君に捧ぐ創世~告白寸前で地球滅亡。彼女に会うため異能で世界をやり直す~2

 フォルトゥナによって明示された策とは至極単純なもので。
 地球の素となるガスや塵を平らげてしまう星獣ウーラを、武力によって滅ぼすということであった。
 淳は最初これを聞かされた時、このスペースシップ、アストラ号に積んである武装でどうにかするものだと思っていたが。
 彼女の言葉はそんな想像を嘲笑うかの如く突飛なものだった。
 実体化した身体を宇宙空間に漂わせながら、淳は今回の作戦を半ば投げやりに思い返していた。

『マスターに覚えはないかもしれませんが、あなた様は元々私たちと同じく神と呼ばれる存在でした。私たちの筆頭として、全宇宙を管理する王であったのです』

『……ナニソレ?』

 それは淳にとって前世とでも言うべき世界の出来事。フォルトゥナやプルトンを含め様々な神を従えていたユピテルという名の神の話であった。
 全宇宙の統治を担っていた彼だったが、不意を衝いたプルトンの叛逆によって、やむを得ず今の淳に転生せねばならなくなったらしい。
 そのせいで力と記憶の大半を失ってしまい、益々プルトンを勢いづかせる結果になってしまったのだった。
 フォルトゥナは姿を変えた主の命を忠実に守り、辛うじて淳の生きていた第五世界線の宇宙を守ろうとしていたが。
 結果はご覧の通り、地球滅亡。ユピテルの魂を持つ淳を保護するので精一杯であったようだ。

『星獣ウーラの本当の主も、元はと言えばマスターの部下。しかし、プルトンの叛逆によってお隠れになってしまったのです。ネプトゥヌスは彼女に最後まで歯向かっていましたから』

 だがその原初の海を司る神の力も、創世の神たる淳の中に僅かだが残っているらしく。
 その力をもって星獣を手なずけるのが今回の作戦の最終目標だった。

「そのためにあいつを武力で大人しくするっていう話だが。創世の力ってのは本当にあいつに効くのか? 宇宙で難なく活動できている時点で眉唾物ではないんだろうが……」

 宇宙を移動する術は、水中を泳ぐときの感覚に少し似ている。一般人からすれば常識外れの技能であるが、淳がこれまで経験してきたことから言わせればこの程度大したことはないのかもしれない。
 本当に自分が神の生まれ変わりだと思えて、淳は内心胸が躍っていた。

「……マスター。浮かれるのは結構ですが目的はお忘れなきよう」

「そ、その声、フォルトゥナか!? 一体どこから――」

「直接脳内に。私は運命を司る神ですから。私の運命に巻き込んだマスターとならば、このように感覚を共有することができます」

 フォルトゥナ曰く、運命共同体とは。自身と他者を生と死を共にせしめることであり、フォルトゥナが生きている限りは淳も生き続ける、といった関係を指すのだという。
 それに付随して、両者の間では任意に感覚を共有できるという話である。知らずのうちに何とも重い関係を築いてしまったものだ。
 一瞬だけ淳は怖気づくが、美少女と運命を共にするという魅力的なロマンに気づくとすぐに有頂天となった。

「……この状態ではそのスケベ心も透けてしまいます。今後はどうかご注意ください」

「えーっ! なんでフォルトゥナだけ俺の心が分かるんだよっ! 俺もお前の心を読んでみたいんだが!?」

「そのためには修行が必要ですね。そして落ち着いて修行するためには地球のような安定した生活基盤がなくては。と、いうことですので。これからのご健闘をお祈りしています」

「え、ちょっと待――」

 淳が訊ねようとしたその時。
 目の前には巨大な一角獣が口を開けていた。海洋を泳ぐヒレは七色に輝き、表面は透き通っているのか、周囲の星々を映している。
 魅惑的な光景。迫りくる口腔を前にして、ようやくその獣が星獣ウーラであることを認めた淳だったが。

「って、間に合わねえ! く、喰われる――!?」

 既に回避する余裕はなく、反射的に身をよじる淳。
 しかしその情けない動きはどこまでも虚しい結果を伴った。

「マスター……!? マス――」

 宇宙を喰らうウーラに淳の身体が吸い込まれる。
 その瞬間フォルトゥナとの通信も遮断され、周囲の景色はさながら万華鏡のような眩い極彩色に包まれた。
 上も下も分からず、ただただウーラの体内を漂う。透けた体表を窓にして眺める宙は一角獣の胃に蔓延る青白いガスで曇って見えた。

