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【官能小説】闇バイト【1】

「ちょっとそこのお兄さん、いいかな」

 後ろから声をかけられた。先程すれ違った警察に違いない。途端に今までかいことのない冷や汗が額から流れ出た。頭にも血が昇って、ジリジリと焼けるように熱くなっていった。

 野々宮達也は聞こえないふりをした。歩を速めて、すぐに距離をとる。

「お兄さん。リュック背負っているそこのお兄さーん。ちょっとお」

 先程よりも強い声が聞こえてくる。それでも立ち止まってはいけないと思い、達也は知らぬふりをして歩き続けた。しかしすぐに肩を叩かれて捕まってしまった。

「お兄さん、足が速いねえ」

 冗談とも取れない言葉が、青い制帽を被った中年の警官から発せられた。その横には達也と同年代ぐらいの若い警官がいる。

「お、俺ですか?」
「そうそう、君だよ。さっきからずっと声かけてたじゃない」

 笑いながらいう中年警官だったが、その目には鋭い光が宿っていた。

「さっき駅のコインロッカーから荷物取り出していたよね。カバンに入れたと思うんだけど、ちょっとその荷物を確認したくてさあ。見せてもらうことできるかな?」
「えっ、あ、いや」
「時間は取らせないからさ。本当、何もなかったらすぐ終わるから。だからちょっとだけ協力してくれない?」
「ごめんなさい、ちょっと急いでるんで」
「ほんの少しだけでいいんだけど」
「こ、これって職質ですよね。任意ですよね」
「もちろんそうだよ。だからお願いしてるでしょ。それとも、そのリュックを見せられない理由でもあるのかな?」

 中年警官の顔から笑顔が消え、鋭い目つきに変わった。若い警官の目にも、相応の鋭さが宿っている。正義に満ち溢れた目なのに、いまの達也には獲物を見つけた狩人の目にしか見えなかった。

 逃げられるはずがない。そうわかっていても、カバンの中身を見せるわけにはいかなかった。中身さえ知らない荷物を見せれば、今まで歩んできた人生がすべて終わることは明白だった。どうにかしてこの場を乗り切らねばならなかった。しかし、この場を乗り切る術を達也は持っていなかった。

「ちょっといいかしら」

 横入りするように、急に女の人が声をかけてきた。達也が振りむくと、キツい雰囲気の、端正な顔立ちをした女性が立っていた。

「誰ですか、あなたは」

 若い警官がいった。

「ササチアキといいます。弁護士です」

 そういって彼女は懐から名刺を出した。ちらりと見えた名刺に、佐々千秋と書かれている。襟元にはドラマでよく見た金色のバッヂがついていた。途端に警官二人の顔が渋くなったのが見て取れた。

「とりあえず証拠保全のためにカメラ廻しますね。それと――」

 そこからはもう彼女のペースだった。法律を盾に喋る千秋に、警官二人組は渋々といった表情を浮かべながらどうにか食い下がろうとしていた。だが彼女に勝つことはできなかった。なに一つとして反論で勝てなかった警官二人は、さも悔しそうな顔をうかべながら達也を解放してくれた。それでも尾行してくるので、最終的には千秋と一緒にタクシーに乗って警官を巻いた。

 ようやく口を開くことができたのはタクシーから降りた時だった。

「あの、助けてくれてありがとうございます」
「別にお礼ならいらないわよ。それよりも、少し時間あるかしら。ちょっと事務所に来てほしいんだけど」
「はい、大丈夫です」

