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米国のデジタル・ドルはどこに向かうのか? ~ FRBのレポートを読み解く(本編)

デジタル・ドル(Digital Dollar)ってなんだろう急に気になってしまい調べていたところ、偶然FRBがデジタル・ドルについてレポートを出したということなので、簡単にその内容を紹介します。

米国の方針を何も示さなかったという点では期待外れだが、読み解くと意外な発見も?

 "the paper is not intended to advance a specific policy outcome and takes no position on the ultimate desirability of a U.S. CBDC." 
と、今回のレポートでは何も方針は言わないですよ、と出だしでいきなり明言してます。これにはニュースサイト見ていても各社がっかりしてるようで、あるサイトは ¯\_(ツ)_/¯ という顔文字で失望感を表現してました。

私自身も期待せずに、そして異様に読みづらいので眠たくなりながらも読んでいたところ、経済の基礎やFRB(中央銀行)の思考が理解できる意外とよいレポートでした。

既存のお金の形態

『貨幣は、支払い手段、価値の保存、勘定の単位として機能します。米国では、お金にはさまざまな形態があります。』と説明があり、中央銀行・商業銀行・ノンバンクの3種類について、それぞれどのようにお金が保有されているのか、また流動性やリスクについても説明があります。

お金の形態の話なのに、なぜ銀行の話になるの?と不思議に思いましたが、この伏線は後ほど回収されます。ここでは違いが述べられているだけです。

  • 中央銀行の貨幣は、中央銀行の負債である。米国では、中央銀行のお金は、連邦準備銀行が発行する物理的な通貨と、商業銀行が連邦準備銀行に預けるデジタル残高の形で提供されています

  • 商業銀行の貨幣は、商業銀行の口座に保管されている、最も一般的に使用されているデジタル形式のお金である

  • ノンバンクの貨幣は、ノンバンクの金融サービス業者で残高として保有されているデジタルマネーである

決済システム

米国での決済には主に「ACHネットワーク」や「電信送金システム」などの銀行間決済サービスに依存しているという話や、銀行間決済システムは、その設計に応じて『初めに商業銀行の貨幣で決済する場合と、中央銀行の貨幣で決済する場合がある』という説明などがありますが、それらの仕組みの詳しいことは特に書かれていません。

決済システムにおいて最近改善された点

The Clearing Houseが開発したリアルタイムでの銀行間取引「RTPネットワーク」は既に2017年から運用が開始されています。また、FRBは2023年に銀行間取引システム「FedNow」を開始予定です。ただしFedNowについては(ほぼ)公的な存在であるFRBがこれを行うのは民業圧迫では?という批判もあるようです。

決済システムに残された課題

  • 700万人以上、米国の5%以上の世帯が銀行口座を持っていない

  • 約20%の人は銀行口座を持っているものの、為替や小切手、給料日前のローンなど、よりコストのかかる金融サービスに頼っている

  • 国境を越えた決済には、決済に時間がかかる、手数料が高い、アクセスが限られているなど、さまざまな課題がある

このレポートで挙げられた上記のような課題に加えて、FDICの調査からは以下のような課題も浮かび上がってきます。

  • ヒスパニックの12.2%、黒人13.8%が銀行口座を持ってないに比べ、白人で銀行口座を持たない割合は2.5%にすぎない、という人種格差がある

  • 「最低残高を満たすだけの資金がない」という理由が、銀行口座を持っていない世帯の回答の約半数を占める(複数回答有)

  • 「銀行を信用していない」も2番目に多い理由。約3分の1の世帯が理由として挙げている(複数回答有)

デジタルアセット

この章では暗号資産(cryptocurrencies)について触れられていますが「決済手段としては普及していない」という点や「エネルギー消費が大きく、消費者が紛失や盗難、詐欺に遭いやすい」など、ネガティブな点にフォーカスした内容です。

「裏付け資産がないため価格変動が激しい」という暗号資産の弱点を補うステーブルコインについては、懸念点もあげつつ『より迅速で、より効率的で、より包括的な支払い方法をサポートする可能性がある』と、他の報告書(Report on Stablecoin)から引用にはなりますが、肯定的なコメントを残ししつつも

『決済手段としてのステーブルコインの使用が増加することで、不安定な運用、決済システムの混乱、経済力の集中の可能性など、様々な懸念を引き起こす。そして、これらのリスクを軽減するの必要な規制当局の権限が不十分である』

