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〈短編小説〉あれからの話だけど Bonus track 第9話


 佐倉真琴はまたいつものように本屋に来た。彼女はここへ僕に会いに来る。そう分かっていたから今日で彼女との最後のドライブにしようと思っていた。だから僕もいつものように「ドライブに行こう」と小声で誘った。

 本を交換するカフェを回り終わった後、コンビニに立ち寄ってアイスクリームを買った。大福の餅の生地でバニラアイスを包んだものが二つ入ったアイスクリームだ。それを彼女と一個ずつ分け合った。買った後に食べるために使うスティックが一つしかついていないことに気づいて僕は手掴みでそのアイスクリームを食べた。

「まこちゃん」

 いつだったか、彼女が問いただすように僕の名前を呼んだ時があった。あれは優美のいるカフェへ本を交換しに行った時だった。まちくん。彼女は本当は何か別に言いたかった言葉があったのかも知れなかった。僕はただそれを確かめたかった。

「なに?」

 彼女は口の端に餅の生地についていた白い粉をつけ、アイスクリームにかぶりついた勢いそのままに餅を伸ばしていた。君はいつもそうやってかわいくて幼くて、未来は無限にあって、焦りを知らず、行こうと言えばついて来て、どこまでもどこまでも僕がいる場所へとずっと彼女が追いかけて来てくれるなら、それもいいんじゃないかと瞬間的に思ってしまった。

「これ以上物語を増やせば誰にも追い越せなくなるよ」

 伸びきった餅が千切れた。それから佐倉真琴はアイスクリームの断面をじっと見ていた。じっと見て、じっと考えているようだった。それはしばらく続いた。

 遠回しな言い方かも知れないと思った。でも僕は彼女を遠回しにしか求めてはいけなかった。

「えっと、あの……。ごめんなさい」

 謝る佐倉真琴と目が合った。僕は心の底から安心した。全部僕の勘違いだった。どこまでもついて来てくれると思ったのは僕の思い違いで、佐倉真琴とはここまでだ。

「まこちゃん、口に粉ついてる」

 そう言って指差した自分の手にも餅の粉がついているのに気づいた。佐倉真琴の口元を拭くふりをして僕の手についていた粉を頬に塗りつけた。その頬は思った通りに柔らかかったし、佐倉真琴の顔にふれたのはそれが初めてだった。車のバックミラーに映った自分の顔を見て佐倉真琴はわあっと笑って、それが面白くて僕も同じように笑った。大きな声を出して二人で笑った。




(第10話へ続く)




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