 二つ返事で達也はいった。いまの彼には警察に捕まらなくてよかったという安堵感しかなかった。
 助けてくれた千秋の誘いを断るなど、到底できなかった。

 千秋の事務所は繁華街から少し離れた雑居ビルの中にあった。築三十年は経っているであろう古いビルだ。よく見ると外壁にはヒビが入っており、所々黒ずんでもいた。華やかなイメージをもつ弁護士にはあまり似つかわしくない建物だと達也は思った。
 ビルの一階には定食屋が入っており、夕食を求めに来たサラリーマンなどが列をなして並んでいた。それを横目で見ながら、達也はビルのエントランスに入った。案内板を見ると二、三階は空室になっており、四階と五階に『佐々法律事務所』と書かれてあった。
 エレベーターで四階まで上がった。出てすぐ左手側に扉があった。千秋が鍵を差し込んで扉を開けた。達也は彼女の後に続いて中へ入った。
 十六帖ほどの部屋は、外観からは想像できないほど綺麗な部屋だった。全体が茶系統のアンティークで統一されており、革張りの茶色いソファーや、渋い色をした大きな机が重厚感を生み出している。テレビドラマのセットをそのまま持ってきたといっても信じてしまうほど、雰囲気のあふれた部屋だった。

「適当に座って」

 そういって千秋が机の奥にある椅子に座った。どうやらそこが彼女の定位置らしい。達也も机の前にある椅子に腰を下ろした。思った以上に柔らかくて、腰が奥まで沈み込んだ。

「さて。とりあえずそのリュック、見せてもらってもいいかしら」

 千秋がいった。その瞬間、今まで忘れていたことを思いだした。途端に脂汗がにじみ出る。あわてて壁にかけてある振り子時計を見ると、約束の時間をとうに過ぎていた。スッと血の気が引いて、何も考えられなくなった。

「見せてくれないなら、勝手に見るわよ」

 そういって彼女が立ち上がりリュックをとった。ファスナーを開け、達也さえ中身を知らない荷物を取り出した。

「君らしくない名前ね」
「な、なにがですか」
「通帳の名前よ。まるでおじいさんかおばあさんみたいなネーミング。あなたの両親、よっぽど渋い名前をつけたかったのかしら。それに……どれが本当の名前か、わからないわ」

 彼女がいった。特別驚いている様子は見受けられなかった。

「君の本当の名前は?」
「……野々宮です。野々宮達也っていいます」
「野々宮くんね。見たところ若いけど、大学生?」
「はい……。××大学に通っています」
「へえ、××なんだ。じゃあそれなりに頭もいいのね。それで、いまは何年生?」
「三年生です」
「そう、ありがとう。わかっているとは思うけど、これは犯罪よ。どうしてこんな危ないことをしたの? 人生を棒に振るつもり?」

 千秋の言葉は正論そのものだった。それゆえに達也の心を深くえぐってきた。彼自身、犯罪だということにはとっくに気づいていた。気づきながら、背に腹は代えられぬ思いで闇バイトをやっていた。

「学費が……払えなくて」

 達也はいった。
 半年前、奨学金の使い込みによって学費が払えなくなり達也は大学を除籍させられそうになっていた。たった一ヶ月で三十万という大金を用意することなどできるはずがなく、両親や姉に怒られるのが嫌で闇バイトをはじめた。どうにか学費を払うことができたが、その後闇バイトをやめることはできず、それどころか学校や家族に言いふらすと脅されて続ける羽目になった。

「そういうことね。大体の事情はわかったわ。でも、これが犯罪だということには変わりはない」
「僕を捕まえるんですか」
「なんで私が捕まえるの?」
「だって、さっき犯罪だって」
「そうね。このままじゃ野々宮くんは犯罪者ね。でも、捕まえるのは警察の仕事よ。私の仕事じゃない。私の仕事は困った人を助けること。だから、私が野々宮くんを助けてあげるわ」

 千秋の目は自身に満ち溢れていた。失敗などないと断言するぐらい、力強いものだった。

「でも僕、お金なんか持ってないです」
「お金なんていいのよ。私は弱い人を救うためにこの世界に入ったの。あなたみたいな苦学生からお金を取るなんて気は、さらさらないわ。その代わりに別のことをしてもらうことになるけど、どうする?」

 問いただすような目線が彼女から飛んできた。しかし、もうすでに達也の中で答えは出ていた。

「わかりました。お願いします」

 達也は頭を下げた。このまま闇バイトをしても、行きつく先は地獄か牢屋だ。どこかで辞めなければと思っていた分、そのタイミングが今しかないことは明白だった。それに、千秋なら信じてもいいと達也は思った。

