君に捧ぐ創世~告白寸前で地球滅亡。彼女に会うため異能で世界をやり直す~1

あらすじ

 ある日、男子高校生・有明淳(ありあけじゅん)は想い人である逸見柚乃(へんみゆの)を念願かなってデートに誘うことに成功した。全ては順調。逸る気持ちを抑え待ち合わせ場所に向かう淳を待っていたのは、しかし残酷な結末だった。
 気付けば真っ白い空間で目覚めた淳。運命の女神を自称する謎の美少女フォルトゥナから聞かされたのは、隕石衝突によって地球が滅亡したという衝撃の事実。そして淳の中に眠る異能を使って、新たに地球を創世してほしいという提案だった。
 地球を再誕させれば柚乃にもう一度会うことも可能だという。フォルトゥナの言葉に従い、淳は失われた日常を取り戻すことに。
 究極のボーイミーツガールが今ここに開幕する!


 今日という日は。
 間違いなくこの広大な地球の歴史に刻まれることになるだろう。
 放課後の街路を行く有明淳は、浮つく気持ちを抑えきれないでいた。
 着古した制服から新品の革ジャケットにメークアップして、片手に携えた小箱は華やかな包装紙にくるまれている。
 まったく普段通りでない。
 夕陽がかった交差点を、淳は鼻歌交じりに行く。

 今日という日は。
 彼が以前から慕っていた少女でありクラスの注目の的、逸見柚乃との記念すべき初デートの日だった。
 この日の為にどれだけの労力を費やしたか。
 叶うのなら全世界の人間に自慢してやりたいほどだと、淳はスキップを刻みながら妄想を膨らませていた。
 この通りを右に曲がれば、待ち合わせ場所の駅前だ。
 ほら。見れば淑やかな服に身を包んだ柚乃がこちらに手を振っている。茶髪の綺麗なセミロングが風に揺れていた。

 今日という日は、やはり素晴らしい。
 自ずと駆け足になる淳。
 合流した後は、付近のレストランで食事を摂ることになっていて、彼はそこで柚乃に告白する心積もりであった。
 もちろん、愛の告白である。
 そして成功したその暁は、正に男子高校生の本領発揮といえよう。
 明日は休日という名分を振りかざし、二人きりで夜を明かしたいものだと、密やかに画策していたのだった。

「有明くーん!」
「柚乃ちゃん、お待たせ!」

 二人の距離が縮まる。周囲を行き交う人の流れ酷く緩慢に感じられ、辺りが静寂に支配された。
 まるで世界に二人きり残された感覚。
 これぞ、告白OK確定演出。もしくは二人の未来への祝福か。
 淳は有頂天になった。
 もう何も怖くない。すぐ傍まで来ていた柚乃の可愛らしい手を握ろうとした、その瞬間のこと。

 空が、黒く塗りつぶされた。

「――と、まあ、こんな具合に。あなた様が住んでいた地球はものの見事に滅亡を迎えたというわけですが。お気持ちのほどは?」

「うーん……そうだな。一つ言えるのは、まるで意味がわかんねえってことだ」

 目の眩む白だけが無限に広がる空間。
 気づけば淳はそこに立っていて、眼前には見知らぬ少女が一人。
 明るい金髪に、肩がはだけた際どいデザインの白衣。背には純白の翼が二つ、その華奢な身体を包み込むように生えていた。

 さながら天使のような彼女は、名をフォルトゥナといった。
 この空間の仮の主だそうで、目の覚ました淳に地球が滅亡したことを懇切丁寧に説明してくれた。
 少なくとも、淳の記憶のうえではそのはずである。

「うん。でも振り返ったとて、やっぱりなんも分かんねえや」

「何が、でございましょう? あなた様の住んでいらした第五世界線における地球は、巨大隕石の衝突を受け消滅。発生した超重力によって膨張を続けていた宇宙は性質を反転させ、凄まじい速度で収縮を――」

「それそれ、それが分からないんだよ。つまり何が起こったんだ、俺たちが今いるここはどこなんだ」

「簡単に申しますと、崩壊した宇宙の中心だった場所に、わたくしとあなた様の二人きりが残された、ということでございます」

 この広大な空間に、二人きり。
 なんてロマンチックな言葉だろうと、淳の顔がにだらしなく歪むが、それも刹那のこと。
 直ぐに湧いて出た現実感が彼に不安をもたらした。

