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りょう、冒険やめて良かったな

2015年の秋口だったと思う。

京都でやっていた、栗城史多さんの講演を聞きに行った。

5,000円した。

講演は、何度も何度も話をして来たのだろうなぁ、と思うほど、淡々としていて、笑い所も、泣き所も、全部が綺麗にパッケージされたような印象だった。

500人近いオーディエンスは、時に笑い、時に泣き、僕にとって単調に思えたその話を感情豊かに受け取り、最後は盛大な拍手によって幕を閉じた。

僕はというと、2時間ある講演の半分くらいから、ただただ足元を見つめていた。

悔しかった。

なんで、5,000円も払って、人の冒険話なんか聞いてるんだって。

その頃はちょうど、アマゾン川の二回目の挑戦を決めた時で、一層、冒険の欲を掻き立てようと、栗城さんの講演に参加した。

しかし、目の前で話す栗城さんの話は、どこか熱量の無い、何十回、何百回と話したであろう、ルーティンにも似た活動の一端に触れているだけのような気がした。

もちろん、話の内容は猛々しいヒマラヤ山麓の話で、それ自体は面白い話だった。

しかし僕は、栗城さんの話をBGMにしながら俯向き、もう一人の僕と対話し続けた。

俺だって、やれる。

その講演の日、僕はアマゾンへのリベンジを2016年の4月に決め、資金集めを開始した。

月日が経って、僕は冒険をやめた。

冒険などしたいと、全く思わなくなった。

それまで確実に存在した感情が、どこかへ消えた。

それから、他の冒険家を、素直に応援できるようになった。

今まで「俺の方が…」って、どこかで思ってた。

嫉妬していた。

凄いなぁ、と思う反面、醜い感情も一緒に抱いていた。

それが、一種の原動力にもなっていた。

僕は、そんな人間だった。

パプアニューギニアでの冒険で、極地なんてもう無理だって、肩を叩かれた。

叩いたのは、深層にいる自分だった。


その時に、他の冒険家はとっくにそんな感情を経験していて、もう止めようって思ったその感情を乗り超えて、彼らは冒険してるのかと思ったら、心の底から凄いなって。

そう思った。

僕は、それを超える事が出来なかった。

栗城さんが亡くなった日、数人の知人からの連絡をもらった。

僕は栗城さんのファンではないし、動向をフォローしてもいない。

けど、冒険をする事の意味が薄れる時代に、賛否あれども、栗城さんは青春を山に賭けていて、僕は少なからず、あの日、あの瞬間、その姿に影響された。

そうやって、いろんな形で共鳴し、新たに冒険するその次の世代へと、ずっとリレーされて行くのだと思った。

何をしていいか分からない、どこに向けてエネルギーをぶつけていいか分からない、そんな愛すべき馬鹿者が、選ばれた愚か者が、冒険の旗を掴んでいく。

そして、栗城さんは亡くなった。



『りょう、冒険やめて良かったな』

僕は栗城さんの訃報を知った時、寂しさや悲しさと同時に、冒険をやめて良かったと、安堵の感情を持った。

もしあのまま冒険を続けていれば、僕も、どこかで死んでいたかもしれない。

冒険を、やめて良かった。

冒険を、やめて。


…。

それから、虚無感がやってきた。

俺は一体、何を考えているんだ。

誰かが亡くなって初めて、冒険をやめて良かったと思っている。

誰かが死なないと、自分が歩いている道を肯定出来ないのか。

やっぱり、冒険をやめて良かったと、誰かが死ぬ度に、そう思うのか。

俺は、何を考えているんだ。

俺は、何という結論を出そうとしているのか。

思考は止まらない。

なんだろう、この感覚は。

確かに、訃報を聞いて、自分は安堵していた。

栗城さんが亡くなって、悲しい。

けど、そんな単純な話じゃない。

僕は、栗城さんが亡くなって、悲しくて、自分の今の状況に安堵している。

なんだ、これは。

この先の人生も、こんな事を思いながら生きていくのか。

冒険をやめた奴は、こんな事を思って、これからも生きていくのか。

植村直己さん、僕はわからない。

冒険って、何だ。

時折、冒険で死ねるなんて本望だね、という人がいる。

でも、本望なんかじゃない。

そう言い切れる。

いつしか、生にしがみ付いて、帰ってきた7年前の冒険を思い出す。

死んでいいなんて、一ミリも思わなかった。

植村直己だって、栗城さんだって、サハラで死んだ隆くんだって、みんな、みんな帰りたかったんだ。

死んでいいなんて、誰一人思っちゃない。

生きたかったはず。

誰も死に場所を求めて冒険なんかしていない。

冒険で死ぬことは、本望なんかじゃない。

死ぬ事を肯定して行く冒険は、冒険なんかじゃない。

それは自殺だ。

だから。

だから、栗城さん。

あなたは、帰って来なくちゃ、だめなんだ。

生きてこそ、冒険なんだ。

僕は生きている。

生きてこそ、冒険なんだ。

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