「おいおい、創世の神だの何だのって話はどこへ行った!? 呼びかけてもフォルトゥナも反応しねえし……このままふわふわしていれば自ずと解決するもんでもないだろうに」

 焦燥を隠しきれない淳。そのまま腸の方へと流されていく彼の耳に、そのとき何処かしらから声が聞こえてきた。

「……ちらです……ユピテル様……こちらに……」

「うん? 誰だ? フォルトゥナじゃないみたいだが……」

「わたしは……ネプトゥヌスでありますぅ」

 それは確か、いましがた淳を喰ったばかりであるウーラの主の名であった。それもプルトンとは違って真の。
 フォルトゥナの話では既にいなくなったということだが、この暴れん坊の体内にいるのだろうか。
 淳は藁にも縋る思いで呼びかけた。

「ネプトゥヌスって言ったか? 一体どこにいるんだ!?」

「こちら……ウーラの心臓部ですぅ……」

 それは一体どこなんだ。
 頼りなさげなネプトゥヌスの声色に、悪態を吐きたかった淳だったが。その瞬間、ウーラ体内の明度が極端に下がり、前方には一筋の青い光が放たれた。

「あれを目印にしろってことか?」

 宇宙を泳ぐときと同じ要領で一角獣の中を移動する淳。こんなこともあろうかと、水泳の授業は真面目に受けていたのが見事に功を奏した。
 ガスと塵が満ちた内部は格段に泳ぎにくい。しかしそれでも淳は懸命に両腕で空を掻き分け前へ前へと進んでいく。
 青い光が次第に強くなってくる。その眩さに暫し目を閉じた彼が再び目を開けるとそこは、やけに禍々しい雰囲気の壁面で囲まれた広い空間が広がっていた。
 紫のおどろおどろしい広間。その中心で。母体で育まれる胎児の如く、彼女は浮かんでいた。

「ユピテル様……!」

 全身を蒼い光に包んだ幼い少女。腰にまでかかる髪がさながら海を彩る波のように美しかった。

「君は……」

「そ、そんなに見つめないでくださいいぃ……は、恥ずかしいですぅ……」

「え? あ、ああ。悪い――って、その声。まさかネプトゥヌスなのか!?」

 淳が尋ねれば、少女――ネプトゥヌスは俯きがちに首肯した。

「はい……と言いましても、この姿は仮初であってユピテル様の中に眠るわたしの力を元に構成されたものと申しますかぁ……」

「うん、まあ。フォルトゥナの話でも、あのプルトンとかいうやつにやられちまったってのは聞いた。何か……悪いな。元々俺は創世の神らしいが君たちのことを守ってやれなくて」

「いえいえっ! そ、そんな畏れ多いですぅ! ユピテル様、いえ淳様はプルトンさんから身を隠すためにあの地球で暮らすしかなかったわけですから。それなのに、わたしときたらウーラの主導権を奪われちゃうばかりか、淳様の住む地球が破壊されるのに何も出来ずぅ……ほんと、無能な神様でごめんなさいぃぃ……!」

 残留思念だというのに、器用に大粒の涙を流してみせるネプトゥヌス。その滂沱は滝のようで、相対する淳にまで及びそうな勢いであった。だが仮初と言えば淳のこの肉体も仮初のもの。肉体は濡れるばかりか僅かな湿り気すらなかった。
 その一方、悲嘆に明け暮れるネプトゥヌスを前に、淳の中にある確かな精神意識は、熱い感情を滾らせていた。

「そ、そんな顔するなよ! 確かに俺は死んじゃったし、柚乃ちゃんとも付き合えなかったけど。今はフォルトゥナのおかげで地球をやり直す機会を得たんだ。そのために、せっかく生成したこの宇宙で暴れまわっているウーラを何とかして止めなくちゃならないんだ」

