わせた特有の図形で表され、この図形には意味がある。

たしか大学一回生ぐらいの頃に出会ったこの性格分析のツールは、今ではすっかり自分の頭の引き出しに格納されていて、かなり自由に操られるようになった。

これについて書いていく。


そもそもなぜ性格診断というものに興味を持ったのか、詳しいことはもう忘れてしまったが、多分大学生になって自由になったことや、人間関係について悩み、孤立していたことなどが要因なんじゃないかと思う。

高校生で不登校をやっていた頃、本をよく読んでいた。その動機というのも、他の人の考えや意見を、つまり世界を知り、もっと自分のパラダイムを客観的に見つめ直せるようになりたい、というのがあったように思う。

なにかその時から抱えていた悩みを、ずっと引きずってきたのかもしれない。


人を分類するというのは、いかがなものなのだろうか。僕は自分の中で、他人のことを分類することはよくやるが、その分析を相手に伝えたことはほとんどない。なんとなく失礼な気がするからだ。

厳格に考えれば、人に言えないことを頭で考えているというのも、誠意のあることではない気もする。だけれど、経験的にはこの分類というものは有用で、これを用いることによって他の人とコミニュケーションがとりやすくなったような実感がある。

自分のことを性格分析のツールを使って分類するということも、以前はよくやっていた。性格診断にハマった入り口も、そこだった。だけど、今思えばこれは間違っていたような気がする。

自分のことを分類してそれに合わせて自己認識を固定化するというのは、不自然なことのような気がする。今は、色んな人と関わり対話をして、自己認識というのは変容していくものだと思っているし、それが本質的な方法だと思っている。

とはいっても、自分の診断したタイプは今でも自分の頭から離れない。性格診断自体ではなく、その診断結果に合わせて自己認識を固定化してしまうことが、問題なのかもしれない。

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