などの非常に重要な問題点も指摘しています。

CBDC 中央銀行デジタル通貨 ※米国ではDigital Dollarのこと

そしてようやく、この章までたどりつくわけですが、色々と書いてある中から抜粋をすると

『CBDC は一般市民に広く利用可能な連邦準備銀行のデジタル負債と定義される。(そのため)CBDCは、信用リスクや流動性リスクを伴わない、一般市民が利用できる最も安全なデジタル資産となる。』

これを言うために、最初の章で中央銀行・商業銀行・ノンバンクの3種類の話をし、額面上は同じドルであっても、それを誰が発行したのか(中央銀行かノンバンクなのか商業銀行なのか)によって、実質的な信用リスクや流動性リスクが異なるということをわざわざ説明していました。

現在の米国や日本では現金以外で「(デジタルで)中央銀行の貨幣を所有する」とことは不可能ですが、それがDigital Dollarでは可能になります。そして、このDigital Dollarは「信用リスクが極めて低く、(設計にも依存しますが)流動性も極めて高い」ものになります。

もし米国版CBDC=Digital Dollarが作られるのであれば

この見出しはFRBのレポートには存在しませが、この見出しがあった方が理解しやすいと思い作りました。レポートでは以下の4点を挙げています。

  • プライバシーが保護される

  • 媒介者が存在する

  • (お金が)移転可能である

  • (所有者の)身分が証明されている

「プライバシー保護」は自由の国、民主主義の国なので全ての取引が政府によって追跡され監視され丸裸になることはないよ、という話です。「移転可能」というのもお金なので自由に移動できるという当たり前の話です。最後の「身分証明うんぬん」というのはマネーロンダリングとかテロ資金に関係した話です。

2番目にある「媒介者が存在する(Intermediated)」については以下のような記述があります。

『連邦準備法は、個人のための直接の連邦準備銀行口座を認めておらず、そのような口座は、金融システムと経済における連邦準備銀行の役割を大幅に拡大するものである』

Digital Dollarは連邦準備銀行の負債なので、個人が連邦準備銀行の負債を直接所有することになるが、国民がFRBに口座を持てないので、民間セクターが媒介者になるという話です。

さらに『今十分に機能してる民間を中心とした金融システムを壊すつもりはないし、民間セクターの革新能力に期待している。』とも言ってるので、万が一Digital Dollarができても民業圧迫するつもりはないから、怖がらないでください、と付け加えてます。

前の章で紹介しましたがFRBは「FedNow」とかを始めてしまうぐらいなので、何を言おうが民間セクターにとってDigital Dollarの登場は十分怖い存在だとは思いますが。。。

CBDCの用途と機能

個人、企業、政府は商品やサービスの支払い、税金の徴収、直接給付金の支払いなどが挙げられています。話を決済や給付金などお金の流通に話を絞ることで、民業圧迫はないよ、と言ってるようにも見えます。

CBDCの潜在的な利点

決済サービスに対する将来のニーズと需要を安全に満たす

『プライベートデジタルマネー(ステーブルコインを含む暗号資産)は信用リスクや流動性リスクを減らすメカニズムが必要になるが、しかしこれらが持つシステムは不完全である』

『そして急速にデジタル化する経済において、プライベート・デジタル・マネーが普及すると、個々のユーザーと金融システム全体の両方にリスクをもたらす可能性がある。』

ここでは暗号資産を全力でdisってます。そしてFRBが発行するDigital Dollarであれば、民間セクターの邪魔をすることなく、かつ信用リスクや流動性リスクを減らすことが可能である、と。

さらに『中小企業が安全で強固なプライベートマネーを発行する際に役に立つかもしれないし、CBDCは特定の時間に支払いを行うようプログラムできるかもしれないし、手数料などの問題で今だと実現しづらいマイクロペイメントにも向いてるかもしれない』だからDigital Dollarの方が全然いいよね、とDigital Dollarのよさもたくさん挙げています。

クロスボーダー決済の改善

『現在の高額で遅い国際間取引において、国境を越えた決済を合理化する可能性がある。』とメリットを示しつつも『共通インフラ・法的な枠組みの整理・不正取引防止などなど、国際的な調整も必要になる』と課題についても釘を刺しています。