「……そっか。フォルトゥナさんが。そうですよね、でなければこうして淳様とお会いすることも無かったでしょうし。わたしも、まだわたしにできることをしないと……!」

 淳の心からの説得が通じたのだろう、それまで内気で泣き虫だったネプトゥヌスの瞳にも、確かな闘志と決意が芽生える。

「ウーラを止めるには淳様の中に宿るわたしの力、蒼海の権能が必要なんです。なので淳様には今から、その権能の使い方を学んでもらうのですが……」

「……ですが?」

「そ、その方法がぁ……ちょっとした儀式みたいと言いますかぁ……精神的な労力がかかると言いますかぁ……」

「頼む、ネプトゥヌス。今の俺はフォルトゥナや君の助けがなければ何もできない無力な男なんだ。前世が神様だとは思えないくらいカッコ悪いよな? でも、そんな惨めな俺でも。地球を再生して柚乃ちゃんを生き返らせたい気持ちだけは本物なんだ。だから方法があるってのなら何でもいい。キンタ〇でも腕の一本でも捧げる覚悟だ!」

「うぅ……最後のは遠慮しておきますけど。でも、分かりました。淳様のお気持ち。フォルトゥナさんには少し悪いですが、そういうことでしたら淳様の唇……借りてもいいですか?」

「ああ、キン〇マも捨てたんだ唇の一つや二つくらいどうってこと――って唇!? そ、それはどういう意味だ!?」

「え、えっと……淳様の中に眠る蒼海の権能を完全なものにするために……わたしの唇を通じて淳様の体内に力を送り込まねばならなくて……」

「……マウストゥーマウス?」

「マウストゥーマウス……人間の文化で言うならば、キ、キスでございます……!」

「……ホーリーシット」

 仄暗いウーラの心臓部にて、淳とネプトゥヌスの間に気まずい沈黙が流れる。
 まったく神というものは揃いも揃ってこちらを驚かせてくれる。
 空白に満たされた脳内で、淳は自らの運命の数奇さに呆然とするばかりであった。

 淳とネプトゥヌスがウーラ体内にて邂逅した頃。
 アストラ号の艦長室に残っていたフォルトゥナは、突如として淳との通信が途切れたことに焦燥を感じていた。

「マスター!? マスター!? 応答してくださいっ、マスター!」

 彼女は裾の長い白衣をはためかせ、背に生えた両翼を忙しなく動かしながら、所々にある操作用コンソールを蹴とばす勢いで右往左往としていた。地球時間にして十分にも満たない僅かな間であっても、主を想う天使の感情は果てしなく募るもの。ふだんは冷静沈着な仮面をしているが、淳との断絶はそんな小手先の理性をあっという間に瓦解させた。

「ど、どうしよう……どうしようどうしようどうしよう! せっかくマスターを転生させたのにまたしてもその尊き命を失うなんてことになったら……! ああ、やっぱりフォルトゥナはダメダメです。塵芥です。マスターを二度もお守りする機会を賜っておきながら、みすみす失敗してしまうとはっ! このポンコツ! へっぽこ! なにが運命の女神ですかこれではネプトゥヌスや他のいなくなった神々にも示しがつかないじゃないですか!」

 一頻り暴れまわったあと、フォルトゥナは艦長席に腰掛け、眼前の機器に倒れこむようにして突っ伏した。

「はあ……マスターの残り香を感じる……先ほどまで一緒にいた愛しいマスターの……。こんなことになるなら、もっと接し方を考えるんだった……。何も知らないマスターを導くためちょっとだけ背伸びしてたから。きっとマスターにも冷たい女だと勘違いされちゃってます。本当はこんなにもお慕いしているというのに。通信中ももう少し温かい言葉をかけて差し上げるべきだったわ……。うう、マスター……」

 怜悧な運命の女神の姿はもう見る影もない。
 そこにあるのは、さながら失恋に喘ぐ乙女であった。
 フォルトゥナは自らの過失をなおも呪い続けた。淳を一人で宇宙に行かせるほか方法はなかったのか。淳の創世の神としての力が覚醒するのを待てば、このアストラ号の武装も増設できたには違いないが。
 淳から生まれる宇宙の種の量も無限である一方で、フォルトゥナたちに残されている時間は多くはなかった。あの憎しプルトンの存在。それゆえに創世計画を早める必要があったのは確かな事実である。
 しかし活動拠点であるアストラ号を守るためとはいえ、ひとりここに残ったその判断は果たして間違っていたのだろうか。いちど考え出してしまえば疑念と後悔は尽きなかった。

