掌篇小説 人魚の鱗

 少年は人魚から鱗を貰いました。人魚の鱗です。それは太陽に透かすと七色に輝きました。
 少年はそれを街の知り合いたちに見せて回りましたが、ひとりとしてそれを人魚の鱗だとは信じませんでした。誰も人魚の鱗を見たことがなかったからです。少年はその鱗が人魚のものであると証明する手立てを持っていませんでした。
 その夜、少年は間違いなく人魚から鱗を貰ったのだと頑なに信じて眠りましたが、翌朝目が覚めるとそれは夢であったような気がして、鱗は昨日と変わらず朝日を浴びて七色に輝いたものの、鱗をくれた人魚の顔を確かには思い出せませんでした。
 彼らの言った通りその鱗は人魚のものではないのかも知れないと少年は鱗を机の上に放り投げました。すると鱗は輝きを失って灰色になりました。
 ああやっぱりこれは人魚の鱗だったのだ、そうでなければ瞬きもしないうちに灰色になんかなるものか、少年はそう思いましたが鱗は灰色のままでした。
 少年は再び街の知り合いたちに人魚の鱗を見せて回りましたが灰色の鱗を誰も人魚の鱗だとは思いませんでした。少年が見せて回ったそれはまるで泥水を吸ったように輝きを失った鈍い色の鱗だったのです。



〈縦書き版〉

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