〈短編小説〉あれからの話だけど Bonus track 第6話
優美と夕食を一緒に食べようという話になり、なにが食べたいか定まらないままファミレスになだれ込んでいた。ファミレスならなんでもあるよね、と安易に入った店はかなり混んでいて、でも既に入り口を通ってしまった手前、もう後戻りはできなかった。
呼び出しボタンを押しても店員は中々注文を取りに来なかった。頼むつもりのないデザートのメニューを眺めているとようやく店員が席にやって来たが、新人なのか注文がスムーズに通らない。ざわつく店内で声が聞き取りづらいのか、二、三度メニューを繰り返すとようやく注文が通った。
「店員さん、大変そうだね」
優美はそう言って店内を見回した。家族連れに仕事終わりのサラリーマンらしき姿や学生服を来たグループ、男女のカップルなど、様々な形の客が客席の中でひしめいていた。
「金澤さん、結婚したんだって」
そう言ったのは優美だった。僕から優美にその話をしようと思っていた。
「この前、本人から聞いた」
こうやって薬指見せてさ、と優美に僕の左手の薬指を見せた。指輪はしていない。優美はくすりとも笑わなかった。
「なにか聞いた?」
優美が言う「なにか」が指し示す意味は多分僕が思った通りの内容だったが、金澤さんが高校の同級生と結婚した話以外なにも聞いていないことにした。
「急でびっくりしたよ、本当に」
「私もあんな風にほとんど知らない人と結婚できるのかな」
それはどういう意味なのかと一瞬勘繰ろうと思ったがやめた。
「どうだろう、僕はできそうにないけど」
「まちくんはできるよ」
優美はそれが当たり前でありきたりだという感じだった。
「まちくんは多分、私と別れてもすぐに結婚できるよ」
そんな気がする、と優美は呟いた。
「なにその別れる前提……」
「私は結婚したいよ」
厨房で皿の割れる音が聞こえて、ファミレスの店員は一斉に「失礼しました」と言った。僕は皿が割れた音の方向を見たが、優美はじっと僕だけを見ていた。料理はもうしばらく来なさそうだった。
「でもまちくんが結婚したくないって言うなら私は別れるよ。私は結婚したいから」
「待って、結婚したくないなんて言ってない」
「じゃあ結婚しようって言ってよ」
その時とっさに結婚しようと言えばよかったのに、あからさまに閉口してしまった。優美は次の言葉を待っている。でもどんな言葉を待っているのか一言も正しく想像できなかった。
「まちくん。私はね、まちくんと結婚したい」
優美は目の前にいるのに、いままでで一番遠ざかっていくように感じた。遠くの優美がテーブル越しに僕へ投げかける。
「でも私はもう待たないよ」
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