ドルの国際的役割を支える

『米国で発行されるCBDC(Digital Dollar)のもう一つの潜在的なメリットは、米ドルの国際的な役割を維持することである。』

このように米国が導入するメリットに触れた後で

『将来、多くの外国や通貨同盟がCBDCを導入する可能性があることの意味を考えることは重要である。もし、これらの新しいCBDCが既存の米ドルの形態よりも魅力的であれば、世界的にドルの使用が減少する可能性があると指摘する人もいる。』

他国が先んじて導入してしまうことに警鐘を鳴らしています。

『米国のCBDCはドルの国際的な役割を維持するのに役立つかもしれない。』

警鐘を鳴らした文の勢いが急にトーンダウンして、あたかも「あ、今回は方針を言うレポートじゃなかった」と思い出したかのように、最後は奥ゆかしい "might help preserve" という言葉で締めくくられています。

Financial Inclusion 金融包摂

金融包摂とは「金融サービスにより多くの人々が参加できるようにする」という意味です。

これは前の章で出てきた「700万人以上、米国の5%以上の世帯が銀行口座を持っていない」という問題と繋がっています。金融システムのメリットを活かしきれていない人も "Include" しよう、仲間に入れようという話です。

『通貨そのものがデジタルになれば、今銀行口座を持ってない人も自然に口座を所有することができ、賃金の支払い・税の還付・特別給付などを今よりもスムーズに行うことができる(そして、口座を持つことによるさらなるメリットも享受できるかもしれない)』とレポートでは述べられています。

中央銀行の安全なお金へのアクセスを一般に拡大

『現金は現在、一般市民が利用できる唯一の中央銀行のお金であり、依然として重要で人気のある支払い手段である。』

中央銀行・商業銀行・ノンバンクと貨幣には3種類が存在し、一番安全な中央銀行のお金を手にしたければ、今は現金を持つしかないと言ってます(こわっ)。

2020年の調査では米国消費者は全取引の19%(金額ベースでは6%)に現金を使用しています。しかしこれは2012年の40%(金額ベース12%)から大幅に減少しています。スウェーデンでは同時期に現金の使用比率が33%から11%に低下し、中国ではモバイル決済などの比率が50%に対して現金比率は13%しかありません。

このようにデジタル比率が高まっている(=中央銀行の安全なお金を使う比率が低くなっている)中で『(消費者はデジタル化された世界においても)現金のように信用リスクや流動性リスクのないオプション(つまり中央銀行のDigital Dollar)を求めるようになるかもしれない』と言ってます。

CBDCの潜在的リスクと政策上の検討事項

『CBDCの導入は、米国の消費者や広範な金融システムに恩恵をもたらす可能性があるが、同時に複雑な政策課題やリスクも生じるだろう。以下に述べる各問題は、追加の調査と分析を必要とする。』という文章から始まります。

金融セクターの市場構造を変化させる

『Digital Dollarが導入されると現在の商業銀行の貨幣に近いものになり、もし金利がつく場合には、ほぼ完全な代替物になってしまう』という懸念が述べられています。

通常、都銀でも地銀でも「預金」を通じて多くの資金を調達していますが、Digital Dollarが登場し万が一利息までついてしまうと、商業銀行(都銀や地銀)にお金を預ける必要がなくなるため銀行の預金額が減ってしまうことで『銀行の資金調達コストを増加させ、借入枠を減少させ(reduce credit availability)、家計や企業の借入金利を上昇させる』可能性があると指摘しています。

同様に有利子のDigital Dollarは『MMF・米国財務省短期証券・その他の短期金融商品などの低リスクの資産からのシフト(お金が逃げるという意味)』を促す可能性があります。

従ってDigital Dollarの全体設計そのものが重要で、無利子にしたりエンドユーザーが持てる量を制限することなどで軽減できるとも述べています。

ただ一方で『Digital Dollarがなくても、銀行預金の代わりにノンバンクマネー(ステーブルコインを含む)を使うことが増えるかもしれない』ので、Digital Dollarの導入と関係なく上記のようなリスクが潜在的にあると指摘してます。

金融システムの安全性と安定性

『中央銀行の通貨(=Digital Dollar)は最も安全な形態であるため、広くアクセス可能なDigital Dollarは、特に金融システムにストレスがかかった際には、リスクを嫌うユーザーにとっては特に魅力的になる』

