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人、死を憎まば、生(しょう)を愛すべし ~ 徒然草

牛を売る者、有り

あるところに、牛を売る人と買う人がいました。買い手が「それでは明日、買い取る代金を支払って、牛を引き取りましょう」と言って商談が成立しました。

しかし、その夜に牛は死んでしまいました。「牛を買おうとした人は、代金を支払う前だったので得をした。売ろうとした人は、代金を受け取る直前に牛に死なれてしまったので、売り損ねて損をした」と語る人がいました。

果たして、牛を売ろうとした人は損をしたのだろうか

この話を傍(そば)で聞いていた人は、このように言います。

「確かに、牛の持ち主は損をしたけれども、考えようによっては大きな利益があったのではないか。なぜなら、現に今、生きている者が、死の近いことをを知らないのは、この牛が良い例である。人間だって同じである。たまたま牛は死に、たまたま牛の持ち主(=売り手)は生きている。たった一日の命であっても、万金よりも重い。牛の代金などは、鵞鳥(がちょう)の羽よりも軽い。牛の持ち主は、万金よりも価値のある一日の命を生き長らえ、その一日の命のかけがえのなさを教えてもらったのだから、牛の代金がフイになったとしても、たとえてみれば、万金を得た替わりに一銭を失ったようなものである。このような人について、決して損をしたなどと言うべきではない」

これを聞いていた人々は「そんな屁理屈は、別に牛の持ち主に限った話ではなかろう」と嘲笑います。

然(さ)れば、人、死を憎まば、生を愛すべし

これに対して先ほどの人が反論します。

「だから、そうではないのだ。人が死を憎むのだったら、今、自分がこのように生きていることを愛さなくてはならない。存命の喜びを、なぜ毎日、楽しまないのか。愚かな人は、この楽しみを忘れて、無駄な努力をして、それ以外の楽しみを求める。命というかけがえのない宝を忘れて、危うくそれ以外の理財を貪っていると、いくら求めても、満足できない」

【龍成メモ】

今回は徒然草の第九十三段からです。この後も文章は続きますが、ここで切った方が一番大事なところが理解できると思い、あえて途中で切りました。続きが気になる方は、ちくま学芸文庫の徒然草を是非読んでみてください。段ごとの島内裕子さんの解説も、勉強になり非常に面白いです。

徒然草 (ちくま学芸文庫) 文庫 

#徒然草  #吉田兼好 #牛を売るもの有り #島内裕子

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