「……え? つまり、柚乃ちゃんは?」

「亡くなりました。残念ながら」

「いやいやいやいや、これは何かの冗談だろ? それかたちの悪い夢なんだろ? 目が覚めたら、俺はあの時の放課後に戻れるんだよな?」

「失った物が戻ることはありません。この世界は終わりを迎えたのです」

「そ、そんにゃあ……」

 淳はその場に崩れ落ちた。
 宇宙が無くなったというのなら、今この身を支えている足場は何だというのか。この邂逅に何の意味があるのか。
 淳は少女に縋りついて叫んだ。

「な、なあ、じゃあさ……! 異世界転生とか、加護を授かるとか! そんな展開は? あんたはこの世界の神様的な存在なんだろ? そんな贅沢言わねえよ、頼むから俺を元の世界に返してくれ!」

 この世界においてはさておき、あの現実世界での淳はそろそろ成人となるところの立派な高校男児であった。
 そんな青年が情けなくも懇願する姿に、これまで冷静であったフォルトゥナも躊躇いの色を見せる。
 しかし、それも瞬きのうち。

「いいえ、私はそこまで強力な神ではありませんし……あなた様が転生なさったのは正に今いるこの世界です。地球が滅亡してなお、こうして意識を保っているのがその証拠でございます」

 無情にも告げるフォルトゥナ。
 淳はその場に寝っ転がって吠えた。

「いやだいやだいやだーー! 柚乃ちゃんとのデートも途中だったんだ! あれから二人でキャッキャウフフする予定だったんだよ! 何が転生だふざけんなぁーー! 返せーっ! 俺と柚乃ちゃんの素晴らしき未来を返せーー!」

「デートが成功するかどうかは、あの時点ではまだ分からなかったのでは?」

「うるさあぁーい! あんたには分からないでしょうねぇ! 俺のウブな恋心が無駄に終わった虚しさも! もう二度とは取り戻せない青春の尊さも! 何もかも終わっちまったんだぞ!?」

 手足をじたばたと動かし暴れまわる淳。
 恥も外聞もあったものではない。なにせ世界すら滅んでいるのだから。
 たとえこのフォルトゥナという少女に軽蔑されようとも、醜態を晒さずにはいられなかった。

「……まったく、仕方のない人です。あなた様には大事なお役目を任せようと思っていましたのに」

「何がお役目だよ! もう全部終わっちまってるじゃねえか! 仮に柚乃ちゃんを生き返らせることができると言われても俺は――」

「はい、できますよ」

「本当でございますかっ!?」

 淳は勢いよくフォルトゥナに飛びついた。
 その拍子に彼女の着衣が乱れそうになり、淳は頬を染めた天使の平手打ちを食らう。
 こほん、と。咳払いしたフォルトゥナは気を取り直して告げた。

「私は運命を操る者。フォルトゥナ。私の力によってこの無の世界に転生したあなた様には、宇宙を初めからやり直す権利が与えられたのです」

「宇宙をやり直す……だって?」

 フォルトゥナの言葉は、とにかく飛躍的が過ぎた。
 理解が追いつかない淳は白い空間にあぐらを組んで座り、落ち着いて彼女を問いただす。

「それがあんたの言っていた柚乃ちゃんを生き返らせる方法ってことか?」

「はい。ですが正確には、逸見柚乃を再誕させる、という方が正しい認識だと存じます」

「俺に……そんなことができんのか?」

「私の力によって、あなた様はこの宇宙の全ての過去を内包する存在へと昇華されました。言うなれば、あなた様は宇宙の種と呼べる存在でもあります」

 宇宙の種。
 フォルトゥナからすれば簡単な比喩表現なのだろうが、淳からすればまだ理解には及ばない。
 フォルトゥナは透き通るような声色で続けた。

「あなた様が生まれるという事実には、もちろんあなた様のご先祖様が必要な条件となります。そしてあなた様の始祖が生まれる条件とは地球の誕生。地球の誕生には宇宙の存在が不可欠です」