「……いえ、大丈夫。まだ大丈夫ですよ、フォルトゥナ。私とマスターにはまだ運命の契約があります」

 暫くして落ち着いたのか、フォルトゥナの思考が次第に上向きになっていく。
 運命共同体。両者の間に結ばれるもの。片方が潰えれば、もう片方も同じく沈む。その代価として、両者は視覚や聴覚などの感覚を共有できるというもの。神の権能に由来するその通信能力が奪われた現状は、恐らく別の神の権能が働く領域に淳が立ち入ったことに起因するのだろう。
 だがいくらそうとは言っても、契約自体が無効になることはまず起きえない。つまりフォルトゥナがここでこうしてウジウジできている以上は、淳の命もまだ消えてはいないことは明らかなのである。

「感覚共有が遮断される寸前、私の目の前にはウーラの口腔が広がっていた。ネプトゥヌス、今はプルトンの力が働くその体内では、私の権能も不完全なものになってしまうのだわ」

 艦長席に座りなおし、冷静に分析を進めるフォルトゥナ。突っ伏していて垂れてきた麗しい金髪を片手で掻き上げると、コンソールを操作し前方のモニターにある画像を映し出した。

「今の私に出来るのは、マスターの無事を祈り今後の計画を練り直すこと。そのためにはマスターの目的である逸見柚乃なる人物について知っておく必要があります」

 画面に表示された少女は、生前通っていた高等学校の制服を軽く着崩し、クラスメイトと思しき女子と談笑しているところであった。
 セミロングの茶髪、整った容貌に校則に準拠した微かなナチュラルメイク。平均よりやや大きなバストにスカートから覗く太ももが眩しく映る。
 この美少女こそが淳の想い人であり、彼が創世計画に乗った主目的なのだ。その事実を、フォルトゥナは複雑な表情で認識していた。

「……私の方が胸は大きいですね。マスターへの想いもさることながら。それにほら、運命の女神だし私。翼だって生えてるし。笑顔とか愛嬌は……まあ練習すれば? ぜんぜん負けてないですしっ」

 柚乃の画像をバストアップにして注視し、フォルトゥナは両の頬を指で弄んで負けん気を露わにした。
 いつもは自己主張の乏しい彼女にも、その実ひときわ大きい嫉妬心が隠されていたのだ。

「……って、ダメですよフォルトゥナ。彼女はマスターにとって大切な御方。マスターの前では平常心でいられるようにしないと……」

 それから暫く、アストラ号の艦長室ではフォルトゥナがコンソールを操作する音だけが断続的に鳴っていた。

 ウーラ体内。心臓部。
 蒼海の神ネプトゥヌスの残留思念と相対していた淳は、ふと生じた背中の寒気に身を震わせた。

(なんか今、誰かが俺の噂していたような)

 意味もなく視線を彷徨わせてみるが、ウーラの禍々しい内壁と蒼く輝くネプトゥヌスの他に景色は変わらない。
 気を取りなおした淳は改めて今しがた蒼海の神からもたらされた提案について考える。そして、滑稽にも一度目と同じ結論に至った。

「キスって……ドウイウコトデスカ?」

 対するネプトゥヌスは相変わらず俯いたまま。心なしか、その顔は赤く見えた。

「えっとぉ……ですからぁ、わたしの力を継承し、活用するためには儀式が必要なのですっ」

「それが、キスなのか……!?」

「は、はい」

 このとき、理解できるキャパシティーを遥かに超えた淳の理性はろくなものではなかった。

(それまじ!? こんな可愛いロリッ子と合法的に接吻できるとは! 生きててよかったぁーいや実際まだ死んでるようなものなんだけどていうか参ったなぁーファーストキッスは柚乃ちゃんに捧げるつもりだったけどその柚乃ちゃんは助けるために必要なことだってんだもんなあ仕方ない仕方ないわ、うん)

 非日常的な体験が連続し、淳の思考はとっくにオーバーヒートしていた。恋心だとか貞操観念だとかそういった綺麗なものよりも、汚らしくも本能的な欲求が溢れて止まなかったのである。

