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〈短編小説〉あれからの話だけど Bonus track 第7話


「まこちゃん、今日空いてる? ドライブ行こうよ」

 佐倉真琴のことをいつの間にか僕はまこちゃんと呼んでいた。今日は月に一度、優美のカフェに本の交換に行く日だった。これから出かけるという時にちょうどやってきた彼女と少し話していると不意に彼女を一緒に連れて行くことを思いついた。周りの人には分からないように小声で誘った。

「はい。行きましょう。ドライブ」

 僕に答えるように彼女も小声になってそう言った。これからいたずらを始めそうな顔で彼女は笑う。

 店の裏で彼女を本屋の車に乗せた。濃紺色の軽バンで、いかにも仕事用の車といった感じの車の助手席に彼女は楽しげに乗り込んだ。

 優美のいるカフェにこれから行かなくてはいけなかった。会ってなにを言えばいいのか、なにを言われるのか、でもこれは仕事だから仕方なく行くのであって、優美に会いに行くわけではないのだと頭を整理していると曲がるべき角を二つ間違え、見慣れない入り組んだ道に迷いながら多分こっちだろうとハンドルを切ると無事にいつも通る道路へと戻ってきた。

 優美のカフェの前に到着して車を停めると彼女に「待っててね」と言い、急いでいるふりをしてカフェに入っていった。優美はキッチンの中にいて、こちらを一瞥するといつものように笑った。混じり気のないまっさらな顔だ。

「じゃあ今日は急ぐから」

 本の補充と交換を終えると優美に一言、そう言ってカフェを出ようとドアノブに手をかけるすんでのところで優美の声が聞こえた。

「もう少しだけ待ってるから」

 確かに聞こえたけれど、僕は勢いそのままにカフェを出た。

「ただいま」

 助手席に乗る彼女に僕は声をかけると彼女も、おかえり、と返してくれた。運転席に座った途端に緊張が切れた。

「うちの本をカフェの本棚に置かせてもらってて、その本を月に1回足したり入れ替えたりしてるんだ。今日はその日で、車が使えたから」

 それでちょうどまこちゃんがお店に来たからドライブに誘ったのだとハンドルに向かって言った。何の為にまこちゃんを誘ったのか、自分で分かってしまったからだった。僕は一人で優美のところへ行くのが心細かった。

「迷惑だった?」

「迷惑じゃないよ。ちょっとびっくりしただけ」

 彼女は少し戸惑っているようにも見えたが、言葉をその通りに捉えることにした。

「まちくん」

 呼ばれ慣れた自分の名前なのに、どきりとした。何か悪いことを問いただされそうだった。

「なに」

「まちくんは笑ってた方がいいよ」

 はっと目を見開いた後、僕は車に乗り込んでから一度も笑っていないらしいことに気づいて笑った。固まっていた頬が柔らかくなるのを感じた。

「怖い顔してた?」

 そう尋ねると彼女が「してた」と即答した。

「ごめん」

 僕はいまできる精一杯の笑顔で彼女に笑いかけた。僕につられて彼女も笑った。優美のことを彼女に話そうと思ったが、やめた。彼女にその話をしたらもうあの本屋には彼女は来ないと思った。彼女が本屋に本を求めて来ているのではないと分かっていた。だから僕が誘えば彼女はどこにだってついて来てくれると知っていて、僕はそれに甘えたのだとうっすらと罪悪感のようなものを覚えたが、車を走らせると忘れてしまった。




(第8話へ続く)




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