 しかし、今となっては宇宙は存在しない。
 根本が無くなれば、そこに生まれる果実も存在し得ない。というのがフォルトゥナの論理だった。

「でも俺はこうして生きているぞ。いや生きてるってわりには何かふわふわしているけども」

「それこそ、私の力によって運命を捻じ曲げた結果です。広大な宇宙であなた様だけが生き残る運命を手繰り寄せたのです。全宇宙を代表し、宇宙を再生するために」

 いよいよとんでもないことになってきた。
 暑くもないのに、淳の額から汗が噴き出る。
 理屈はよく分からないが、フォルトゥナの宇宙再生物語の主役に、他でもない淳が選ばれてしまったらしい。
 しかし、事態は薄っすら理解できたとはいえ、淳にそれだけの力があるとは未だに信じられない。
 どうして淳なのか。それだけの力があれば一人で解決できるのではないか。
 疑問は数多く浮かべど、目の前に柚乃がいないという事実だけが今の淳を駆り立てる唯一のものであった。

「なあ、フォルトゥナ。俺はどうすれば柚乃ちゃんにまた会えるんだ?」

 だからこそ問うべきは一つだった。
 これが夢だという可能性も捨てきれない。茶番に付き合わされているだけかもしれない。
 それでも彼女の言う通り本当に宇宙が消滅していて、淳の望みを叶える方法が再生しかないというのなら。

「頼む、フォルトゥナ……俺に力を貸してくれないか」

 その場に立ち上がって頭を下げる淳に、フォルトゥナは一瞬だけ目を丸くする。
 それから一拍の間をおいてそっと彼の方へ手を差し出した。

「汝、有明淳は……この運命神フォルトゥナの加護を受け取り、宇宙の創世主となることを誓いますか?」

 厳かな態度。まるで結婚式のようだと、淳は心の中で場を茶化す。
 そうでもしないと、この絶世の美少女を前に手など握れるはずもなかった。
 意を決して右手で彼女のそれを握り返すと、淳は自分の身体に何か温かな力が流れ込んでくるのを感じた。

「この時を以て、あなた様は創世の主となられました。長い付き合いになると存じます。これから宜しくお願い致します、マスター」

 そこでフォルトゥナは初めて淳に笑顔を見せた。
 薄い笑み。揺れる金の前髪。天使然とした容貌があまりに神秘的で美しく。
 このままではどうもやり辛い。淳は気を紛らせるためにも話を先に進めることにした。

「えと……それで、フォルトゥナ。俺は具体的にこれから何をすればいいんだ?」

「ええ。早速その話に入っても良いのですが。一つ、その前に」

「なんだ?」

「そろそろ手を放していただけると助かります。私たちは思念体としてここに存在していますが、それだけ熱心に握られると痛みも覚えるというもの」

「え……あっ!」

 愕然とする淳。
 生前は柚乃の手すら握ったことがなかったというのに、さっき会ったばかりのフォルトゥナの手はこんなにも力強く握ってしまっていたとは。
 さらば、手繋ぎヴァージン。
 気が動転しながらも、淳は優しくフォルトゥナの手を解放する。彼女の頬には赤みがさしている気もしたが、きっと気のせいだろう。

「それで……マスターに何をしていただくか、という話でございましたね」

 ほら見たことか。このフォルトゥナ、もうとっくに平静を取り戻しているではないか。
 淳は一人で舞い上がってしまったことを深く恥じながら、その言葉に注意を向ける。

「先ほどマスターを宇宙の種と表したのが正に的確でして。宇宙再生は、マスターの御身体を基に始まる御業であります」

「俺の身体……? え、なに、お前。転生したばっかの俺にいきなり宇宙のために生贄になれって?」

「……む。それでは私がマスターを転生させた意味がないではありませんか」

 なぜか拗ねるフォルトゥナ。まるで淳の考えが足りないとばかりの態度だ。
 冗談を言っているわけではないのだが、取りあえず「馬鹿でごめん」と謝っておく。

「宇宙の再生にはあなた様の身体のほんの一部を用います。髪の毛、血の一滴、細胞でも構いませんが、一番やりやすいのは……」

 フォルトゥナはそこで意味深に言葉を区切った。
 どうしたものかと淳が見つめれば、何やら彼女は恥じらう素振りを見せていて。
 これは、と思う淳。
 ここまで堅い印象を保っていたフォルトゥナが恥ずかしがることイコールえっちいこと。
 完璧な等式が淳の頭で組み立てられる。

