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感性への恋は、溶けない魔法


本棚を見れば、その人の知的好奇心が地図のように見える、と思う。

むかし、本棚を経由して恋に落ちたことがある。

その日は、昼間のサッカーの試合をみんなで見ようとその人の家に集まった。新宿から数駅離れた小さな駅にある1DK。深いブラウンとネイビーが基調の部屋の端っこに、やけに幅を取って佇んでいる本棚に目をやったとき、どんどん気持ちが引き込まれていったのを覚えている。

その人の本棚には、学術書、ビジネス書、趣味の本、歴史の本、おそらく尊敬するタレントの本が並んでいて、私はすぐに「左脳と右脳のバランスがいい人だ」と思った。私は左脳と右脳のバランスがいい人が好きなのだ。

「ちょっと。恥ずかしいからジロジロ見るのやめろよ」

友人たちにコップを配り終わると、彼は私に笑ってそう言った、けれど、私は本棚から一ミリも目を離さなかった。彼が本棚の目の前に正座する私の隣であぐらをかく。ビジネス本も、戦略からマーケティングから伝記まで幅広くある。

「どの本が一番オススメか教えて」
「え。……そーだな、これとか好きそう」

彼が私の掌の上に置いたのはとある映画監督の伝記で、彼は私にミニマルに本の内容を説明した。私はその映画監督の作品が好きで、その感情を自分の言葉で巧みに表現できたけれど、彼はその正反対、作品の歴史と当時のカルチャーを参照して構造的に魅力を語った。面白い。その話はとても興味深かった。その映画監督を見る視点が増えて、より多角的にその監督を理解できたような気がした。

この人が興味のあることを、私も知りたい。同じものを見た上で、お互いの視点を語りたい。そんな感情が体の中を駆け巡る。と同時に、頭の中で、この会が終わった後どんなLINEを送ろうか考えていた。

年収だの、経歴だの、実家の太さだの、実用的なアレコレを唱えたって、恋はいつでも思わぬ方向から突然にやってくるものなのだ。あまりにも暴力的に。

***

“相手が見ている景色を見たい”という欲求は、あまりにどの瞬間にも汎用的だった。

彼とはそれから、色んな所に遊びに行った。それぞれが特別な日のように、毎回いつも楽しかった。

安い居酒屋で、串焼きを食べながら、小説や映画や音楽について話していると、気がつけばジョッキが空になっていた。
彼の人生における選択やこれまでの生い立ちの話を聞いているときには、次々に質問が溢れ出た。
彼が書いた文章や資料を見たときには、その言葉一つ一つを飲み込むたびに、世界が新しくなった。

しばしば私達はありもしないシチュエーションを作っては、お互いの発想で遊ぶようにして話した。

「もし今日で世界が終わるとしたら何する?」
横並びで黙々とスマホを触っている時間に、不意打ちに話しかけられる。

「とにかく美味しいもの食べたい!焼き肉でしょ、お寿司でしょ、卵かけご飯でしょ、唐揚げでしょ、ハンバーグでしょ、明太子パスタでしょ、チキン南蛮でしょ……」
「絶対一日じゃ食べ切れないじゃん(笑)」
「大丈夫、ちょっとずつたべる。むしろ自分はどうなの」

うーん、と彼は考えて、「まあ、何時から始まるかによるけど、もし朝なら」と注釈をつけるから、思わず私は「細かいことはどうでもいい」と返してしまう。

「まず、二度寝する」
「二度寝(笑)でも、わかる」
「そのあと、焼き肉とお寿司と卵かけご飯食べてるのを、『どこまで食べれれるんだろう』と思いながら眺めとく」

彼の回答のひとつひとつが、今まで見えなかった視点を開通して、私は新たな目を手に入れる。彼の言葉の運びの作法ひとつひとつが、私には新しくて、世の中の見知らぬ構造を発見させてくれる。

「なんでこんなに僕たちは正反対なのに、似てるんだろう」
ある時、彼は私にそう言った。
確かに私達は、いつも異なる理由で、同じものが好きだった。同じ素晴らしい作品に出会っては、異なる魅力を語った。
「運命なんじゃない?」
「またまたそんなロマンチックなこと言って」
「そっちこそ、すぐ頭で理解できないこと言うと文句つけるんだから」

私達はこうして、お互いの違いを認めては、愉しんで、理解し合うことを繰り返した。相手の価値観に興味があるということは、話せば話すほど、その楽しみを味わえるということで、だから、すごくずるいことだなあ、と何度も思った。それくらい、何をしていても楽しかった。

繰り返し、繰り返し、似たような夜を過ごしても、そこにはいつも、新しく鮮やかな発見があった。

***

新宿から数駅離れた小さな駅にある1DK。白と淡いブラウンが基調の部屋の端っこに、私の本棚はひっそりと佇んでいる。気がつけば彼と同じようなエリアに、同じような間取りで住んでいた。彼と最後に会ってからはもう、1年以上経つけれど。

