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2020.6.10 午前零時の街の灯よ。

この時間にラーメンを食えない街は寂しい。歩く人がどこか寂しそうなのはきっとすべてのラーメン屋が閉まっているからだ。

入り口にはガラが悪くて気の良さそうな男女が座って自分たちの番を待っている。店員は入店したこちらを見る暇もない。店内には怒号に近いような注文の声とタバコの香りが漂う。午前零時の街の灯よ。

そんな場所で、自分もまたすこしばかり店の空気になってたゆたう。さっきまで飲みを思い出しながら。あの時ああ言ったら、なにか違った展開に鳴ったか。違う展開になる必要はあったか。あの酒を飲んでおくべきだったか。がっつきすぎたか。

そんなふうに思っているうちに餃子が届く。確認などするわけもないが手作りとかじゃないやつ。手作り「風」も装っていないやつ。あれが運ばれてくる。楕円形の皿、くすんだ水色の皿。醤油やらをいれるくぼみがある皿。ラーメンと一緒に食べたいから待とう、と思いながらもう5個中3個が胃の中だ。

という時をひとりで過ごす。これ以上の贅沢は見当たらない。次第に自分の腹の許容量をとうに超えることがわかっている量と質のラーメンが届く。それをえっちらおっちら食べるのだ。白米をかっこみながら。ただでさえ濃い味を更に濃く、油は多く、こってりとした形で注文する。たまに意識が遠のくけれど、それすらも心地が良い。帰り道はその余韻に浸る。烏龍茶など買うものか。夜の余韻を流す合理性は今だけきっぱりと切り捨てよう。

これより先に行く宛など見当たらない完璧な街の灯よ。

またお前は機能する。輝き出す。誰かを温める。

そうだろう?

午前零時の街の灯よ。

酒と2人のこども達に関心があります。酒文化に貢献するため、もしくはよりよい子育てのために使わせて頂きます。