 考えてみれば良くある話だ。神が国を創ることに関しては。
 例えばイザナギとかイザナミとか。淳も詳しくは知らないが、日本の神話において、国土は彼らの愛の結晶だとされているらしい。

(つ、つまり……)

 宇宙を再生するため、柚乃を再誕させるため。
 淳は遠くない未来、いま相対しているこの美しきフォルトゥナとそういった関係を築く必要に迫られるのではないか。

(そ、そんな! 俺には柚乃ちゃんが! で、でもフォルトゥナも冷たい性格だけどめっちゃ美人だしなぁ……)

 妄想が止まらない。
 目の前のフォルトゥナの言葉が霞んで聞こえる。
 淳の頭の中はピンク色でおめでたい妄想で一杯だった。

「――ということでですね? マスターの睾丸を用いるのが最善な手段だと……と、聞いていますか?」

「うんうん。聞いてるよー。睾丸、キン〇マね。いやー、それだけとは言わず全体を使ってくれてもいいんだぜ? 的な?」

「……? 何を仰られているのか分かりませんが。ご了承いただけたのであれば、さっそく睾丸を摘出いたしましょうか」

「うんうん、摘出摘出ー……って、ちょっと!?」

 何もない空間から鋏のような物体を取り出すフォルトゥナを見て、淳はようやく現状を理解し始めた。
 淳が夢想をキメているあいだに、事態はとんでもないことになっているようだ。

「な、なにをしているのですか、フォルトゥナさん?」

「だ、だからそんなことを私に何度も言わせないでくださいっ。マスターの睾丸を触媒にして宇宙の始まりたるビッグバンを起こそうという話ではありませんか!」

「なんだよそれっ! タマ〇ンでビッグバンなんて聞いたことないって! うわぁ、寄るなぁ! 近寄るなああぁぁっ……!」

 特異点である白い空間が二人分の絶叫で満たされる。
 結局、二人の誤解が解かれるのには暫くの時間を要したのだった。

「つまり、俺たちは思念体で? 物質的な身体を持たないから? アレを切除しても問題ないと?」

「はい。ここで重要なのはマスターが持つ因子。つまりは前の宇宙の情報です。摘出はあくまでも儀式的なものですし、マスターが望めば、摘出した睾丸も再生しますから」

「……はあ。思念体ってのは便利でございますなぁ」

 フォルトゥナによれば、いま淳たちが存在している世界は、前の宇宙が存在していた場所よりも一つ上の次元にあるらしい。
 かつて宇宙が存在していた三次元の世界には何もなく、淳たちはそれを別次元から傍観している。

「マスターが生きていた世界で言うと、ペイントソフトのレイヤーの例えが分かりやすいかもしれませんね。一枚の絵を形作るレイヤー同士に繋がりはあれど、それがお互いに干渉することはないでしょう?」

「な、なるほど……だから俺がいた宇宙が消滅しても、俺たちはこうして別のレイヤー上で生きていけるってわけか」

「はい。そして今から行うのは。運命の神である私と、その加護を受けた創世主たるマスターにのみ許される神業。即ち、次元の創造です」

 その創造こそが、宇宙の種、もとい淳の睾丸を用いたビックバン計画ということなのだろう。
 一つずつ噛み締めるように理解していく淳。
 しかしその顔は依然として暗い。
 当然だろう。何せ彼は、これから自身の大事なものを失おうとしているわけなのだから。

「大丈夫です。マスターは思念体なので痛くはありません」

「……うん。まあ女の子のフォルトゥナには分からないか」

 これは痛みだとか物理的な離別だとかいう問題ではない。
 それら超えた精神的な喪失なのだ。
 念じればいくらでも生えてくるとはいえど、生まれてからずっと淳の股の下にあったそれは、この世に二つとないのである。
 いや二つはあるか。やかましい。

