【短編小説】象牙の塔-episode2-
-episode2-旅
私は彼と旅をするのが好きだ。だから今日は旅の話をしようと思う。
旅といってもきっちりプランを立てて時間を決めて行くのではなく、気ままに、思い付くままに行きたいところへ行くのが良い。
だって私にとって時間なんてものは意味のないものなのだから。
それではこれから、時間を持て余した私がこれまでしてきた旅の話を、旅先での思い出話をただつらつらと語っていこう。
私たちはいつも黒い大きなリュックサックを背負い、バスに乗って、飛行機に乗って、色々なところへ行く。色々なものを見る。
スペインにある大きな向日葵畑では、日差しが強いので麦わら帽子を被り、二人で歩き回った。
空の色は何処までも青くて、その下で力強く咲き乱れている向日葵には圧倒された。
ボリビアにある湖には小さな椅子を持って行った。
その湖は風がなければ湖面が鏡のように反射する。
浅い水面に椅子を置き私はそこに座り、彼がそれを絵にした。
とても綺麗な水彩画だった。
上下には青と白の二色しかなく、その真ん中にポツンと私がいて微笑んでいる。
シンプルな絵だが、そこに付け足す余地は無く、完結していた。
私はその絵が好きだ。
トルコでは気球に乗った。
カラフルな気球に乗り、空の上から下を見下ろすと様々な形の広大な岩肌が目に入る。
もちろんそれらも美しかったのだが、私たちが乗っている気球の他にもたくさんの気球が浮かんでいてとても鮮やかだった。
目に映る全てが美しかった。
自然の風景だけでなく、人の造り出した風景や建造物も観て周る。
ギリシャにある島の青と白の街並みは素晴らしかった。
所々にある青いドーム型の屋根はなんだか可愛らしかったし、白い壁や階段なんかはまるで珊瑚礁でできているみたいで、海の中にある町のようだ。
夕方になると街にはオレンジのライトが灯り、海に沈む夕焼けの色と合わさって本当に綺麗で、いつまでも二人でそれを眺めていたかった。
私はこれまで語ったように世界中の色んな風景を見に出掛けることが好きだが、特に気に入っている場所がある。
これまでの場所を”世界中の有名な風景”と表現するならば、それに対してここは”何処でもない無名の風景”。どこにもない無名の海岸。
ここには二人の他に人影はなく、声もない。
ただただ静かな波の音が聴こえているだけ。
白い砂の上に腰を下ろし、時代遅れのラジカセから静かな音楽を流す。
そして、私の横で彼はいつものようにタバコに火を付ける。
波の音、ラジカセから流れるピアノ、彼がタバコを口元に運ぶ度に微かに聴こえてくる、乾燥した葉がパチパチと燃える音。
そのどれもが静かで私の耳には心地よい。
声も、時間さえもないこの場所が私は一番好きだ。
どこにもない無名の海岸と言ったが、私が語る旅の話において場所の名前はさして重要ではない。
何故ならこれらは全て、瞼の奥、淡い眠りの中のお話なのだから。
現ではなく私の見る夢、二人の見る夢。
そこで二人は旅をする。
『さあ、今日も夜が迎えに来る。カーテンを閉じよう。』
彼の描いた絵の中を二人で旅するのだ。
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