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〈短編小説〉あれからの話だけど Bonus track 第8話


 優美とは連絡が取れないでいたが、ほとんど毎日のように本屋へ来るまこちゃんと本屋で話をしたり、たまに本屋の車の助手席に乗せて他に取り引きのあるカフェなどに一緒に行った。

「私ね、本当にいまなにもしたくないなーって思ってるんだよね」

 運転に疲れ、コンビニの駐車場に車を停めた時に彼女は言った。

「就活は?」

「就活もしたくない」

 彼女は、いつかやらなきゃいけないのは分かってるんだけどね、と笑った。

「まちくんが構ってくれるからしばらくはいいかな」

 構ってくれるってなんだろうと思って僕は吹き出したが、実際に僕は彼女を構っていたし、ドライブに行こうと誘うと必ず乗ってくれる彼女に僕も構ってもらっているのかも知れないと思った。

「いつか本当にやらなきゃいけない時が来るからさ」

 そう彼女に言ったつもりだったが、自分に言い聞かせたようでもあった。優美といつか話し合わなければいけなかったし、僕自身の答えを出さなければ優美には会えない。いつかやらなきゃいけないのは僕も彼女と一緒だった。

「そうだよね、焦った方がいい?」

「分からない。ずっと焦らないでいたから」

「まだいいかな?」

 僕はその問いになんと答えたらいいか探してみたものの、僕の中に答えがなかった。

「じゃあ帰ろっか」

 コンビニの駐車場から車を出すとその話はそこで終わった。


 二週間前に結婚報告をしに来た金澤さんがまた本屋に来た。金澤さんと結婚した男とはどんな人なのか聞いてみようと思ったが僕よりも先に金澤さんが話し始めた。

「まちくん、他の女の子に手を出してるでしょう」

 真っ先に彼女のことが頭に浮かんだ。でも手を出している訳ではないので、出してないですよ、とすぐに否定した。

「見ちゃったよ、この前、車に一緒に乗ってるところ」

「いいじゃないですか、車に一緒に乗ってるくらい」

 それより金澤さんの旦那さんってどんな人なんですか、と話題を変えようとしたが金澤さんは引き下がらなかった。

「なんでもない時だったら私だって適当に見逃すけれど、いまは見逃せないの」

 そういう男を私は許せないから、と言って金澤さんは静かに怒っていた。

「分かってます。僕も。でも分かりませんよ」

 分からないから探してるんです、とぼそぼそと言った僕の言葉が金澤さんに聞こえたかは定かではなかったが、探しているのは間違いではなかった。

「じゃああの女の子と一緒にいれば見つかるっていうの」

 馬鹿みたい。金澤さんは吐き捨てた。

「優美ちゃんには少しだけ黙っててあげる。でも長くは黙ってあげない。優美ちゃんの誕生日まで、五月五日まで黙っててあげる」

 踵を返して金澤さんは店を出ていった。この話をするだけにここに来たようだった。五月五日までと期限を言い渡され僕は吹っ切れた気持ちになった。期限を設けられて焦るというよりはむしろありがたい気持ちになり、それまでに佐倉真琴と話をすればいいだけなのだと分かった。そうすれば自ずと優美とどうなりたいのかはっきりしてくると気づいてしまった。本屋のレジから見える街路樹の桜はその花びらを風に乗せて辺り一面に振り撒いていた。そしてそれはやがて強い春の雨によってすべてが洗い流されてしまう。雨はいつか必ず降る。季節を塗り替えるための雨だ。その間に桜は緑の葉を芽吹かせ夏に向かって準備をする。夏に向かう、その為には僕もここで落としていかなければいけないものがある。風に乗せて辺り一面に落としたそれは雨が洗い流す。




(第9話へ続く)




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