10-9.下田奉行の上申
通貨問題の落着
3月6日の会談。ハリスは「通貨問題が再びむしかえされたが、繰りかえし、これで12回目にもなった(「ハリス日本滞在記(中)/坂田精一訳」P192)」と書いています。
しかし、ここで日本側から交換比率はハリスの要求通り、つまり1ドルにつき3分がの交換が認められます。そして、改鋳費も6%として提案するのです。当初の25%からは大幅に減額されています。ハリスは、これまでの日本の「25%でなければ損をする」といった主張との落差に「これらの人たちの虚言は、あらゆる人間の信用をなくすものだ」(「「ハリス日本滞在記(中)/坂田精一訳」P193」)と非難しています。
とはいえ、交換比率の要求が通ったことには満足し、自らが勝ち取った成果として自画自賛しています。日本にとっては、価値が3分の1に低下したことになります。この極めて重要な交換比率を、なぜこのように落着させたのでしょうか。おそらく、この時点では「通商」自体を大幅に認めるつもりはなかったので、そう大した問題にはならないと考えていたからだと思います。また、「銀」の品位を大幅に貶めていた日本の銀貨を、外国に知られることが幕府の権威の喪失となることを恐れ、それが露見することを防ぐといったことに重きが置かれたのかもしれません。
アメリカ人の居住問題
3月10日。この日、「私は翌日の会合を約して、きわめて険悪な会見を閉じた」(「「ハリス日本滞在記(中)/坂田精一訳」P201」)と記しました。議題はオランダとの仮協約の内容です。日本側の「それは正式な条約文ではない」という訴えに対し、ハリスはそれを認めず、その応酬に終始した会談でした。これまでの経緯から、「日本人は嘘つきだ」という気持ちを拭いきれないハリス相手に、奉行らは相当に苦労したことが伺えます。
翌日の会談でハリスは、通貨問題(改鋳費)以外の未決事項について、満足できる回答が得られるなら、それについて譲歩できると、奉行らに伝えました。奉行はアメリカ人の居住問題と領事の権利については、その要求を書面にして提出するよう求め、ハリスはそれに応じます。そうしてそれを検討するための時間を確保するために、しばらく交渉は中断することになりました。
下田奉行からの江戸への上申
奉行らは3月12日の日付で2月26日に受け取ったハリスからの要求項目、並びに交渉過程、そしてそれへの方針をまとめた長文の意見書を江戸へ送りました。まとめてみます。
内外貨幣は同種同量をもって交換し、5%の改鋳費をだすこと →5%は承服できないので、これを増やすことを交渉中
食料と石炭を入手する場所として、長崎港をアメリカ人にも開くこと →承認予定
食料が欠乏してしかも貨幣をもたないアメリカ船にたいして、品物で支払いをすることができるようにすべきこと →承認予定
日本で罪を犯したアメリカ人は、領事の審理を受け、もし有罪ならばアメリカの法律によって罰すること →承認予定
アメリカ人が土地を賃借し、建物を自由に購入・建築・修繕・改造する権利と、このような目的のためアメリカ人が必要とするときは、いつでも資材と労力を供給されるべきこと →先方との誤解を指摘し、拒否予定
総領事およびその使用人は、総領事とその家族のために買物をする権利を有し、支払は日本役人の介入なしに直接販売人になすべきこと →総領事ハリスに限って承認
下田および箱館における遊歩範囲を、総領事としてのハリスに適用しないで、日本全国を彼の総領事職権のなかに包含させるべきこと →拒否予定
3月13日、ハリスは奉行らに提出を求められていた2つの問題(アメリカ人の居住問題と領事の権利)についての書面を奉行に提出しました。その末尾に「この二つの問題の拒絶は、両国間の好感情を危うくし、それは私の望むところではないと同時に、あなた方にとっても悲しむところとなるであろう」(出所:「ハリス日本滞在記(中)/坂田精一」P205)との脅しを忘れませんでした。
3月28日、ハリスを訪れた森山は、ハリスからの「江戸では外国人との交際はどのように考えられているのか」とういう質問に、「10人中3人は即時開国、2人は同意はするが引き延ばしを主張、3人は実力を行使されれば屈服、2人は最後まで戦う」とハリスに回答した(出所:「ハリス日本滞在記(中)/坂田精一」P209)。
下田奉行とハリスの見事なたとえ
3月30日。奉行井上がハリスを訪問しました。交渉はなく、挨拶程度(ご機嫌伺か)でしたが、この時井上はハリスに
「日本は両親の手元で大事に育てられてきた生娘である。そんな生娘が、芸妓の振る舞いをみてただ驚くばかりで、自分が芸妓のようになろうにも、すぐにはなれない」と言います。日本は「生娘」だと喩えたのです。
それに対して、ハリスは
「日本は千歳の老人である。2百年前はその智勇は世界に対して大いに優れていたが、その後眠ってしまった。世界は大いに進歩したのに、変わらず眠ったままなので、世界がその目を覚まそうとしている。日本は虎のように俊足なのに、自ら鎖でその足を縛っているままだ」と返しています(出所:「ハリス日本滞在記(中)/坂田精一訳」P211)。
日本が認識する自らの立場と、世界が日本に為そうとしている例え話しが、言い得て妙だと思います。
続く
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