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世界のど真ん中

僕は立っていた。世界のど真ん中に。

そんなことに気がついたのはついさっきのことだ。子どもの頃から、なんで太陽は自分を追いかけてくるんだろう?と不思議に思っていた。走っても走っても、バス停を2つ3つ過ぎたって追いかけてくる。
気持ち悪くすらあった。

「太陽がずっと追いかけてくる」

なんて、人に言ったことはない。家族にすら言えない。言ったら、変な子どもだと思われるのが怖かったのだ。

僕が育った小さな町では、噂話が町民の大好物だった。○○さん家の昨日の晩御飯はステーキだったらしい、というのはもちろん、最近○○さんが病院に来ないのは病気が悪化して体調が悪いかららしい、だとか、どうでも良い他の家の晩御飯の話、体調が悪いから病院に行くはずなのに真逆なことを噂話と言ってやいのやいの盛り上がるのだ。
噂話が大好物なのは大人ばかりではない。子どもだって、A子はB男のことが好きらしい、というありがちな噂はもちろん、あいつの靴下には穴があいている、だの、袖にご飯粒がついていてカピカピになっている、だの、ちょっとでもイジることのできるポイントがあろうものなら、よってたかってイジリ倒し、しばらくネタがない時が続こうものなら、1ヶ月以上も前の話を蒸し返し、”穴あき靴下”だの”カピカピライス”だの、またまたよってたかってイジり倒す。
決してイジメではないが、イジられた方は愉快ではないし、イジる方も明日は我が身である。率先してイジりイジられをやってる連中は、毎日毎日イジるネタを探し、我先にと目を血走らせているのだ。
そんな環境の中で、

「太陽がずっと追いかけてくる」

なんて言おうものなら、イジられるに決まっている。想像しただけで恐ろしい。
そう思い、僕はいつしか太陽のことなど気にせず生活するようになった。

もっと外の世界が見てみたい、視野を広く持ちたい。
と言うと、立派に聞こえるが、都会で暮らしたい、単なる都会への憧れ、その一心で僕は二十歳を前に都会に出た。

都会には人がいっぱいいてちっちゃい噂話で盛り上がることもない。噂話より他にもっとやることがあるのだ、楽しいことも大変なことも。なんだかんだで忙しい。建物も高く空が狭い。都会で暮らし始めてすぐに、僕は町での田舎暮らし、噂話で盛り上がる町民、それらのことは無かったかのように忘れてしまった。忘れてしまったというより、都会での生活に必死で思い出す暇も、その必要もなかったというのが正確かもしれない。
数年後、仕事で知り合った3つ年上の彼女と同棲をはじめた。彼女が仕事でいない土曜の昼間、近所を散策してみた。
アパートはリバーサイド、川沿いリバーサイドなのである。土手の道に出ると高い建物もなく、遠くを見渡せる。久々に見通しの良い風景を見た気がする。空が広い。
その時、久々に気がついた。

「太陽がずっと追いかけてくる」

僕は愕然とした。また、太陽が僕を追いかけてくる。田舎だけの話ではなかったのだ。都会と田舎は距離にして数百キロは離れている。数百キロ離れてもなお、太陽は僕を追いかけてくるのだ。
川沿いを全速力で走った。走って走って走りまくった。それでも太陽は僕を追いかけてきた。
どうして太陽は僕を追いかけてくるのだろう?僕は子どもの頃から考えたことがなかった。その気持ち悪さと噂話になるのが怖かったので逃げていたのだ。今は違う。少し考えてみた。

実は、子どもの頃から僕だけはイジられることがなかった。噂話になるようなこともなかった。それなりに気をつけていたからだと思っていたが、僕はイジられるどころか、むしろ町民は色んな噂を僕に教えてきたのだ。そんな噂話など好きではなかったが、あらゆる噂が耳に入ってきたので、町ではどのような話題で盛り上がっているのか?町民同士の良好な人間関係、険悪な人間関係、噂話ではあるがそんなトレンド情報が僕の元に集まった。僕は、いつしか町の噂話を全て知っている存在として有名になり、子どもから大人まで、幅広い層が僕に噂話を教える代わりに他の噂話を尋ねてくるようになった。

1度だけウソをついたことがある。お好み焼き屋のばあさんが噂話を尋ねてきた時のこと。
お好み焼き屋のばあさんは、酒屋のばあさんのことが大嫌いなことは知っていた。初恋の男を取った取らないだの、そういうくだらない理由だ。
だからお好み焼き屋のばあさんは酒屋のばあさんの都合の悪い噂話が欲しかったのだ。
一方、酒屋のばあさんはお好み焼き屋のばあさんのことを単なる幼馴染程度くらいにしか考えておらず、初恋がどうのという話も全く気にしていない様子。
お好み焼き屋のばあさんはしつこく、僕の顔を見るたびに、酒屋のばあさんの悪い噂話を欲しがった。
そのことが面倒臭くなって、僕はウソをついた。

「酒屋のばあさん、噂では下戸らしいよ」
「なんだって!?酒も飲めないのに、これはサッパリしてるだの、重いだの軽いだの勧めてるのかい!?ウソつきじゃないか!!あのババア!!」