基本的には先ほどのまでの話と似ていますが、ここでは特に「金融危機」の際に『商業銀行の預金がDigital Dollarに大量に流出する懸念がある』と指摘しています。

仮にDigital Dollarが無利子で収益性の観点からは魅力がなくて『危機の際には預金者は銀行預金よりもDigital Dollarを好むかもしれない』と点も重要かと思います。

このようにDigital Dollarによって金融が(特に金融危機の際に)より不安定になってしまうリスクに対しては、さきほども話のあった「エンドユーザーが保有できるDigital Dollarの総量を規制」したり「短期間に増やすことができる量を制限する」という方法によって回避するアイディアもFRBは持っているようです。

金融政策実施の有効性

『“潤沢な準備金”の金融政策体制下では、(準備金供給の変動が金利に影響をほとんど与えないため)供給を積極的に管理する必要がない』という話が最初に書いてあります。

ん?と思った方(=私)は、サンフランシスコ連銀のサイトに「2007~2008年以前と以降で準備金が金利に及ぼす影響が大きく変化した」という話があるのでご参照ください。

では本題に入りますが、まず無利子Digital Dollarが導入された場合です。

『(前略)連邦準備銀行は、予想外のCBDCの増加に対して適切なバッファーを提供するために、平均して準備金のレベルを上げる必要があるだろう。』

『そうでなければ、銀行システムにおける準備金の総量が「十分な」水準を下回り、フェデラル・ファンド・レートに上昇圧力がかかる可能性があるからである。』

準備金の総量を予め増やしておけばいいのか、それとも都度の管理が必要なのかは分かりませんが「供給を積極的に管理する必要がない」という現状の体制に変化が訪れる可能性について言及してる点が重要かと思いました(Digital Dollarが導入される時に“潤沢な準備金”政策が維持されているのかは分かりませんが…)。

次に有利子Digital Dollarが導入された場合ですが、Digital Dollarの魅力がより高くなるため一般の人々の需要が非常に大きくなるため『銀行預金やその他低金利安全資産(財務省証券など)の保有が減り、Digital Dollarの保有が増える』と予想しています。

十分な準備金の供給を維持するために『連邦準備制度理事会は有価証券の保有を大幅に拡大する必要があるかもしれない。』とも述べています。

プライバシー・データ保護と金融犯罪の防止

『いかなるCBDCも、消費者のプライバシー権の保護と、犯罪行為を抑止するために必要な透明性との間で適切なバランスをとる必要がある。』とあります。現金が持つ「圧倒的な匿名性」は失われるので、どのようにバランスを取るのか(取れるのか)気になるところです。

消費者のプライバシー

『FRBが推奨する仲介型モデル(商業銀行がDigital Dollarの流通を仲介する)では仲介者は既存のツールを活用することでプライバシーの懸念に対処する』と書かれていますが詳細な説明はありません。仲介型では既存の仕組みを利用することになるので「悪化することはない」ということかもしれません。

金融犯罪の防止

『米国版CBDC(Digital Dollar)の仲介型モデルには、(マネロンやテロ資金防止などの)これらの規則の遵守を確実にするための確立されたプログラムを持つ民間のパートナーが関与するという明確な利点がある。』と書かれてはいますが、それ以上詳しい内容はありません。

オペレーションの回復力とサイバーセキュリティ

『CBDC がオフライン機能を持つように設計されていれば(つまり、インターネットにアクセスしなくても一部の支払いが可能であれば)、決済システムの運用上の回復力を高めることができる。』という点は興味深かったです。自然災害も含めて必ず電力やシステムが使えない状況が発生してしまうので、そのような事態に備えた設計が必要になります。

【龍成メモ(2022/1/29)】
FRBのレポートはもう少し続きますが一旦、ここで切りたいと思います。本編はだいたい以上で、後は「コメントの募集と次のステップ」みたいな話になります。

書いていて貨幣って何?とか、準備金って何?というかそもそもFRBって誰?など、書き進めるたびに分からないところが出てくるため時間がかかりました。

また、様々な心理状態のもとで文章の素人が書いてるので、かなり文体というか視点が揺れていると思います。意味不明のところがあれば、遠慮なくご指摘ください。

あと間違えてるところがあれば是非教えてくださいm(_ _)m

Gerd Altmann

#デジタルドル #NFT #FRB #FED #CBDC #商業銀行 #ノンバンク #ACHネットワーク #RTPネットワーク #FedNow

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