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財布を拾う率と人身事故に遭遇する率が高い人間

私は財布をよく拾う。
それも、金、キャッシュカード、身分証明書、クレジットカードがしっかり入っている財布を。
拾う場所は公園であったり道端であったり様々だけれど、とにかくよく拾う。
人間なので一瞬も心が揺らがないと言えば大嘘になるが、それは今のところ私の中だけの問題であり、財布は速やかに交番へと届ける。
小さな交番は大抵無人である。私は引戸を開け、受付の白い台の上に置かれた固定電話の受話器に手を伸ばす。警察署に繋がると、いくつか質問を受ける。近くの交番から向かわせるのでお時間ください。そう言われて電話を切った後、私はいつも考える。これは、本当に危険な状態であった場合はどうするのだろう、と。
例えば不審者に追いかけられたとする。ようやく見つけた交番、知らない人は無人とはつゆ程にも思わず希望の光として駆け込むだろう。引戸を勢いよく開ける、誰もいない。声をかける、誰もいない。すぐ後ろに来ているかもしれない、震えながら見渡すと手元に電話があることに気がつく。しかし彼もしくは彼女は、交番特有の電話のかけ方を知らないかもしれない。隣に説明書きがあるがそれを読む余裕など当然なく、それどころか固定電話の使い方すら知らない可能性もある。引戸は自分でも難なく開けられたのだ、不審者だって開けられるであろうし、ここが無人と知っての蛮行かもしれない。そして遂に、引戸が、彼もしくは彼女を追い詰め絶望している様を楽しむかのようにそろそろと横に滑り出す。どうしよう、助けて、だれかたすけ

おまたせしました~。

警察と一目で分かる姿に、私は、絶望の縁に立たされた想像上の人間からただの財布を拾った現実の人間へと戻る。すいませんねお待たせしちゃって、拾った物は…あ、これですね、等と言いながら警察は手続きを始める。
財布をあらため、私に身分証の提示を求めた後に、拾った場所、拾った物の価値の5~20%を貰う権利を主張するか、またその際は落とし主との話し合いによること、私の氏名および電話番号などを落とし主に伝えても良いかなどを確認される。
私は、落とし主に帰れば良いと思っているのでいつも全てにいいえと答えている。
ここでまた、想像する。もしも、相手に個人情報を渡してやり取りをすることになったなら、拾った物の価値のいくらかを貰うことになったなら。私が逆の立場であれば、お礼はしたいと思うけれど、その人の個人情報を手元に持っていることが怖いので知りたくないという気持ちが強い。
そんなことを考えている間に手続きは終わる。これでこの財布との関係も終わる。私は、からからと引戸を開けて外へ出た。誰かの助けになったかもしれないという少しばかりの自己満足に心地よくなりながら、家路に着く。


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