「契約成立ね。それじゃあ、この荷物はいったん私が預かるから。闇バイトのことも、一週間以内に片付けるわ。野々宮くん……って、なんかいいにくいわね。達也くんって呼んでもいいかしら?」
「はい、もちろんです」
「いい返事ね。それじゃあ達也くんは、安心して学業に専念しなさい」
「ありがとうございます。それで、あの、さっき別のことを、っていってたやつ、それは具体的に何をすれば……」
「ああ、それね。私の手伝いをしてほしいの。具体的にはこの事務所で雑用として働いてもらうことになるのだけど。ただ今すぐってわけじゃないから。あなたの件が全部片付いて、はじめて働いてもらうわ」
「そんな、いまからでも働きますよ。いっぱいコキ使ってください」
「その心意気はとても嬉しいわ。でも、あなたの事件はまだ何も解決されていないの。それで報酬を得るなんて、私が赦さないのよ。だから君の気持ちはあとで受け取るわ」

 千秋の優しい目に訴えかけられた達也は、黙って俯くことしかできなかった。彼女の元で働きたいという気持ちが本物だけに、今すぐ行動へ移せないことへのもどかしさが心に引っかかった。

「そんな顔しないで。後できっちり働いてもらうから、安心しなさい。とりあえず今日は達也くんのこととか、このバイトのこととか、その他諸々聞きたいのだけれど、いいかしら?」

「はい、もちろんです」

 達也はいった。もはや千秋に対して疑惑の念など一ミリも残っていなかった。
 そこから約一時間、達也は彼女の質問にすべて正直に答えていった。少しでも協力したいという気持ちがはやり、話がちぐはぐになったりもしたが、彼女は一切怒らず、それどころか同情さえしてくるほどだった。

 達也は安心しきっていた。弁護士という肩書にではなく、千秋という存在に安心していたのだ。家族構成や姉の話、彼女の話など、多少変な質問を投げかけられても素直に答えた。それだけ千秋に対して、心を赦してしまった。

 あれから一週間が経った。達也は千秋の事務所の前にいた。その日の大学が終わったあと千秋から連絡が入り、時間指定で事務所に来るようにいわれたのだ。スマホの時計を確認すると、時刻は夜の九時を過ぎていた。
 一階にある定食屋は既に閉まっており、以前来た時よりもビル全体が暗く見えた。それでも四階の明かりだけは神々しく、暖かく輝いていた。
 この日が来るのを達也は楽しみにしていた。最初こそ闇バイトの組織から何かされるのではないかと怯えていた毎日だったが、一日たっても二日たっても、電話の一本すら入らなかった。三日たつ頃には闇バイトのことなど忘れ、安心して学校に通うことができていた。それに反比例するように、千秋への信頼がより一層増していき、早く彼女の元で働きたいという一種の奉仕に似た感情が芽生えていった。

 前回と同じくエレベーターに乗って四階で降りた。足取りは非常に軽く、いまなら空でさえ飛べそうな気持ちだった。
 期待に胸を膨らませて、扉を三回ノックした。千秋の美しい声が聞こえる。はやる気持ちを押さえながら、達也は扉を開けた。

 奥にある皮張りの椅子に千秋が座っているのが見えた。前回とは違い、今日の彼女はストライプ柄のパンツスーツを着ていた。前に会った時よりも体の線が淫靡に浮き出ているので、達也は思わず息を呑んだ。

「いらっしゃい達也くん。夜遅くに呼び出したりしてごめんね」
「いえ、そんなことありません」
「ふふっ、気合十分ってところね。あと一応電話でも話したけど、あの件は完全に終わったから、もう安心していいわよ」
「はい、その節は大変ありがとうございました。これから頑張って働きますので、よろしくお願いします」
「その心意気、忘れないでね。それで……来てもらって早々悪いけど、五階に移動するわよ。そこがあなたの職場になるところだから」

