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〈短編小説〉あれからの話だけど Bonus track 第5話


 本屋のレジに立っていると二週間ぶりに金澤さんが来た。本を持たずにずんずんと僕に向かってくる。

「私、結婚することになった」

「随分急ですね」

「急だよね。私が一番急だと思ってるよ」

 金澤さんは薬指の指輪を見せてきた。

「プロポーズされて即オッケーした」

「あの半同棲の彼氏ですか?」

「違う。あれとは二週間前に別れた」

 じゃあ誰なんですか、と僕は驚いてレジで前のめりになっていた。

「別れた日に高校生の時に好きだった人から奇跡的に連絡あってさ、もう別れた勢い? で、次の日に会ったら余計かっこよくなってるじゃんって感じで」

 それでプロポーズされた、と金澤さんは言った。

「え? それで金澤さんはオッケーしたんですか?」

「したよ。結婚したかったし、彼、お金持ってるし」

 そういう詐欺なんじゃないかと疑ったが金澤さんは既にお互いの両親との顔合わせを済ませていた。あっという間に結婚してしまった金澤さんは幸せそうに見えた。

「そんな急に結婚できるもんなんですね」

「まちくん、優美ちゃん待ってるからね」

 金澤さんが優美の名前を突然持ち出してきたので拍子抜けしてしまった。

「なんで村上さんの話になるんですか」

「まちくんはまだ二十四歳だけど優美ちゃんは二十九だからね。もうすぐ三十だよ? 焦るよそりゃあもう」

 そういう素振りを優美は見せないのでこれは金澤さんの気持ちなんだろうと思った。

「でもね優美ちゃんはまちくんを自分の年齢のせいで縛りたくないわけ。結婚しないうちはまだ自由だから」

「結婚してもしなくても自由なんじゃないんですか?」

 僕は金澤さんの言う自由の意味を履き違えているような気がしたが、嘘か真実か分からない優美の結婚に対する考え方について金澤さんにとやかく言われることに苛立っていた。

「違うよ。結婚するってことはお互いに縛り合うってことだから。まちくんは優美ちゃんに自由を与えられてるだけだよ」

 結婚したばかりの金澤さんが結婚の真理のなにが分かるのか僕には分からなかったが、優美から自由を与えられているという部分にいたっては核心を突かれた気持ちになり、しかしそれがなぜ核心なのか定かではなかった。

「そうかも知れないですね」

 言葉そのままにうなづくことはできなかった。

「結婚もね、案外悪くないよ」

 金澤さんの目に哀れみを見た気がした。




(第6話へ続く)




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