「ウェルカム、ネプトゥヌスちゃん。早速始めようか」

「え、ええっ!? わたしからですかっ? そんなぁ、畏れ多いですよぅ……」

「いいんだ。ウーラを止めるためだろ? どんと来い、どんと!」

「……そう、ですよね。せめてわたしにできるのはこれくらい……淳様ならプルトンさんにも対抗できるはずですから……!」

 漂うようにネプトゥヌスの小さな身体が淳に近づき、若干の躊躇いの後、両者の唇がそっと触れあう。肉体的な触感、温度は全くと言っていいほどない、あくまでも精神的な行為である。それでも淳は確かに高揚していた。数奇な人生で初めて体験する男の春、その一端には違いなかったのだ。
 思念体同士が仮初の触れ合いを為した瞬間、ネプトゥヌスの身体は寄せては返す波のようなうねりを伴って虚空に掻き消えた。
 その突然の消失に驚く淳だったが、すぐさま彼の脳内に声が響いた。

(安心してください、わたしの意識は淳様と共に。そして今、わたしの中に残った力は完全に淳様へと引き継がれました)

 どこからともなく、さながら木霊のように。けれど優しく、それは淳の耳へと届いた。
 言葉の通り、淳の中には力が漲るような感覚があった。そしてその力を振るえば、あのウーラを止めることもできると本能的に理解していた。

「本当にいいのか? この力を使えば、君のペットを滅ぼしちゃうかもしれないんだぞ?」

(うぅ……それは確かに可哀想ですけど。宇宙のためには犠牲になってもらうしかないっていうか。それにウーラはプルトンさんに汚染されちゃったので、もうわたしが使役していた頃には戻ってくれないんです)

「……そう、意外とドライなのね」

(そ、それよりもっ! 権能を受け継いだ今の淳様ならばウーラの体内からも脱出できます。さあ、早く行きましょうっ!)

「ああ、分かったよネプチー」

(なんですかその呼び方はっ!?)

「いや、ネプトゥヌスだと長いからさ。友好のしるしに渾名を考えてみた。可愛いだろ?」

(か、可愛っ!?)

 実体があれば、まるで今頃は茹でだこのように顔を赤く染めているのだろう。照れるネプトゥヌスに、淳は口角が吊り上がるのを抑えることができなかった。
 それからややあって立ち直ったネプトゥヌスの声が頭に響く。どうやら遊んでいる時間は残されていないようだ。

(いいですか、淳様? 大事なのはイメージです。わたしがかつて使役していた武装、蒼海の槍を――すべての始まりである海を宿した力を想像してください)

 ネプトゥヌスの幼く、どことなく舌足らずだった声が、神聖さを伴った偉大な雰囲気へと変わっていく。
 淳は内心で驚きつつも、言われた通り自らに宿った力へと意識を集中させた。
 フォルトゥナとの契約を示す、黄金に輝く運命の権能のすぐ近く――海と水を司る蒼く光る波動を心の中で感じ取る。
 頭の中で槍の形を象り、前に向かって右腕を伸ばす。その次の瞬間、淳の手には一筋の光が煌めき、やがて一つの槍へと変貌した。
 青い柄と波のように揺らめく三つ叉の刃。光の粒子で構成されたそれは、正しく海神の得物に相応しい威容であった。
 使い方は言われるまでもない。淳は両手で構えた槍をウーラ体内の内壁に向けると、全身全霊で振るってみせた。
 蒼海の槍の切っ先に帯びる光が衝撃波となって飛んでいく。それは瞬く間に禍々しい色の内壁に到達すると、眩い爆発を引き起こしてウーラの身体に大きな穴を空けた。
 懐かしさすら覚える漆黒の宇宙。淳の身体は吸い込まれるようにそこへ誘われていく。

「ウオオオオォォォ――!」

 痛みを感じるのか、ウーラが悲痛な叫びを上げる。
 淳の中にいるネプトゥヌスは一瞬だけ同情の声を漏らしたが、すぐに決意に満ちた口調で続けた。

(ウーラの力の源は額にある角ですっ! そこを切断できればあとは……)

「力で押し切るってわけだな? よしっ、創世の神と蒼海の女神の合わせ技、見せてやろうぜネプチー!」

 広大なる宇宙空間を、淳はさながら自身の庭のように滑らかな動きで泳いでいく。そして胸部に穴を空けられ憤慨している様子のウーラと正対すると、先ほどやってみせたように蒼海の槍を前方へ翳した。
 狙いはもちろん、一角獣の額だた一点。