 そういって彼女は立ち上がった。その姿は相変わらず美しく、一挙手一投足のほんのわずかな所作でさえ綺麗に見えた。目の前に来るまで、思わず見とれてしまうほどだった。

「なに見ているの?」
「あっ、いえ。何でも……」
「ふふっ、君ってウブなのね」

 人をからかっているような、いたずらな笑みだった。まるですべてを見すかしているような彼女の茶色い瞳に、達也は思わず見惚れてしまった。
 五階には階段を使って上った。彼女が先頭を歩き、達也がその後に続く形だ。思った以上に急な階段は、達也の目のやり場を困らせた。目の前に千秋の形の良いおしりが現れ、魅了するように揺れるからだ。
 形の良い丸みが上下に揺れ、引っ張られ、筋肉の躍動を素直に受けて絶えず動いていた。しかも彼女が今日着ているスーツにはストライプが入っている。そのせいで、よりおしりの丸みが淫靡に強調されてしまっていた。五階へ着くころには、無意識に血流が流れ込んで肉棒を勃起させてしまうほどだった。

 千秋が扉の鍵を開けた。やけに重そうな鉄の扉だった。先に入れといわれた達也は、何の疑いもなくその部屋に入った。部屋は真っ暗で何も見えない。
 後ろで鍵のかかる音がした。千秋が締めたのだろうが、やけに不自然に聞こえた。まるで鍵穴に鍵を刺して回したような、普通に鍵を閉める音とは違う、どこかワンテンポずれた音だった。
 次の瞬間、常夜灯と同等の弱い電気がついた。目はすぐになれた。そして達也は圧倒された。
 四階の部屋と広さは同じはずなのに、あまりにも雰囲気が違い過ぎた。まるでAVでみる拷問部屋のような、壁も床もコンクリートの打ちっぱなしの部屋だった。窓も一切なかった。あるのはパイプ製のベッドに、Xの形をした拘束具。それだけでは飽き足らず、壁には数種類の鞭が飾られていた。

「靴はここで脱いで。床がつめたいけど、そこは我慢して」

 千秋の声が右から左に突き抜けていった。達也は何も考えられず、その場に立ち尽くしてしまった。

「どうしたの? 早く脱いで」

 子供をあやす母親のような、優しい声音だった。それはこの部屋の雰囲気とは全く噛み合わない異質なもので、達也は漠然と恐怖を抱いた。何かの間違いではないかと思い、もう一度部屋を見渡したが、それは紛れもなく現実だった。

「大丈夫よ。怖いことなんて何もないわ。だからね、靴、脱ぎましょう」

 耳元で千秋がささやいた。首の内側を毛虫が這いずり回るような、気持ちのいい感触が走った。達也の中によこしまな気持ちが芽生えた。今まで築き上げていた千秋へのイメージと、目の前にある現実が渦を巻いて混ざっていった。心臓が高鳴り、下半身への血流が階段の比じゃないぐらいに海綿体へと流れていった。
 彼は靴を脱いだ。いざとなればすぐに出ていけばいいと、付け焼刃の考えを懐に忍び込ませて部屋に上がった。
 千秋がベッドに座り、目の前まで来るようにいわれた。達也は素直に彼女の前まで歩いて行った。

「ねえ達也くん。いまからここでなにをするのか、わかる?」

 突然の問いに達也は息が詰まった。頭での妄想が加速した。

「あっ、あの……」
「なに、恥ずかしくていえない?」
 
 彼女の淫靡な微笑は、セックスに誘っているとしか思えなかった。

「……っ」
「ふふっ。本当にウブね。可愛いわ。本当に可愛い。だから、いっぱい壊してあげる」

 千秋の声のトーンが一気に沈んだ。それまでのやさしい声が嘘のように聞こえるほどだった。

「あの、どういう意味ですか」
「そのままの意味よ。あなたはこれから壊れるの。ヒィヒィいって、私に嬲られるの。達也くんは、いまから私の奴隷になるのよ」

 嘘をいっているようには聞こえなかった。彼女は本気だ。美しい切れ長の目が、獲物を捕らえたようにきらりと光っていた。
 無意識に後退した達也は、そのまま駆けるようにドアへ向かった。身体ごとぶつかりながら、必死でドアノブを探した。しかし、そこにあるのはドアノブではなく、なぜか鍵穴だった。

