サ・ン・パ・イ-ある男の夢の話- 前編
朝早くから世田谷を出発。
朝食として用意してあったコンビニの袋に入ったものの中からブラックコーヒーとハムタマゴサンドを頂く。
どこに向かっているかわからない車の助手席で、僕は朝食を取りタバコを吸い、ビデオカメラのバッテリーとテープ、動作の確認を済ませ、暇を持て余していた。
車は埼玉県に入ったようだ。
交通標識でわかっただけで、車窓には木々と畑、遠くに山という風景が延々と続く田舎道を走っている。
たまにはこういう景色も良いが、すぐに飽きてしまう。
ちょっと大きな道に入りしばらくすると、交差点近くのコンビニ駐車場に車は止まった。
ちょっと待ちの時間とのこと。
コンビニの袋にはまだ3本のブラックコーヒーがある。2本取り出し、運転席と目の前のドリンクホルダーに入れた。2杯目のブラックコーヒー。
「あのトラックを狙え!」
突然、運転席から指示があった。
助手席の僕は指示に従い、ビデオカメラのRECボタンを押した。
前方を走るトラックのナンバープレートをアップでおさえた後、ズームアウトし、車体がカメラの中心に位置し周りの景色も見えるように画角を固定した。
案内標識が見えるとどこら辺を走っているかわかるようにそれをおさえながら、カメラをずっと回し続けた。
2日前に時間を戻す。
時は2000年代前半、メルマガ全盛期。
日々どこかで、「効果を爆上げする!メルマガの秘密!」みたいな講演が行われ、人気講師がポロポロ出現していた時代。
某有名講師の講演を週1で収録するという仕事をすることになった。
親分気質の知人・村田さんから、「ここの餃子が旨いんだ」と連れて行かれた事務所から近い町中華で依頼されたものだった。
確かに餃子は美味しかった。青椒肉絲なんかもツマミに心ゆくまで飲ませていただく。
村田さんはその某有名講師に講演の撮影を頼まれたのだと。
某有名講師は撮影したDVDを自分の信者に売り、村田さんは撮影とDVDプレスとパッケージ製作を請け負ったと。
その上、当時ではなかなか珍しいインターネット配信も目論んでいた。
「ひょっとしたらひょっとするかもしれないだろ!制作費は頂いて、ネットでの収入は経費別の折半、悪くないだろ」
「その講師って有名なんですか?初めて聞きましたけど」
「その界隈では有名らしい。信者が沢山いるっていうんだから」
「そうなんですね。じゃー、信者が買ってくれるなら儲かりそうですね。儲かったら分け前くださいね」
「もちろんだ、まかせろ!」
ザックリとそんな話だった。
メルマガ出して売り上げ上がるんだったら楽ちんなもんだなぁと思いつつも、当時は出始めの手法でインターネットビジネスを始めようとしている人はこぞってその手の講演に通い、言われた通りに実践すると売り上げが上がっていたようだ。
みんな信者化現象。
講演収録の初日、キャパ200人の会場は満員御礼。ホントに人気講師なんだと感心した。
翌週も満員、その翌週も満員。
2時間程度の講演を聞くだけで8,000円くらい。決して安くはないのに。
みんな信者。
金を払って参加した講演で得た知識は、自分だけが儲けたいから簡単には外部に漏れない。
確かに、ネット配信イケたりして。
ひと月くらい経った後、ギャラを確認してなかったことに気づいた。
どうせ、全然客が入らないですぐに終わるだろうと思っていたからだ。
しかし、実際は違った。
毎回200人集客して1人8,000円、160万円。月に4回で640万円。
人も沢山入ってるしギャラも沢山貰えると良いなと思いつつ、撮影終わりに事務所で村田さんに聞いた。
「この仕事のギャラっていくらなんですか?」
すると村田さんはちょっと怒りを宿した目で、
「すまない、ちょっと待ってくれ。トラブってて。今日の撮影を最後にとりあえず行かなくて良いから」
「え!?ノーギャラとか嫌ですよ!」
「それは大丈夫。今までの分は回収するから」
「ホントに回収できるんですか?そもそも講演会、毎回結構な人入ってますよ。お金が無い訳じゃないでしょう」
「急に辞める、お金も支払えないって言ってきやがったんだ!」
急展開。
仕事をする時、「どうせ頓挫するだろう」なんて思っても、座組みとギャラは前もってキチンと決めておくこと。
これは、本当に大切なこと。
「ちょっと、どういうことですか!?毎週撮影してたのに」
「大丈夫、稼働分は回収する。準備はできてる」
と、話をしていると、事務所のチャイムが鳴り、人が入ってきた。
「久しぶり。悪いね」
と村田さん。
薄い色付きメガネ、中肉中背、アロハシャツに7分丈のパンツ、ゴツい腕時計、どれも質の良さそうなモノだ。見た目は、This is インテリヤクザ。
ヤバそうな人だなぁ、というのが第一印象。
「こちら、森さん。昔からの知り合いで裏ロムのサラブレッド」
"裏ロムのサラブレッド"!?
