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伝説を超えるとき 羽生結弦の ICE STORY 2nd ”RE_PRAY” Vol.1

  スクリーン上に投影された羽生。ゲーム機に向かっている。表示された複数のセーブデータから「2023/11/04」(2日目は「2023/11/05」)が選ばれる。

 長いマントに身を包み、氷上に出現した羽生はフードを目深にかぶったまま。
 腕を高く差し上げた細く高い姿が、一瞬オベリスクに見えた。天を突き刺すかのように尖った記念柱。遥か未来に向け、ここから始まる物語の予言が刻まれているのかもしれない。

 不思議な音楽とともに羽生は右へ左へと身を揺らし、光のしぶきを投げてくるくると舞う。その姿を天井から投影される巨大なホログラフが覆い、辺りとは隔絶した世界の中に霞が立ち込め、羽毛が降り注ぐ。
 光の壁に現れる金色のます目はレトロなゲーム機のドットだろうか。
 その中で躍動する羽生はゲームキャラ? 
 それともゲームの世界を司る新しい神? 
    預言者?
    メンター?

 檻のように、そよぐベールのように形を変え続ける立体映像にスクリーンの2D画像が重なり、羽生が氷上に居るのか、空中を浮遊しているのか、それともスクリーンの中なのかが判然としない。
 たまアリロングサイド中央付近上空からは3者の位置関係がはっきりわかったが、正面から撮影された初日のテレビ画像では現実から切り離された異空間味が強く感じられ、つい8か月前の東京ドーム公演”GIFT”からさらに深度と鋭さを増した演出に舌を巻いた。

いつか終わる夢

 光の檻が消え、解き放たれた羽生はマントからもするりと抜け出した。
 楽曲は「ファイナルファンタジーⅩ」より「いつか終わる夢」。初演の昨年11月”プロローグ”や今年2月の”GIFT”の時と同じブルーとグレイが複雑に混じりあって輝く衣装がモネの睡蓮池を連想させる。
 ゲームの世界観を主軸にアーティスティックなパフォーマンスを創造する構想を、羽生は1年以上前から育ててきたことになる。

 途方もないものを目撃する瞬間を待ちわびる電波越し、画面越しも含めた膨大な観衆を前に、羽生はこれまで以上にくっきりと滑らかに「いつか終わる夢」を滑る。初の単独アイスショー”プロローグ”からICE STORYの1つ目である”GIFT”を経て、2つ目の”RE_PRAY”へと物語が引き継がれた。

 頭を深く垂れて舞納めた羽生は、ナルシスが泉に顔を写すように低位置のカメラを覗き込む。スクリーンに大写しになるのは現世を忘れかけたような不思議な表情。自ら手でレンズを覆い、場面を終わらせて羽生は再びスクリーンの中へと戻っていった。

鶏と蛇と豚

 コントローラを操る羽生はいらだっている。
 激流に抗い、進化する力を得るためには他者のエネルギーが必要らしい。辺りを流れる命を喰らってその力を手に入れる。
 コントラストの強い画面の中で、生き血をすするような手指と唇の動きががたまらなく刺激的。濃い影に隠れた眼差しは伏せられているのに妖しく輝く瞳が見えるようだ。

 スクリーンから正面ショートサイドへと赤く輝く光の橋が出現する。橋が象徴するのは異なる2つの世界の境界、そして接点。
 橋上の羽生はチュールとレースとビジュウで飾られた暗闇色の衣装に身を包んで合掌している。地の底から湧き出すように般若心経が響く。身をよじり、もがくように前進、後退する羽生の姿は長く美しい尾のある鳥にも、鋭い爪と牙を隠した野獣にも、暗黒を司る魔王にも見える。
 楽曲は「鶏と蛇と豚」。果てのない欲望や怒り、無知を戒める仏の教えに由来するタイトルだ。

 スクリーン上の真っ赤な三角形が点滅しながら熱線を放つ。その攻撃を避けながら、羽生は伏せるように、這うように、悶え、迷い、ついに橋の欄干を乗り越え、蛇行しはじめる。
 象徴的にとらえるならば、欄干の外は「あちら」でも「こちら」でもない混沌。無秩序なカオスだ。
 無法の海を漂流し、やがて対岸に高みを見出す羽生。まっすぐに姿勢を立て直し、せりあがる舞台を昇っていく。
 たどり着いた頂上でもまた鋭く突き刺さる光線に責められ、のたうち、ついに迷いを断ち切って立ち上がる。何があっても己の意思を通すという決意とともに。
 赤く輝く橋はもうない。

 「私がこの世界のルールだ」
 黒い氷上を帰っていく羽生の後ろ姿は100万の兵を率いながら誰にも心を許さない孤独な王のよう。
 BGMは般若心経だが表現型はルシフェルを思わせる。
「光をもたらすもの」と呼ばれ、明けの明星・金星に象徴される最高位の天使でありながら、神に成り替わろうと戦いを挑んで敗れ、闇に沈んでサタンとなった堕天使。キリスト降誕よりも8世紀も前の古い時代に預言者イザヤによって記された闇落ちヒーローの元祖だ。

