【短編小説】象牙の塔-prologue-
今回の短編小説は、自分の好きな曲をモチーフに書きました。
sajou no hanaというアーティストさんの、”夢の中のぼくらは”という曲を元にこの小説を書いています。
(イラスト:Aさん)
-prologue-
私と彼は小さなアトリエで春を待っていた。
アトリエといってもここは彼の暮らす家で、いくつかある部屋のうちの小さな一室を彼は表現の場として使っている。
お世辞にも立派なアトリエとは言えないが、それでも彼が自分の心を、美しいものを表現するための場所としては十分だった。
彼の描く絵は、絵など描いたことのない私から見ても素晴らしいものだ。
几帳面だが不器用な彼は、いつも顔に絵の具を付けながらほんとうに色々な絵を描いた。
私が見たことのない風景、建物、動物、昆虫。それらの絵は永遠とも思える変わり映えしない私の日常に輝きをくれた。
彼はたまに私の絵も描いてくれる。
暖かな木漏れ日の差す窓辺に置かれた白いペンキ塗りの丸椅子に座って、私は彼の方を見つめる。
薄花桜色の私の瞳は今、キャンバスボードの前でたばこを咥えた彼の姿を捉えている。
そう言えば彼は『美しいものをこそ僕は愛しているのだ』と口癖のようにいつも言っているが、私のことも”美しいもの”として捉えてくれているのだろうか。
彼は何も言わないが、『そうであったらいい』と思ってしまうことは行き過ぎた願いだろうか。私にはわからない。
コーヒーを片手に一本吸い終えた彼は、また画筆を手に取り絵を描き始めた。
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