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おはなのおはなし

何の変哲もない、いつもと同じ1日が始まった。毎日、同じ時間に決まったことをやり、目の前には同じ景色が広がっている。会社員生活はつまらないわけではないけれど、単純に時間が過ぎていくだけで、生きている気がしない。だからと言って、別に刺激が欲しいわけでもない。

コピー&ペーストを繰り返したような日々を送っていたある日、道端を歩いていると“わたげ”が飛んできてボクの肩に乗った。いつもだったら、気にも留めないで払い捨ててしまうところだけど、なんとなく気になって手に取ってみた。気のせいか、他のものと比べてずいぶん大きい感じがする。フカフカしている部分を撫でてみたら気持ち良かった。

薄墨色の景色に綿毛の白が映えて見えて、天使の羽根のような感じがした。普段は植物を育てるような柄じゃないけど、なんとなく愛着が涌いて植えてみようと思った。さっそく、植木鉢と土を用意して家路に着いた。

土に触れるなんて何年ぶりだろうか。決して初めて土に触れるわけじゃないのに新鮮な気がした。その日から毎日せっせと水をやり、自分の部屋で大切に育てた。数日後の朝、小さな芽が顔を出したことに気がついた。黄緑色が綺麗だった。毎日同じ色の日々だったのに、わずかに彩りが添えられた気がする。ちょっとテンションが上がる。いつもと変わらない1日の始まりだけど、ちょっぴり上機嫌で出勤しようと家から出ると、不思議なことが起きた。

いや、ぜんぜん不思議でもないんだけど、家から会社への道にたくさんの草花が生い茂っていた。もう何週間、何カ月も前からそこで咲いていたはずなのに、今まで気がつかなかったんだ。ずっと同じ景色だと思っていた目の前が、急に彩り豊かな世界に変わった。

それから数日後、自宅の植木鉢にも綺麗な花が咲いた。1本だけで寂しい気もしたけど、カタチも色も美しかった。ある日、ベランダに置いてあったその花を通りがかった女の子がじっと見つめているのに気がついた。女の子は寂しげな雰囲気を漂わせている。

ボクは少し寂しくなるような、惜しいような気もしたけれど、その女の子にその花をあげることにした。道端で出会った“わたげ”のおかげで、ボクは、ぽっかり空いた心に花を咲かせることができたんだ。もう大丈夫。何の変哲のない日々にも彩りを添えることができるから。今度はボクがキミにこの花をあげる番だ。

女の子に花をあげると、一瞬戸惑ったようだったけど、静かに「ありがとう」と言って笑みを浮かべた。その優しい笑顔は、春風のように暖かかった。


こちらは2014年3月17日に発行した小冊子『poembome』に掲載していただいたものです。

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