まぁ、よくわからないけどヤバそうなのはわかる。なんてったって"裏"だし。
いきなり"裏ロムのサラブレッド"とは?と聞くのも不躾だと思い、
「はじめまして」
と挨拶をする。
「はじめまして」
と森さんも挨拶してくれた。
そして、3人で町中華へ。
森さんは見た目とは違い、物腰が柔らかく気さくで話しやすい。とても頭の回転が早く、実に色々な話題を提供してくれる人で、大いに盛り上がった。
なんだ、いい人じゃん。大半の話は大きな声では言えないような話だったが。
"裏ロムのサラブレッド"と言われる所以を教えてもらうも、それはまた別な話。
村田さんは森さんに某有名講師からの回収、取り立てのヘルプを頼んでいたのだった。
町中華での3人の宴はその為の打ち合わせ、というか、キッチリ取り立てるぞ!という決起集会。
日時も場所も決まっていた。
取り立て当日を迎えた。池袋21時@古い居酒屋。
某有名講師は来るのだろうか?
まんまと取り立てられに?、いや、本人は取り立てられるとは思ってないのだろう。
話し合う、もしくは、払えない理由でも言いにくるくらいな感じなのだろうか。
村田さんの見た目も迫力あるが、森さんの見た目はインテリヤクザ、この2人が並んでいる姿を知らない人が見たら怖くない訳が無い。
店には僕ら以外の客はいない。
飛んで火にいる夏の虫。
某有名講師が居酒屋の扉を開けた。
店内を見た瞬間、顔が強ばり、動きが止まった。
その瞬間、
「あなたが某有名講師さんですか。こちらにお座りください」
森さんが、大きく通る声で言った。逃げる隙を与えない絶妙なタイミング。
そこからは、森さんが終始丁寧な言葉遣いと絶妙の緩急、契約書を読み契約違反であることを淡々と説き伏せるといった一方的な展開。
取り立てというから、大声で怒鳴り散らし、罵詈雑言、机を蹴る、ドンドン叩く、など色々想像していたが、静かに説き伏せるという、想像とは真逆の、むしろ怖い展開。
「契約書あったんですね」
「当たり前だろ、契約書もないのに取り立てなんて危なくてしょうがない」
「ただでさえ誤解されやすいですしね、見た目で」
「うるせーな。だから、"ちゃんと"やるんだよ」
村田さんはそう言うが、これは"ちゃんと"してるんだろうか?
疑問は残るが、しっかりと稼働分は支払うことを約束し某有名講師は帰っていった。
「ネット配信で一儲けと思ってたんだけどなぁ」
村田さんは飲みながら愚痴っていた。
撮影も途中で終わり、DVDプレスもインターネット配信も無くなり、見込んでいた売上と期待した売上が無くなったのだから仕方がない。
「そういえば、ビデオ回せるんだっけ?」
森さんが聞いてきた。
「はい、普通には回せますよ」
「明後日、暇?」
「仕事ですか?空いてますけど」
「じゃー、8:00に迎えに行くよ」
「はい、わかりました」
あ、ギャラの設定するのをまた忘れた。今回は仕事内容すらわからない。
時は現在。
「あのトラックを狙え!」
運転席の森さんが言った。
助手席の僕は指示に従い、ビデオカメラのRECボタンを押し、前方を走るトラックのナンバープレートをおさえた後、カメラをずっと回し続けた。
ただRECボタンを押して目の前のトラックを追うだけでなく、どこを走っているのか?曲がる先の方向には何があるのか?など、様々な情報が画のなかに入るように。
何故トラックを追っているのか?どんな風に撮れば良いか?この映像はどう使われるのか?そしてギャラはいくらなのか?。ほとんど何も分かってない状態での仕事。
それも2日前、淡々と怖い取り立てを遂行した森さんの発注だ。少し恐怖。
万が一やらかしたら、明日は我が身かもしれない。
何が地雷かわからないが、こういう時は考えうることは全て盛り込んだ方が良い。
仕事で自分がされて嬉しかったことを思い出す。
花火の撮影した時、打ち上がる花火、打ち上がった花火を見るタレントのリアクションを撮ればOKだった現場。
撮影を終え、編集室で撮影素材をチェックしていると、カメラマンのひとりが花火を見るタレントのバックショットを勝手に撮っていた。
遠くに打ち上がる美しい花火を見るタレントのシルエット。
なんとも美しい映像で、編集時に非常に助かったと同時に、カメラマンってすごいなぁと感心した記憶。
よし、そこを目指そう。と必死で画作りを試みる。
そんな想いとは裏腹にトラックは山道を進む。
行けども行けども山道。画がほとんど変わらない。ひと山越えたんじゃないか?と思ったあたりでイマイチ仕事が出来ていないかもしれないと不安に思い話しかけてしまった。
「これって、何撮ってるんですか? あ、しゃべっちゃっても良いですか?」
「うん、大丈夫。音は使わないから。何撮ってるのかって、サンパイだよ」
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