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存在もしていないし、もちろん読めるはずもない本について堂々と語る⑥  『時をかけたら死んじまった』筒井三尋

 前作はこちら……。

(※ここからはすべて存在しない小説について語っています。)

 ネタバレあり。未読の方はご注意を。

『時をかける想い ~初恋のあの子が結婚詐欺師になっていた件~』(以下、『あの件』)は、筒井康隆に影響されてSF作家になり、実験小説を量産していた筒井三尋にとって新機軸と言っていい作品で今の時代で単行本の売上が50万部を超える大ヒットとなったが、一部のそれまでのファンからは商業主義に走ったと、まるで熱狂的なインディーズバンドファンがメジャーテビュー後のそのバンドの曲を叩き続けているくらいの熱の入った批判が届いたと聞くが、実際のところは本人が発言していないので分からない。筆者は一貫して肯定の態度を取り続けているが、筆者の周囲は賛否両論はっきりと分かれている。逆に言えば、それまでの筒井の作品は商業的に見れば成功とは言いづらいが、その分、根強く熱狂的なファンを生み出してきた証拠とも言える。

 そして内容のオーソドックスさには賛否あるものの、クオリティの高さについては衆目の一致する『あの件』が、今年のはじめ、N賞の候補にノミネートされ落選したことは記憶に新しい。選考委員の選評を見る限りまったく相手にされないどころか、かなりボロクソだったことが読み取れる。筒井康隆の意志を継ぐ筒井三尋は、次作で筒井三尋版『大いなる助走』を書くのではないか、と以前からのファンは期待したが、残念ながらそのようなファンの期待は裏切られる。落選後の第一作は『あの件』から数年後を舞台にしたゆるやかな続編と言っていいだろう。前作の主人公やヒロインは登場せず、前作から引き継いでいるキャラクターは超能力を持つ叔父さんだけである。ちなみに『あの件』の映画版ではこの叔父さんは登場せず、超能力を持っているのは主人公の妹で有名アイドルのお粗末な演技が話題となった(実を言うと筆者はそこまで気にならなかったのだが、SNSなどで検索してみればその不評ぶりがすごい)。

 内容の話をすると、主人公は叔父さん(今回は主人公の叔父さんではないので、ちゃんと悟さんという名前が与えられている。以下、悟さん)が住むマンションの隣に住む16歳の男子高校生が主人公で、この主人公の男の子が祖母の若い頃の写真に見惚れてしまい、悟さんの能力を知り、過去へ行きたいと願う。シリアス中心の前作とは違い、コミカルなタッチで物語は進み、甘酸っぱいラブコメ作品を想像してしまいそうになるが、実はこの作品、恋愛要素は薄い。筆者はもう若かりし祖母への恋、ということで、前作とは逆の年齢の離れていた間柄のふたりが同い年の関係になる、という恋愛ものしか頭に無かったので、そこが一番驚いてしまった。

 ここからは完全にネタバレになってしまうが、今回は恋愛でもSFでもなく、ミステリである。前作みたいに失敗して未来に行ってしまうということはありませんが、実際に過去へ行けたかというと判断が難しい。過去へたどり着いた主人公だが、気付いた時には実体のない幽霊のような状態になっていて、自分の実体が周囲に無いことに気付く。意識が無い間に誰かに殺され、実体を捨てられてしまったのではないか、と推測した主人公は、犯人と実体を探す旅に出る。

 そんな物語の後半で明かされる意外な真実。後半、場面が突然、現代に移り、実は主人公の意識だけが過去へと行き、実体は現代に残されたままになっていて、意識不明の状態でベッドに寝かされていることが明かされる。何度、悟さんは失敗するんだよ、とも思うが……。

 主人公はそのことを知らないまま旅を続ける……という作品になっています。かなり強引なラストで不満はあるものの……この意地悪な感じに初期の筒井三尋作品らしさがあり嫌いになれない。

(いないとは思いますが、もしも小説化したい方がいたら、どうぞご自由に。いないか……。)