屍食探偵ジャキーニの記憶と憂鬱
歯に虫がいるね、と歯医者さんが言ったら、それは誰だって虫歯だと思うだろう。
だって例えば、女を食った、という言い回しが下品な言葉であっても、人間を食べて排泄物として処理したと思うひとはいないはずだ。
「死の臭いを嗅ぎつけたのかな?」
歯医者のその先生の話だと死体を食み、現世との縁を絶つから無縁虫と呼ばれているそうだ。そんな虫が俺の口内を飛び回っているらしいのだが、どうも俺の口が馬鹿になっているからか、虫の棲み処を提供している感覚はひとつもない。
「なんで歯医者の先生がそんなことまで知っているんですか?」
「昔、生き物の学者先生になりたかったんだ。多分私ならその虫を殺せるけど、どうする? 治療する?」
幼い頃から俺は何でも食べる。好き嫌いの話じゃない。ひとが絶対に口にしないものを食べたい、という欲求に支配されていて、我慢ができないんだ。氷やプラスチックなんかはまだ可愛いもので、石や硝子を食べて歯を折ったり口の中を血だらけにしたこともあった。
変なことをしている自覚はあるし、罪悪感だってある。だけど止められないのだ。
「今日はちょっと止めておきます」
もう僕がここに来ることはないだろう、とその歯科クリニックの前にあるゴミ箱に診察券を破いて捨てた。
あぁでもあの先生、美人だったなぁ。
ぼんやりと考えている、と自分のお腹の辺りからぐぅと音が聞こえた。
コンビニでおにぎりを買って自宅に戻ると、俺はそのおにぎりを袋ごと食べた。
『死の臭いを嗅ぎつけたのかな?』
あの先生は、気付いて、そう言ったのだろうか。
俺はお腹に手を当てる。
机に飾られた写真と俺の中にしか、もう彼女はいない。
※
私の名前はジャキーニ。周りからはそう呼ばれている。ある歯科医に飼われ、その建物に出た死体を食べるのが仕事だ。私たちは死体を食べると、その死体の記憶まで得ることができるので、人間の思考にも詳しい。そんな私はすこし前から生きた人間の口の中にいる。
【未完】