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雑色の路地にタマシイをなくすこと

黒濡れたアスファルトはトラップだ。そこら中に穴があいていて飛沫が靴にかかる。行きかう人もなく(行きかうスペースのない「片側一人線」)路上放置の植木鉢や室外機を除けながら、うんざりする。右へ強制的に曲がると軒が迫る。いよいよ路地なのか私道なのかわからなくなってきた。目線より下の赤黒いトタン屋根が水を滴らせて肩を濡らす。まったく何でこんなところをとおらなきゃならない。人の気配が濃厚だ、息をひそめてガラス戸が開く前に~ガラッとやられたら叫ばれそうだ~通り過ぎてしまいたい。じゃりじゃりと音がくるぶしまで浮き流れていく。急ぐのだ。特に急ぎの用事ではないが急いでいる。路地にたちこめる驟気が形にならず、傘をささないで済んでいるのは幸いだ。

濃いグリーンの広がりに出た。あたりは人っ子一人いない。ブランコの音が静かに聞こえるものの、視認できない。鈍い空を見上げ一息つく。振り向くとそこには薄の原が広がって、枯れた穂のひとつひとつから雫が滴っている。こんな中を通り抜けてきたんだから濡れるのだ。一本の薄に小さな丸い籠が見える。鳥か?よく見ると何本もの薄が束になり、丸い巣を支えている。その後ろにも同じような籠がぶら下がっている。籠は連続して蛇腹のように薄の原に続いている。手前の巣には空き抜けの穴があいていた。目を押し当てると、穴は連続して遠くつながっている。路地の遠くから何かが近づいている。怒りに満ちた瘴気が頬を打つ。びっくりして伸びあがると鼻の長い小人が出口から顔を突き出し怒鳴っている。あの路地は私道だったんだな、余計なことになった。振り向くと森林の中からぎい、ぎいとブランコを揺らす音が聞こえる。私はあまりの剣幕に背を向けてブランコのほうへ体をくねらせる。歩くよりずっと早く、地面を滑りぬけていくと鉄の遊具が迫る。そこに座っていた中年男が言った。「くそ!」巨大な足裏が見えたかと思うと目の前がまっくらになった。私は雨のブランコに揺られていた。右足の下にはヤマカガシの頭が潰れていて、体だけがうねっていた。魂の在り処がわからなくなっていたが、自分で戻ってきた。本土でもマブイ落としということはあるんだなあ、と立ち上がり、右足を捩じった。このあたりにはまだカヤネズミが多いのか。(了)

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