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ドアと鍵の物語2〜第一章 1

自動ドアの前に立ち、中の建物に入る。あるいはその自動ドアはただのゲートなのかもしれない。そこに行けば勝手に中に入れるドア、その向こう側の景色はどうなっているのだろうか?

パリのシャルル・ド・ゴール空港に着いた頃にはすでにこの旅のエッセンスを十分に楽しんだ後だった。ロシアの上空を飛べないのでアラスカから北回りでいつもより2時間長いフライトだった。いつもよりと言ってもこの路線に乗り慣れているわけではない。直行便でヨーロッパへ行くのも初めての経験だった。

離陸して最初のうちはロシア上空の予定経路を示すものの、日本の上空を離れるあたりから、だんだん本来の経路とは合わないGPSの現在位置に無理が生じていく。最初の数時間は、あれあれ?ロシア上空を通るんだっけ?と騙されそうになる。もちろんそんなことはないのだが、システム上そういう仕様になっている。この迂回していく新しい経路が目の前のモニターに表示されるまでの動きも面白かった。ある時パッと切り替わった。まるで進路変更を拒む誰かの抵抗を見ているようでもあった。抗えない何か、それは星なのか運命なのか。一体なんだろう。

ロシアの草原を飛行機から見たのは何年前のことだっただろうか?正確には覚えていないが、思い出してみる。最初にヨーロッパへ行ったのは大学院生の時だから20年くらい前のこと。当時台湾経由のチャイナエアラインでアブダビまで行き、再び乗り換える南回り便だったからその時ではないな。いつだろう。ロンドンへ上海経由で行った2019年の12月かもしれない。眼下に広がる草原はのどかな印象だった。いつだって飛行機から景色を眺めるのは好きだけど、この時の旅の印象はまだ国際線が発着していない羽田空港から台湾のエアーでの出国というレアケース。両親に車で送ってもらったのだが、こんな辺鄙な場所からほんとに飛ぶの?と言われる草原の中の倉庫のような場所から出国手続きした。

記憶というのは曖昧で最近のものと大昔のものは区別できてもその間のどの位置かは思い出せるものもあればそうでないものもある。倉庫に無造作に投げ入れられたダンボールの山のようだ。倉庫で思い出すのは今週月曜日に行ったカオスなバイト先が頭に浮かぶ。これはこれで面白い体験だが、数行では終わりそうにないので、この後で書くことにする。

話を機内へ戻すことにする。アラスカ上空からの景色、そして北極圏へ。あたりは白と濃紺の世界。この後にこれもブルーと呼ばれることを知る。フランス語での青は日本語の青とは違うグラデーションを持つ。青と白の世界だった。とはいえ夜に入りあたりは漆黒の闇だから世界は静かだった。しばらく夜を飛んだ後夜明けを迎えた。今日がいつかわからない。
氷河が日の出とともに現れて虹色にグラデーションを変えながら変化していく様子は素晴らしいショーを見ているようだった。何時間も飛行機の窓で動画を撮った。光の様子が刻々と変化して行き全く飽きることがない。流石にこのまま過ごすわけにもいかず日の出と反対側の右側の自分の席に戻った。外の山あり谷ありのグリーンランドや平坦なアイスランドの景色を見ている。氷の世界に支配された北の海がイングランドとスコットランド上空で雲と雨に変わりもう氷はいなくなっていた。そうこうするうちにパリに着陸。外は雨だった。

空港まで友人に迎えに来てもらい、再会をお祝いする。そしてタクシーで市内へ移動した。まだフランスは夕方だけど日本時間だと夜中だ。日本を朝出て同じ日の夕方に到着。北回りだから夜を超えて朝が来た後の夕方だ。同じ日に2度の夜明けを迎えたのだった。考えてみると変な気分だ。考えなければ機上の素晴らしい体験だ。

タクシーの座席に座っていると改めて時差を感じるし、身体はかなり疲れている。興奮状態で外の景色を見ていた反動でちょっと気分が悪くなってくる。

この時すでに廊下にずらっと並んだドアの1つに足を踏み入れてようとしていた。もちろんまだそのことに気がついていないし、ドアの話はすっかり忘れていた。この文章を書いている時点でさえ実際の自分の立ち位置ははっきりしていない。今日はいつだ?12月13日、水曜日、朝3時32分。1時間後に家を出て早朝のバイトに出かける。早く起きてしまった隙間時間に書いている。

写真は到着直後のパリ、シャルル・ド・ゴール空港の眺め。羽田空港とは違う景色、天気は雨だった。

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