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あらゆるものは「認めさせること」から始まる。
私が話すのは、
いつも創作する人向けの知識だけど……
おそらく生きる上でも共通する考え方。
誰かに「認めさせること」は、
すべての始まりである。
というテーマで今日はやっていこう。
《差を、違和感に思えるか否か》
この記事を書いた理由は、
アニメを観ていた時にこう思ったから。
「これ嫌いだけど、皆には好かれるのかな?」
好き嫌いは主観的な考えであり、
人によっては真反対に感じる人だっている。
その差は何だろうと考えたんだ。
色々と理由はあるけれど、
私がまず気づいたのは1つ。
「そもそも自分は、これを認めていなかった」
最初から面白そうだとも思わず、
事前情報も仕入れないままに観ていた。
観るという行動には移せていたが、
先入観を打ち消せずにいたのだと思う。
と、そこまで考えた所で。
「……あれ、それじゃあ作品は観る前から評価の大半が決まっているんじゃないか?」
すべてを客観的に観ている人は数少ない。
皆、主観的な目で見ているものだ。
特にアニメなどの芸術が絡む作品であれば、
「好き」という個人の感想は重要で。
他者に流されてはいけない部分だと考えている。
《戦う前から、勝負は始まっていた》
そうなってくると、
作品を観る前の先入観、固定概念、興味……
といった部分は大きく評価に影響するはず。
だって評価されている作品であろうとも、
それを受け付け、認められない人が観れば、
最高に詰まらない作品と判断されるから。
作品の中で評価を覆すことも可能だけど、
その為にはまず「見続けてもらう」必要があり、
結局は認められる必要があるのだ。
これこそが、
人に「認められているのか」という点であり、
作品においても大切な部分だと私は考えた。
作品の中身に入る前に、多くの勝負は決している。
それはきっと現実における、
信頼関係なども同じで。
誰かに「認めさせること」は、
私たちがまず考えるべき、
あらゆる物事の根幹なのだと思う。
《認めるとは何か》
だが、認めるとは何だろうか?
「認める」
①目にする。見てその物の存在を確認する。 「暗やみに人影を-・める」 「異状は-・められない」
②見て判断する。 「確かに私の本です、と-・めた」
③申し出・意見などについて、それを適正・妥当であるとする。 「異議を-・める」 「休暇を-・める」
④確かにそうだとして受け入れる。 「負けを-・める」 「手落ちを-・める」
⑤その物事がそれだけの価値をもつと判断する。評価する。 「才能を-・める」 「世に-・められる」
⑥よく気をつけて見る。 「惣じて五百の仏を心静かに-・めしに/浮世草子・一代女 6」
《引用元:Weblio辞書》
https://www.weblio.jp/content/%E8%AA%8D%E3%82%81%E3%82%8B
辞書ではこんな感じに載っている。
これを端的にまとめると……
1.存在を確かめること
2.肯定する、受け入れること
3.評価すること
という感じで理解していれば、
問題はなさそうだ。
この意味からも分かる通り、
認めるには「評価」という意味も含まれる。
3つともをまとめてしまえば、
今日の結論へと達するだろう。
《今日のまとめ》
あらゆる物事は、「認められること」から始まる。
それを更に具体的にしてみると……
存在を知ってもらい、
肯定的・プラス評価で受け入れてもらうこと。
これこそが第一歩目であり、
創作活動においても忘れてはいけない部分。
そして作品の中でも使えるテクニックだ。
……と私は思う。
「物作り」だけで終わることなかれ。
もしも君がその作品を、言葉を、何かを、
誰かに見てもらいたくて書いたのならば。
作る前でも、作った後でもいい。
どうすれば「それを認めさせられるのか」を、
時間をとってじっくりと考えてみよう。
作ることの一歩目ではない。
届けるための一歩目を。
「物作り」のために、踏み出してみよう。
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