怒った口調のお好み焼き屋のばあさんの表情は、かなり嬉しそうだった。
そもそも、僕のついたウソなのだが。

"酒屋のばあさんは下戸でウソつき"、そんな噂は一気に広まった。
酒屋のばあさんはその噂を大否定した。そりゃそうだ、その噂は僕のウソなのだから。勉強熱心な酒屋のばあさんはソムリエと唎酒師の資格を持っていたのだ。それでも、お好み焼き屋のばあさんは信じない。

「そんな資格なんぞ信用できん!みんなの前で飲んで証明しろ!」

と迫った。
酒屋のばあさんは多くの町民の前で、日本酒とワインの利き酒をすることとなった。
日本酒とワイン10種類ずつ。
見事に当てた。
酒屋のばあさんの悪い噂はウソだと証明された。僕がついたウソなのだから当然なのだが。
話がこれだけで終われば良かったのだが、酒屋のばあさんも年を取り過ぎていた。日本酒とワイン10種類ずつは少し飲み過ぎだった。家に帰ったあとひっくり返って、しばらく起き上がれなかったそうだ。
大事に至らなかったので良かったが、僕はこの件を機に、ウソをつくことをやめた。

そんなことを思い出し、僕は確信したのだった。

僕は立っていた。世界のど真ん中に。

僕を中心に世界が回っているのだ。
ターンテーブルで言うところのスピンドルみたいなもの。そこを中心にレコードが回転し音楽が奏でられる。世界は僕を中心に動き、様々な物語も紡がれていく。

そんな興奮を抑えながら部屋に戻ると、彼女は既に仕事から帰ってきておりコーヒーを飲んでいた。

「おかえり。あなたも飲む?」
「うん。ちょうど美味しそうなドーナツを買ってきたところ。あと、美味しそうなチーズがあったから買ってきたよ。ゴーダチーズ」
「あら奇遇ね。私、赤ワインを買ってきたの」

やっぱり。僕を中心に世界は回っているのだ。
その興奮を抑えきれずに僕は彼女に話かけた。

「ねぇ。笑わないで聞いてくれる?」
「なに?なんだか嬉しそうだけど」
「ちょっと気付いたことがあるんだ。言ったら頭がおかしくなったんじゃないかな?と思われるかもしれないけど、間違いないって思って」
「あなたがちょっと変なのは知っているから大丈夫よ、言ってみて」
「どこが変なんだよ。。。まぁ、良いや。さっき気がついたんだけど、僕は、世界のど真ん中に立っているんだ」
「。。。。。」
「つまり、世界は僕を中心に回っているんだ」
「それはそうでしょうね」
「え!?驚かないの?」
「ええ。ちっとも」

驚かない彼女に僕が驚いた。だから細かく説明した。なぜ、僕が世界のど真ん中に立っているのか?、世界は僕を中心に回っている理由、田舎での暮らしのこと、そして太陽が僕をずっと追いかけてくること。

散々、話をすると日が暮れていた。

彼女は笑った。

「田舎の暮らしのことはただ可笑しいだけでよくわからないけど、私が言っているのは、みんなが自分の人生の主役だってこと。だからあなたの人生はあなたが世界の中心なんじゃない?って」
「はぁ。。。」
「なんなら私だって、世界のど真ん中に立ってるわよ。コーヒーを飲んでたらドーナツが現れた。ワインを買ったらチーズが現れた。あなたと一緒に。そして私はあなたに会いたいと思っていた。すべて私を中心に回っている」
「ホントだ、、、ね。まるで僕が君の脇役みたいだ」
「それは私の人生だもん、主役は私、あなたは脇役。あなただってそう思ったんでしょ?ドーナツとチーズを買ってきたら、コーヒーとワインがあった。しかし、太陽が追いかけてくるって、あなた何歳よ笑。小学生の時、友達とそんな話で盛り上がったりしなかったの?」
「そんなこと言ったらイジられるかもしれないって言っただろ」
「そんな田舎の話はよくわからないけど、私だって小学生くらいの時盛り上がったものよ、太陽が追いかけてくるって」
「え!?君も太陽に追いかけられていたの?」
「やっぱり、あなた、ちょっと可笑しいわ。ちょっと散歩に行きましょう。月が綺麗よ」

僕たちは月明かりの下、川沿いの土手を歩いた。
彼女は歩きながら月を見て言った。

「綺麗な月ね。ほら、月も追いかけてきてない?」
「!!ホントだ!!」
「ちょっと走ってみる?」

しばらく走ってみた。確かに太陽と同じように月も僕を追いかけてきた。

「ほらね、追いかけてくるでしょ笑。こんなことやるのって何年振りかしら笑」

彼女は楽しそうに笑った。太陽や月が僕を追いかけてくる理由は、太陽や月がずーっと遠くにあるからそう見えるんだ、って彼女が説明してくれたがよくわからなかった。
僕がわかったことは一つだけだ。

僕たちは立っていた。世界のど真ん中に。

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