「喰らえっ!」

 槍を振るえば、切っ先は光り、蒼き波動が宇宙空間に広がる。それは水面に広がる波紋のように漆黒の宙を伝い、凝縮された力が星獣ウーラの一角へと届いた。

「オオォォォ――!」

 ウーラの虹色に輝く角は、果たして水の衝撃波の威力に砕かれた。根元から断たれ、粗い岩肌の如き切断面を惨たらしく露わにしている。
 確かに蒼海の槍の力は、同じく蒼海の権能によって生み出された星獣と相性がいいらしい。加えてプルトンの傀儡となった影響により、権能に対する抵抗力を失ったと、淳の中にいるネプトゥヌスは冷静に分析を行っていた。

「流石は創世の神であるマスターですね。もうネプトゥヌスの力を自らの手足としているとは」

「……! その声は!」

(フォルトゥナさん! ど、どうも……お久しぶりですぅ)

「ええ、お久しぶりでございます。マスターのために戦い、実体を失ってなお私たちにお力を貸してくださったこと、感謝の念が尽きません」

(い、いえいえ……淳様の部下として当然のことをしただけですよぉ……)

 淳とフォルトゥナは感覚を共有した運命共同体であるゆえに、フォルトゥナは淳の中にいるネプトゥヌスとも会話ができるのだろう。
 ただその会話はどうにも上辺だけ、というより社交辞令にも似たよそよそしさを感じさせる。

「もしかして、お前たち……思ったより仲が悪いのか?」

「いえ、まったくそんなことは。私が通信できなかった間にネプトゥヌスと何をしていたとしても、全然気になっていませんからっ」

(あうぅ……もしかしてバレちゃってますか、これ……)

「……逸見柚乃に一筋というお言葉は嘘だったようですね。マスターの破廉恥」

「いやいやいや! 何を言っているんだよ、ネプチーとその、しちゃったのは成り行きというかどうしても必要なことで、気持ちは違うっていうか……」

「……ネプチー?」

(淳様、わたしのこと、嫌いだったんですかぁ……!?)

「だーーっ! つうか今はウーラを倒すことが先決だろ! 角を失って弱ったとはいえ、本体を倒さなきゃ地球を創れねえんだろ?」

 美少女二人に迫られるのは満更でもない淳だったが、気恥ずかしさのほうが勝って強引に話を元の流れに戻すことにした。
 フォルトゥナもネプトゥヌスも真剣な声色でそれに応える。

「その通りです。星獣が喰らう塵とガスが地球の誕生には不可欠ですから」

(プ、プルトンさんに好き勝手やられている現状を変えるためにも、早く創世計画を進めないと、ですっ!)

「ああ、柚乃ちゃんを生き返らせるためにもな!」

 二人の思念が淳を通じて蒼海の槍に伝わり、その輝きが強烈に増していく。この力を以てすれば、星獣を滅ぼすことも可能だろう。絶対的に確信する淳。対してウーラは、増幅される槍の力を恐れたのか、鳴き声を上げながら半狂乱のまま淳のほうへと突進してきた。

「ごめんな、ウーラ。恨むならプルトンの奴を恨めよっ!」

 闇雲に向かってくるウーラの巨大な額を、蒼海の槍が放つ眩い光が受け止める。
 両者は暫く拮抗していたが、やがては槍の力が上回り、ウーラの傷ついた額はもちろん宇宙を反射する半透明の体表をも一気に刺し貫いた。

「アアァァ――!」

 青き光の刃に貫かれたウーラの全身はとてつもない勢いで収縮すると、さながら超新星爆発のような尋常ではないエネルギーを伴って一気に拡散していった。
 白に染められる景色。このとき淳に物質的な肉体があれば一瞬にして命を落としていたことだろう。
 そのような益体のない思考が脳を掠めるなか、開けた視界の向こう側、ウーラの爆心地には見慣れないものが誕生していた。

「赤い、星……? 随分でっかいな……」

「あれが地球の元となるのですよ、マスター。長い年月を経てマグマが冷え切り、海となり、生命が育まれるのです」

「そうか……俺は、ついにやったんだな……」

「何を言うのですか、まだまだ始まったばかりですよ? ……取りあえずアストラ号に戻ってきてください。今後について話し合いましょう」

 フォルトゥナの通信を聞きながらも、淳の意識は目の前の赤い惑星に凝らされていた。
 その胸の内には、自らが為した所業への達成感と、これから起こるべき生命誕生への期待が混在していた。

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