見出し画像

モテ期

しばらく前の話ではあるが
唐突なモテ期のようなものを経験したことがある。
といっても相手は高齢女性で,皆75歳以上と推測される方々であった。
(ちなみにSpoonは女性であり,この時20代後半である)




この奇妙なモテ期が始まったのは
出先から会社に戻ろうと地下鉄に乗った日のことであった。

車内は比較的空いており,打ち合わせの内容を携帯のメモにまとめていた。どこからともなく視線を感じて顔を上げると,視線の主は正面に座した満面の笑みの高齢女性であった。
向こうがこちらを見つめているため,目が合ったのだが,気にせず作業に戻ろうと思ったところ,女性が一生懸命こちらに手を振ってきた。
何か用事かと顔をあげてみたが,声をかけてくるでもなく,
女性はひたすらニコニコしているだけであった。

しばらくすると降車駅に到着し
相変わらずこちらをやさしく見つめている女性に軽く会釈して降車する。
ドアが閉まり,電車が出発するまでその女性はこちらに笑顔を向け
ひらひらと手を振っていた。

どこかでお会いしたことがあるのだろうか。
いくら考えても全く記憶になく,
やはり会ったことのない女性なのであった。



その数日後,祖父母に用事があり,地方にある母の実家に週末にかけて滞在していたとき,2回目のモテが訪れた。
近所に住む祖母の知り合いが届け物に来たのだが,
祖母の足が悪いため,代わりに玄関に向かったところ,
「まあああああー!」
という大きな声ときらきらとした目に出迎えられた。

彼女は70代後半と思われる高齢の女性であった。
目を大きく見開いて
  「 あなた…,あなた,なんてかわいいの!
    まるでお地蔵さんみたいじゃない!
    こんなかわいい子,みたことないわ!  」
と誉め言葉は微妙なものの,熱烈な歓待を受けた。

前述のように,この時私はすでに20代後半であり,
普段から特に目立つこともない地味な顔立ちをしている。
唐突かつ熱烈な歓迎ぶりにとまどいつつ,祖母あての荷物を受け取った。
客人は満面の笑みで会釈をし,満足そうに帰っていった。



翌日,祖父母の家から自宅へ戻るため,バスを利用して最寄りの新幹線駅に向かう途中,3度目のモテがやってきた。

空いている車内でタイヤ位置の少し座りにくい座席に座っていたのだが,
途中の停留所から介助者とともに乗ってきた品の良い高齢女性がなぜか私の隣に座りたがった。

お気に入りの席なのかもしれないと思い,
2名で座れるように席を譲ろうとしたが
「大丈夫です,ここで」と言われ,高齢女性は隣に着席。
介助の方は通路を挟んだ空席に一人で腰を下ろした。

正面を向き,ニコニコと座る女性。
特に話をすることもなかったが,
駅のいくつか手前の停留所に到着する寸前に
カバンからきれいに包まれた小箱を出し,
「あの,これ,もしよかったら…」
と個包装の最中をひとつ私にくれた。
お礼を言い,とりあえず受け取ると,彼女はとても満足そうにうなずき,
介助者とともに降りて行った。



その後も電車で見知らぬおばあさんに頭をそっとなでられたり
道を歩いていて唐突に飴をもらったり
電車でおばあさんに席を譲られそうになったり,ということが1ヵ月ほど続いた。

最近やけにご高齢女性にからまれている…?
と自覚するようになったころ,モテ期はひっそりと終了した。
以降10年ほどが経つが,同じような状況はその後経験していない。

このことを時折思い出す度,じっくりと考えてみるのだが
化粧や髪型を変えたわけでもなく
服装も部屋着に近いものからスーツまでばらついていて
声をかけられたときの一貫性はなかった。
元来目立つ顔でもなく,中肉中背,アラサー。
高齢者を引き付ける要素など
いくら考えてみても一つも思いつかなかった。

あの頃の自分は一体どのようにご高齢女性の目に映っていたのだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?