「とにかくだ。じゃあな、相棒。お前との日々、楽しかったぜ」

 己の睾丸に別れを告げる淳。
 フォルトゥナは不思議そうな顔でそれを見つめながら、空中に手を翳した。
 するとそれに応じてか、宙にはぽっかりと黒い穴が空く。どうやら次元への干渉を行ったらしい。

「この穴にそれを投げ入れてくれれば、私とマスターの力が発動し、それに宿った歴史が逆転し、ビックバンが生じるはずです」

「それと言われても分からないからきちんとタ〇タマと――」

「早く入れてくださいっ!」

 恥じらうフォルトゥナの叫びと共に、淳は無二の相棒を投げ入れる。
 創世主としての力ゆえか、心なしか輝いて見えるそれに敬礼。
 玉は吸い込まれるように穴に入っていき、やがて何事もなかったかのように閉じていった。

「……? これで終わりなのか?」

「ふふふ、冗談ですか? これは新たなる始まりですよ」

 いや、そんな気の利いた返しをされても。
 当惑する淳を尻目に、フォルトゥナは次いで指を鳴らした。
 振動する大地。白い空間がさらに眩しい閃光で満たされる。

「いきなりなんだっ……って、はぁ!?」

 淳が閉じていた目を再び開けると、そこはもう別世界といっても過言ではない様相を呈していた。
 仄暗く縦長の室内には段差が連なっていて、正面には巨大なモニターが底知れない暗闇を映している。
 段差に沿って整然と列を成す座席の前には、光を放つコントロールパネルずらりと並び。最上段のひときわ大きい席には巨大な操縦桿までもが鎮座。
 何もなかったはずの白い空間は、一瞬のうちにどこぞの戦艦ブリッジに様変わりしていた。

「宇宙を創造するにあたり、我々が活動する宇宙船は必要不可欠です。宇宙が生まれしだい降り立つために。なお、今日からマスターがこのアストラ号の艦長で、私が副長となります。よろしくお願い致しますね」

「……悪いんだけど、船舶免許とか持ってないぞ」

「宇宙が生まれる前ですのに、随分と法意識が高いのですね。これは今後の地球も安泰でしょう」

 軽口を増していくフォルトゥナ。
 これは彼女なりの愛情表現なのか、それともただ舐められているのか。
 真実は定かではないが、美少女と打ち解けて会話出来て嬉しい淳であった。

「ここブリッジの前方にある巨大スクリーンから、マスターのアレから生まれる宇宙の様子を見ることができます」

 フォルトゥナは最上段の席、もとい艦長席の前のコントロールパネルを指で叩いて操作する。
 すると室内に短い電子音が響き、前方の画面に暗闇に浮かんでいる淳の睾丸の映像が映し出された。

「……シュールだな。それで? あいつは楽しそうに浮かんでいるみたいだが、ここからどうやって宇宙を創るっていうんだ?」

「私が言わずともお分かりでしょう? マスターは既に私と運命を共にしているのですから。さあ、艦長席に座ってください」

 フォルトゥナに背を押されて席に座ると、複数のパネルが淳の前に出現する。
 まるでこの船の主を迎えるかのような動作に、露骨に気を良くする淳。フォルトゥナの言う通り、操作方法は教えられずともあらかじめ頭の中に入っていた。
 その情報に従ってパネルを操作し、「ブート」というコマンドを画面に表示させる。