「これをお探しかしら?」

 そういって、千秋が手に持った鍵をぶら下げた。

「その扉は押せば開く仕組みだけど、いまは内側から鍵をかけているから絶対に開かないのよ。だから逃げようとしても無駄。それに、もし逃げたら達也くんが今までしてきた闇バイトのこと、全て警察にばらすわ」

 達也の頭から血の気が引いた。

「あの連中、いまは血眼になってこういった事件を捜査してるから、達也くんもすぐに捕まると思うわ。もし逮捕されたら大学は退学。彼女にも振られて、惨めなフリーターの誕生よ。そして前科持ちとしてこれから先の長い人生を、惨めに過ごしていくことになるの。それでもいい?」
「ど、どうしてこんなことを」
「質問にしっかり答えられない子は嫌いよ。もう一度聞くわ。前科者になって惨めな人生を送るか、私の奴隷になって平穏に暮らすか、選びなさい」

 彼女の口から出た言葉は、究極の二択だった。どちらに転んでも待っているのは地獄のような日々に違いがなかった。ゆえに選ぶことなど出来ず、この一週間ぬか喜びしていた自分を達也は恨みたくなった。

「まどろっこしいわね。答えなんてとっくにわかってるでしょ。いいこと達也くん、その足りない頭でよく考えてちゃんと答えるのよ。あなたが今ここを出ていっても、私は構わないわ。あなたの人生が潰れるだけだからね。でも、潰れるのは、本当にあなたの人生だけかしら。家族、親戚、みんなの人生が潰れるかもしれない」

 挑発するようないい方に、達也は腹の底から怒りが湧きたった。全身に力を入れ、歯を強く噛んだ。

「特に達也くんのお姉さん、確か立派な警察官だったわね。少し調べただけでいっぱい情報が出てきたわ。弟さんが犯罪者って知られたら、仕事辞めさせられるかもね」

 力の限りこぶしを握り、耐えうるかぎりの屈辱に達也は耐えていた。それでも姉のことを引き合いに出された彼は、遂に観念したように、かすれるような声を喉から出した。

「僕は……何をすればいいんですか」

 いい終わると同時に、胸の奥がひどく痛んだ。

「私の奴隷になるってことで、いいのかしら?」
「っ!」
「まあいいわ。とりあえず私の奴隷になるなら、お○ん○ん出して土下座しなさい。そして宣誓するの。千秋様の奴隷になります、って」
「そ、そんなことっ!」
「できない? できないならいいわよ。警察に行くだけだから。そういえばあなたのお姉さん、この近くの警察署にいたわよね」

 千秋が立ち上がって部屋を出ていこうとした。脅されているとわかっていても、達也は必死になって彼女にすがった。

「ま、待って下さい」
「なに?」
「やりますから」
「なにを?」
「奴隷に……なりますから」
「言葉だけじゃ私は信じないわ。行動で示して。それと、私もまだ仕事が残っているの。あまりあなたに時間をかけていられないのよ。そうね、一分だけ時間をあげるわ」

 考えている暇などなかった。達也は着ていた衣類をすぐに脱いだ。Tシャツもズボンも、床にたたきつけるように脱いで、屈辱に耐えながらパンツも抜いだ。その場に膝をついて正座をしたときには、目から涙があふれそうになった。
 だが、最後の土下座がどうしてもできなかった。人前で裸になったことなど一度もない。ましてや美人な女性の前で全裸になり土下座をするなど、彼の許容の範囲をゆうに超えていた。

 見られていることへの恥ずかしさが身体を熱くした。耐えがたい羞恥に涙がこぼれそうになった。土下座する自分が無様で情けなくてたまらなかった。

「あと十秒」

 無慈悲な声が部屋に響く。達也は下唇を噛んだ。鉄の味が舌に広がった。
 冷たくて固いコンクリートの床に両手を付き。頭を深く下げた。額が床に付くと、低い声で唸るようにいった。

「ち、千秋様の……奴隷に……なりますっ。う……ううぅ」

 いい終わると同時に、目が熱くなり視界がぼやけた。
 
 勝ち誇ったような、甲高い笑い声が部屋に響いていた。


続き

https://note.com/makoto_kuwazawa/n/nc88b0a20d26e



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