本棚には、少しずつ新しい毛色の本が収まり始めている。デザイン、シナリオ論、世界の文化。新しく出会ったパートナーと、1年分成長した私が新たに集めた興味領域だ。

結局、わたしたちの関係は途切れてしまった。生活している場所が遠く離れてしまうと、私達の心の距離も、しだいに離れていってしまったのだ。

けれど彼は、変わらず私の良き友人でもある。SNSで時々彼が映画の感想をつぶやいていたりすると、その言葉にやはり唸る時がある。私もまた、なにかを発信したときに彼が反応をくれると嬉しいものである。

オトナになればなるほど、"すれ違った"誰かとの関係も、悔やむのではなく愛せるようになるものだと、彼から教わった。

誰かの感性や価値観を愛すること、それは賞味期限の長い魔法だなとも思う。もはや賞味期限なんてないのかもしれない、ずっとこの心地よい魔法の中に、いられるのかもしれない。

何にせよ、今はそのような友人に出会えたことを宝物のように思う。常に人生に発見と思索のトリガーをくれるからだ。それは、入り口が恋人だろうが友人だろうが関係ない。その人の"視点に触れたい"と思えるような誰かと出会えることは、人生を立体にしてくれる。


本棚を見れば、きっと私の知的好奇心が透けて見えてしまうだろうと思う。しかしそれは、私だけで作り上げたものではなく、常に変わり続けるものである。

これからの人生、どんな出会いが、どんな本が、この本棚に収まってくれるのだろうか。


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この文章は、Tinderさんの「Swipe Night」からインスピレーションを受けて、「価値観や選び取った選択肢から、誰かと惹かれ合う」をテーマに執筆させていただいた。

「Swipe Night」は、ひとつの物語を見ながら、数ある選択肢から自分でストーリーを選び取って進めていく物語だ。テーマは「世界の終わりにあなたは何をする?」。

物語の中では、「誰を助けるか」「どんな音楽をかけるか」「どこに逃げるか」など様々な選択肢が与えられる。

選んだ選択肢が似ている人同士はその後マッチングしやすくなったり、さらに相手が選んだ選択肢も見ることができるという。

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オンライン上の出会いといえば、項目化されて一覧で見せられる"年収だの、経歴だの、実家の太さだの、実用的なアレコレ"で相手のことを"査定"してしまうイメージがあるかもしれない。

けれど、実はTinderのプロフィールには項目がほとんどない。自己表現の自由度に溢れている。それが私が最初にTinderにインスピレーションを得た、"豊かな出会い"を生み出す、ほかとは異なる仕組みだった。そしてさらに、このSwipe nightでプロフィールに追加された情報が、「世界の終わりの日、この人は何を選んだか」だ。

フリースタイルに記載されたプロフィールから、その人の人となりを感じる。「世界が終わる日の選択」から、その人の感性を知る。

それはきっと、世の中のラベルに惑わされない本当の会話を生むつながりになり得る。まるで、私が昔体験した、"本棚を経由した出会い"のように。

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人生の中で、きっと最初から本棚を見て相手を知るというチャンスはあまり多くはないだろう。このコロナ禍の"会うことさえハードルが高い"世の中では特に。

けれど、「世界が終わる日にどうしたい?」を話し合うこと、とあるコンテンツについて、それぞれの視点を語り合うことは、オンラインでも可能だ。Swipe Nightでも、同じストーリーを体験することでそれを可能にしている。

外出自粛にともなって、私達は物理的に誰かとの距離を取らされ、"ひとり"の空間に閉じ込められている。私の周りでも、そんな"ひとり"の静かすぎる時間や、何もできないまま過ぎていく時間に、少しずつ心を蝕まれている人を見るようになった。関係性をつくりあげるハードルが高くなっている今だからこそ、"自分を変化させてくれる、新たな出会い"が価値の高いものになっているのではないだろうか。

恋人だけではなく、雑談相手や近所の友だち、深夜の話し相手でも、"気の合う友人""話していて発見をもらえる人"は人生を豊かにするから。

今必要なのは、そういう、社会的なラベルや組織に関係のないつながりだと私は思う。そして、それは、なんでもない、小さな価値観から惹かれ合ったりするものだ。

"「世界が終わる日」に何を選んだか?"ということでもよし、新しく本棚に収めた本でもよし、その人の"ラベル化"されていない面白味に好奇心を傾けてみれば、愉快な誰かとの時間が、孤立した毎日を穏やかに緩めてくれるかもしれない。

世界が終わる日に"何を食べるか"しか頭になかった私は、「世界が終わる日」の物語によって繋がりを生み出そうとする仕組みから大昔の大事な出会いを思い出して、誰かのそんな穏やかな夜がどこかにありますように、と思いを馳せている。

#TinderPR

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