「これか? このコマンドを実行すれば、俺のボールビックバンが始まるわけだが……」

「だが。なんですか?」

「こんな育成ゲームみたいなノリで宇宙を創っていいのかな、っていう気がしてきて」

「まあ、マスターの住んでいた地球も、案外そのように創られたかもしれないじゃないですか」

「それもそうか……ん、そうか?」

「それに宇宙を生み出したとしても、マスターの住んでいた太陽系や地球がちょうど創られるかは確率によりますし。あまり一回の挑戦に気負いすぎるのもよくないですよ」

 なるほど、一理ある。
 どうせ何回もやらねばならないことなら、いちいち緊張するのも馬鹿馬鹿しいこと――。

「って、おい!? お前いまなんて言った!? 一回で地球が生まれるわけじゃないのかよ!?」

「……? そんなこと、当然じゃないですか。あれだけ豊かな環境を有した惑星、マスターは今まで他に目にしたことがありますか?」

「いや無いけど! それってつまり、失敗するたびに俺のソレが犠牲になるってことだよな!?」

「はい……しかし、先ほども申し上げた通り、あくまでもアレはイメージなので。この高次元空間でなら何度だって再生できます」

「そういう! 問題じゃ! ねえっ!」

 艦長席の背もたれに倒れる淳。

「睾丸ガチャなんて聞いたことねえよ……」

 計画が始まる前から溜息が漏れる。
 どうやらこの壮大な創世は前途多難のようであった。

 艦長席に座り、例のブートコマンドを実行した淳は、ブリッジ前方のモニターからビッグバンの瞬間を目の当たりにしていた。
 暗闇に浮かんだ淳の睾丸に熱エネルギーが宿り、その火球が光速を超える速度で膨張していく様はまさに壮観である。
 ほんの親指サイズの玉から瞬く間に巨大な空間が広がり、星々の爆発から生まれた塵がやがて太陽を形成した。
 一連の神秘的な現象に「宇宙の力ってすげー」と驚きを禁じ得ない淳であったが、それも最初のうちだけであった。

「うーん……太陽を創るまでは何となくコツを掴めてきたが、そこから先がマジで分からないな」

 幾度目ともなる摘出を終えた淳が、ぐったりとした様子で机に突っ伏した。
 傍に控えていたフォルトゥナが顎に手を当てて何やら思案を巡らせている様子で口を開く。

「確かに、ここまでやってきて地球の素体すら生まれないのは些か妙なことではありますね」

「このガチャ、本当に当たりは入っているんだろうなぁ!」

「……そんな悪質なくじ屋でもあるまいし。このような事、在り得ないはずなのですが。やはり彼女が……?」

「うん? 何か心当たりでも?」

「次元に干渉する力というのは、なにも私たちだけが持つ特権ではないというわけです」

 淳がそれの意味するところを訊ねるより早く、先ほどまで宇宙を映していたブリッジ前方のモニターにノイズが生じた。
 何ごとかと思って見れば、そこには銀の長髪に黒衣を纏った謎の少女の姿があった。
 映し出された少女の見た目は、翼の有無とやや幼いことを除けばフォルトゥナとよく似ているもので。
 そのことを疑問に思う淳をよそに、画面の彼女は堪えきれないといった風に笑う。

「くくく、その間抜け面。貴様らのすることなぞ、この死を司るプルトン様の慧眼にかかれば一発でお見通しだ! どうだ、驚いたか!」

「やはり貴女ですか。どうやらあの宇宙を破壊しただけに飽き足らず、私たちの創世計画までも邪魔するつもりなのですね」

 睨み合う金と銀の少女。
 プルトンと自称する方はともかく、ここまで険悪なフォルトゥナの態度は珍しい。
 が、そのことに感慨を覚えている場合ではなかった。
 淳はたまらず二人の間に口を挟む。

「おい銀髪ロリっ子! もしかしてあんたが、俺と柚乃ちゃんのランデヴーを邪魔立てしやがった元凶か!? あんたのせいで俺のタマは現在進行形で犠牲になってんだよ! 謝れ! タマと宇宙のぶん二回謝れ!」

「むむ……貴様、有明淳だな。せっかくプレゼントしてやった隕石から生き延びるとは、フォルトゥナも面倒なことを――」

「あーやまれ! あーやまれ!」

「うるさいぞっ!? というより、謝るのはお前と、そしてフォルトゥナの方だ!」

 画面の向こうのプルトンがこちらを指さして憤慨する。
 まったく、フォルトゥナに比べて知性もオーラも足りていない。
 何者なのかは知らないが、次元に干渉できるほどの力を持つ淳たちの敵になり得るのか。
 露骨に緊張の糸を緩める淳だったが、フォルトゥナの顔は依然として険しい。