 人智を超えるものに対するプリミティブな怖れは伝説・伝承の源となり、人に似た姿を持つ異界のものとして形を成し、時とともに宗教に溶け込んで洗練された物語を持ち、文学・芸術にインスピレーションを与え、前世紀の終わりにはゲームの世界にも魅力的なキャラクターや設定として継承された。
 8ビットの動画として新たな命を得た妖精、モンスター、サタン、神々はITの進化とともにめまぐるしく発達し、2D、3D映像を超え、ついにプログラムから抜け出して羽生結弦という変幻自在にして最強のボディを手に入れた。
 そんな幻想が浮かぶほど羽生の「魔物」ぶりは人離れしていた。

Hope&Legacy / 阿修羅ちゃん

 氷上とスクリーンをつないでレトロな雰囲気のゲーム動画が展開し、8ビットの勇者・羽生が何の迷いもなく戦い、パワーアップしてく。

 選択画面が出現した。
片方は5個、片方は1個の動きながら輝く玉が閉じ込められた2つの籠。初日は5個が救われて1個が見捨てられ、「Hope&Legacy」が舞われた。
 2日目は1個が救われ、5個が滅んで「阿修羅ちゃん」へとつながった。『選択によって変わる未来』というゲームの特性から、日替わりがありそうなことは予想できたが、阿修羅ちゃん出現の瞬間、観客のリアクションはすさまじかった。
 STARS ON ICE 2023 横浜大楽の阿修羅ちゃんへの歓声もすごかったが、たまアリはそれを上回ったと思う。
 観客数も超えているが、初演だった2月の”GIFT”からSOI、ディズニーによる世界配信、そしてANAの陸ダンス阿修羅ちゃんやダンサーの方々によるリアクション動画によってこの演目の魅力が広く認知されたことも大きいに違いない。

 いたずらっ子の小悪魔みたいに弾んでキレキレだったSOI横浜2023に比べ、たまアリ2日目の阿修羅ちゃんは、少し気だるくアンニュイで、艶々としたとろみが増し増し。経験値の上がりっぷりがますます小憎らしい。

 世代でなくても、楽曲やダンスに心得がなくても、否応なく心躍らされてしまう阿修羅ちゃんは傑作だ。そしてこの阿修羅ちゃんを含む羽生結弦のソロ・パフォーマンス”ICE STORY”がスタートした2023年は歴史に刻まれるべき年となった。

Megalovania

 羽生は再びスクリーンの中へ。コントローラを手にゲームを続けている。上手くいかない。
「選択は間違っていた?」
迷いが語られるがだれも答えてはくれない。しかし、これまでの犠牲を無駄にはできない。
「この世界で生きよう」
とどこまでも進むことを決意する。

 天井の高い宮殿の長廊下、降ってくる巨大な岩から身をかわしながら一進一退する羽生。何度も失敗し、やり直す。死んでは黄泉がえり、少しずつ上達し、ジャンプで華麗に岩をよけ、突破していく。

 スクリーンから抜け出した羽生は黒と群青のグラディエイター風衣装。
 音楽はない。
 羽生が踏み鳴らす氷の音だけが響く。
 左サイドから右へと激しく氷を切り裂き、氷片が地吹雪となって砕け散る。
 張りつめた空気感は能の乱拍子(*1)を連想させた。
 かと思えば爪立てたトウピックでそっと氷を撫で、さえず るようにリンクを歌わせる。
 音も、氷も思うがままだ。
 ア・カペラで謡う聖歌のように、氷から研ぎ出されたた旋律がアリーナ中の観客の呼吸を乗っ取り、鼓動を支配し、ひとつに揃えさせてしまったように感じられた。

 やがて始まった曲は「UNDERTALE」のなかの「Megalovania」。スピンをスピンでつなぎ、果てしなく回転し、ツイズルする羽生の動きにアリーナ全体が巻き込まれ、からめとられていく。「世界のルール」たる者にふさわしく、羽生はそら怖ろしいパワーを放ち、アリーナすべて、そして電波の先まで広がる ”RE_PRAY”の世界を支配してみせた。


乱拍子:
  能では大曲「道成寺」だけで行われる特殊な足取りの舞。怨みに駆られて鐘に憑りつこうと迫るシテが鼓の調べだけで行う。陰陽師などが邪気を祓うため行った反閇へんぱい が元ともいわれ、白拍子の舞に取り入れられていた。



続きます。

PS.
 Yuzuru Hanyu ICE STORY 2nd ”RE_PRAY” を 初日は自宅のテレビで、2日目はさいたまスーパーアリーナスタンドA席から拝見しました。
 1日目、私のテレビ鑑賞を横目で見ていた息子が、「これ、『UNDERTALE』じゃん!」と言い出し、いろいろと説明を聞かされながら視聴。
おかげで多少の予備知識を持って2日目の現地へ。
とにかく濃密。
”RE_PRAY”は”GIFT”以上に緻密に構築され、ゴージャスな仕掛けが施され、さらにハードに演じられました。
ものすごく濃い時間を過ごさせていただき、観ていただけ(ちょっとキャーキャー言いましたが)なのに激しくエネルギーを消費しました。
正直なところ、これを文字のするのは手に余ります。
掲載を分けるにしても全体を作ってから、と思いましたが、まとめられる気がしないのでとにかくここまで上げさせていただきます。

 
 ・伝説を超えるとき 羽生結弦の ICE STORY 2nd ”RE_PRAY” Vol.2
 ・伝説を超えるとき 羽生結弦の ICE STORY 2nd ”RE_PRAY” Vol.3
 ・伝説を超えるとき 羽生結弦の ICE STORY 2nd ”RE_PRAY”
  贅沢すぎるアンコールと美味しすぎるデザート 


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