「油断しないでください、マスター。言動はあれでも、彼女は私と同類。自らの欲望のために私たちを裏切り、全宇宙に厄災を振り撒いた死の世界の女王なのですから」

「フォルトゥナと同類? 死の世界の女王……? それ、ヤバくね?」

「はい、ヤバいでございます」

 宇宙滅亡から淳の命だけを繋ぎ止め、宇宙創世を目指すフォルトゥナと同等の存在。半信半疑であったが、そう考えると宇宙を滅亡に追いやったのも事実なのだろう。
 プルトンの正体、そのスケールの大きさを知った淳の顔がたちまち青ざめる。

「あ、えと……プルトン、さん? でしたっけ? 本日はどのようなご用件で……」

「いきなり媚びを売らないでくださいよ」

 フォルトゥナからの視線は痛いが、画面に映るプルトンは随分と機嫌を良くしたようで。
 彼女は高笑いしたのち、得意げな表情で語り始めた。

「フォルトゥナも察している通り、ボクの目的は全宇宙を死で満たして支配することさ。そのために第五世界線における宇宙を滅ぼしてやったのに、貴様らが創世計画なんてものを始めるからせっかくの苦労が台無しだ。ボクからすればそっちが邪魔者なのだよ」

「そうか……つまり何回やっても宇宙に地球が生まれなかったのは、あんたがちょっかいをかけていたからなんだな!?」

「ああ、そうだとも。ボクのペット、星獣ウーラをそちらの宇宙に遣わしてな。地球生成のための素材をたらふく食わせてやったのさ」

「何がペットですか。もともと自分のものでもないくせに」

「そんなことは関係ない。奪ってしまえば同じこと。それは貴様の、運命を操る異能に関してもそうだ、フォルトゥナ。ボクは貴様ら以外の神々既に滅ぼしている。今はこの第一宇宙から離れられないが、それも有明淳の創世の力を手にすれば解決する。ボクが全宇宙の神になる日も近いということだ、ハーハッハッハッハ!」

 どれも淳には理解の及ばない言葉。
 ただそれだけを残して、プルトンは画面から姿を消した。
 というより、ブリッジのモニターを乗っ取っていたのだろう。そこには既に、何事もなかったかのように宇宙空間が映されていた。

「なんだったんだ、あいつ……」

 漏れ出た言葉に返す者はいない。見ればフォルトゥナも物憂げな顔で俯いている。
 淳は勢いよく艦長席の背もたれに状態を預けた。そして今しがた起こったことを一度自分の視点で振り返ってみる。

 一つ。プルトンはフォルトゥナと同類で淳たちが住む宇宙を滅ぼした張本人。
 二つ。プルトンはフォルトゥナと敵対し、彼女の力を狙っている。
 三つ。故に星獣ウーラなるものを寄越して淳たちの計画を妨害しようとしている。
 そして、四つ。今や淳はフォルトゥナのマスターであり、柚乃を再誕させるためには彼女の力が必要だということ。

(だったら……!)

 淳に出来ることは。やるべきことは一つだった。
 席を立ち、未だ動揺が隠せないでいるフォルトゥナの手を取る。

「フォルトゥナ、俺に教えてくれ。あいつに抗うために、俺に何ができるのか。お前の力で俺を生き返らせたみたいに、何か手がないのか?」

「マスター……」

 フォルトゥナの透き通るような瞳を見つめる。
 今まで状況に流されてばかりいたが、ここに来てようやく覚悟が定まった。逸見柚乃と再会するためには、この壮大な創世計画を果たすしか道はないのだ。
 力強く意思を示す淳に、フォルトゥナの表情にもようやく笑顔が戻る。

「……やはりマスターは相変わらずですね」

「ん? どういう意味だ?」

「いいえ、何でも。ただマスターは女性にだらしないだけの人ではなかったのだと」

「俺の今までの評価どうなってたんだ!? 俺はずっと柚乃ちゃん一筋だったろ!?」

 淳の叫びがブリッジ内に響き渡る。
 奇妙な邂逅から始まった二人の関係も打ち解け始め、今となってはプルトンがもたらした緊張もすっかりと霧散していた。
 妨害があろうとも、創世計画は頓挫したわけではない。
 フォルトゥナは真面目な面持ちで切り出した。

「彼女に抵抗する手ならあります。ですがそれにはマスターの、創世の主であるあなた様のお力を目覚めさせねばなりません」


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